第5話 夜の告白

 王立学院の夜は静かだ。

 昼間の喧騒が嘘のように、月明かりだけが中庭を照らしている。

 その中央に、ひとり佇む影――セリナ。


 昼間の潜入調査で見つけた証拠を、彼女は何度も見返していた。

 金貨袋に刻まれた紋章。

 それはクラリッサの家――ルクレール侯爵家のものだった。


「……まさか、そんな……」

 唇を噛む。偶然ではあり得ない。

 もしもクラリッサが知らなかったとしても、家が絡んでいるのは確実。


 そのとき、背後から足音が近づいた。

「こんな夜更けに、ひとりで何を考えているの?」


 振り向くと、クラリッサがいた。

 淡い夜風が金色の髪を揺らし、彼女の瞳が月の光を映す。


「クラリッサ……」

「あなた、あの袋の紋章を見たわね」


 セリナは黙って頷いた。

 クラリッサは微かに笑い、夜空を見上げる。


「やっぱり。隠し事は苦手なの」

「……説明して。あれは、あなたの家が――」

「ええ、そうよ」


 その一言に、セリナの胸がざわめいた。


「どうして黙っていたの?」

「怖かったの。真実を知って、あなたに軽蔑されるのが」


 クラリッサの声は、いつになく弱かった。

「父が学院の資金を動かしていた。名目は『寄付』。でも実際は……、王国の有力者に恩を売るための“裏金”だったの」


「……そんな」

「私はそのことを知っていた。けれど、見て見ぬふりをしたの。

 あの時は、生徒会の名誉も、家の威信も守りたかった」


 クラリッサは震える手で胸元を押さえる。

「でも今、あなたと一緒に調べて……ようやくわかった。

 本当に守るべきものは“正しさ”なのね」


 沈黙。夜風が二人の間を通り抜ける。


 セリナはそっと近づき、クラリッサの肩に手を置いた。

「私はあなたを軽蔑なんてしない。逃げずに告白した勇気を、私は誇りに思う」


 その言葉に、クラリッサの瞳が潤む。

「……どうして、そんなに優しいの」

「あなたが、強い人だから」

「違うわ。私はずっと弱いの。あなたみたいになれない」


 クラリッサは一歩近づく。

 距離が、息が触れそうなほどに近い。


「セリナ……」

「クラリッサ?」


 ――次の瞬間、クラリッサはセリナの手を強く握った。


「もし……私が全部を捨ててでも、あなたのそばにいたいと言ったら……どうする?」


 その問いに、セリナの心臓が跳ねた。

 彼女は何も言えず、ただ見つめ返す。


 クラリッサの顔が近づいて――

 けれど、静寂を破ったのは第三の声だった。


「……ずいぶん親しげだな」


 二人がはっと振り返ると、そこにルークが立っていた。

 冷たい月光が、彼の表情を淡く照らしている。


「ルーク……違う、これは――」

「事情は分かってる。でも、セリナ。お前まで抱え込みすぎるな」


 ルークの瞳が、どこか寂しげに揺れた。

 セリナは胸の奥に痛みを覚える。


 クラリッサは一歩下がり、微笑んだ。

「……なるほど。これが、あなたの“大切な人”なのね」

「そんな言い方……」

「いいのよ。ようやく分かった。私は、敵わない」


 風が吹き抜け、花びらが舞う。

 クラリッサは背を向け、ゆっくりと歩き出した。


 その背中を見つめながら、セリナは拳を握りしめる。

 ――あの人を救いたい。

 それがたとえ、もう“恋”ではなくなっても。


◇ ◇ ◇


 夜明け。

 学院の塔の上から、ルークがぽつりと呟く。

「お前って、本当に不器用だよな、セリナ」

「そうかもね。でも、放っておけないの」

「……そういうところ、昔から変わらないな」


 彼の横顔を見つめると、どこか優しい笑みがあった。

 セリナの胸に、複雑な感情が渦を巻く。

 ――恋と使命の狭間で、揺れる夜はまだ終わらない。

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