第7話 鎖の誓い

 ルークが王都へ向かってから、三日が経った。

 学院には重い空気が漂っている。

 生徒たちは噂を避け、廊下にはどこか冷たい沈黙が満ちていた。


 セリナは書類の束を抱え、生徒会室へ向かう。

 扉を開けると、クラリッサがひとり、机に座っていた。

 窓辺に差す光が彼女の金髪を淡く照らし、どこか儚げだ。


「また眠れなかったのね」

「ええ。夢に出てくるの。弟のことも、父のことも……」


 クラリッサの声は静かで、しかし芯が震えていた。

「でも、泣いてばかりもいられないわ。私がやらなきゃいけないことがある」

「やらなきゃいけないこと?」


 クラリッサはゆっくりと立ち上がり、机の上に一通の封筒を置いた。

「辞表よ。今日で、生徒会副会長を辞める」


「クラリッサ……!」


「もう私がこの立場にいることが、あなたの足を引っ張るだけ。

 学院も、あなたも守りたいの。だから――」


 セリナは机を叩きつけるように手を置いた。

「勝手に決めないで!」


 クラリッサの肩が震えた。

「私は……もう、あなたと並ぶ資格なんて――」

「ある! あなたは、逃げずに真実を選んだ。

 それがどれほど勇気のいることか、私は知ってる!」


 セリナの声は、涙混じりだった。

 クラリッサは言葉を失い、ただ彼女を見つめた。


「私は、あなたを信じてる。学院を守りたいなら、私と一緒に戦って」


 クラリッサの瞳が揺れる。

「……あなたは、どうしてそこまで?」

「あなたが、私に“変わる勇気”をくれたから」


 その言葉に、クラリッサはゆっくりと息を吐き、微笑んだ。

「本当に、あなたって……どうしようもなく、まっすぐね」


 セリナは机の上の封筒を取り、破いた。

「ほら、これで辞表はなかったことに」

「セリナ……」


 クラリッサの手が震える。

 そして次の瞬間、彼女はその手をぎゅっと握り返した。


「ありがとう。私……あなたとなら、どんな鎖に繋がれても構わない」

「鎖?」

「そう。たとえ運命が私たちを縛っても、

 この誓いだけは、誰にも壊せない」


 クラリッサの瞳には、もう迷いはなかった。

 その輝きに、セリナの胸が熱くなる。


 ――その時だった。

 窓を叩くように、一枚の黒い封筒が風に舞い込んだ。


「何……?」

 クラリッサが拾い上げると、封に見覚えのある紋章が押されていた。

 それは、ルクレール侯爵家のもの。


 そして中には、短い文が一行。



 クラリッサの手から封筒が落ちた。

 セリナが息を呑む。


「ルークが……捕まった?」

「弟が……彼を……?」


 クラリッサの目から、再び涙がこぼれる。

 セリナは彼女を抱き寄せた。

「泣かないで。今度は、私たちの番よ」


「……行くのね、王都へ」

「もちろん。彼を取り戻す。

 あなたと、誓ったから」


 クラリッサは顔を上げた。

 その瞳に宿るのは、涙ではなく決意の光。


「……分かった。なら、私も一緒に行く」


 ふたりはそっと手を重ねた。

 夜の帳が学院を包み、風が誓いを運んでいく。

 その手のぬくもりは、鎖のように強く――そして優しかった。

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