第2話 王立学院の新会長

 セリナ・アーデンが生徒会長に就任してから、まだ三日。

 エルステリア王立学院の空気は、まるで季節が変わったように新鮮だった。


 廊下で頭を下げる学生、目を輝かせて声をかける下級生――

 それらはほんの二年前、彼女を「平民」と嘲った人々の姿と同じだった。

 皮肉にも、クラリッサが築いた「貴族中心の秩序」を、セリナが静かに塗り替えていた。


「……まさか本当に、あなたが会長になるなんてね」


 生徒会室の扉の向こうで、その声がした。

 懐かしくも鋭い響き――クラリッサ・ヴァン=ルクレール。


 窓際で紅茶を注ぎながら、彼女はかつての副会長の座に戻っていた。

 いや、正確には「辞退させられなかった」と言うべきかもしれない。

 新会長セリナの最初の人事命令が、クラリッサを副会長として留任させることだったのだ。


「私を追い出さなかった理由を、聞いてもいいかしら?」

 クラリッサの声には棘があった。

 セリナは机に手を置き、穏やかに微笑んだ。


「あなたほど優秀な人材を手放すほど、私は愚かではありません」

「……皮肉のつもり?」

「いいえ。本心です」


 クラリッサは一瞬、視線を逸らした。

 負けた直後にしては、あまりに堂々としたセリナの態度。

 その姿勢が、彼女の誇りを刺激して仕方がなかった。


「でも、覚えておきなさい。生徒会は綺麗事だけじゃ動かない」

「それでも、私は“正しいこと”で学院を動かしたい」

「理想家ね」

「あなたが現実主義なら、いいバランスです」


 言葉を交わすたび、空気がぴんと張りつめていく。

 それでも、二人の表情には奇妙な充足があった。


◇ ◇ ◇


 その日の午後。

 セリナは生徒会の仕事を終え、校舎の裏庭を歩いていた。

 ふと、懐かしい声が背後から響く。


「会長になっても、歩くのは変わらないのね」


 振り向けば、そこには少年が立っていた。

 淡い灰色の髪、穏やかな微笑――セリナの幼なじみであり、学生騎士団所属のルーク・エルドレイン。


「ルーク……あなた、今は訓練中じゃ?」

「さっき終わったところ。会長殿の様子を見に来たんだ」


 ルークはからかうように笑い、軽く頭を掻く。

 セリナもつられて微笑んだ。


「大変よ。書類は山のよう、クラリッサ様は毒舌のまま。まるで修行ね」

「でも、楽しそうだ」

「……え?」

「君の顔、少しだけ昔の“負けず嫌いのセリナ”に戻ってる」


 その言葉に、胸の奥が不思議と温かくなった。

 セリナは少しだけ視線をそらし、照れ隠しのように呟く。


「そんなこと、言わないでよ」


 秋風が二人の間を抜けていく。

 学院の塔が黄金色に染まり、遠く鐘の音が鳴り響いた。


◇ ◇ ◇


 夜。

 生徒会室に一人残ったクラリッサは、机の上の報告書を眺めながら、静かにため息をついた。


 ――本当に、あの子がここまで来るなんて。


 悔しさよりも、今は奇妙な安堵があった。

 だがその胸の奥で、別の感情も芽生え始めていた。


 それが、敗北の痛みなのか、

 あるいは――心の奥に差し込んだ“光”なのか。


 クラリッサ自身にも、まだわからなかった。

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