第6話 眼窩
耕介、睡魔に襲われる
新三郎の深々とした頭の下げ方と、**「四十年越しの罪」**という重い言葉に、金田一耕介のIQ70の頭脳は混乱を極めた。耕介は、目の前の青年が何を言っているのか、久門家の血族争いがなぜ四十年も前の数学と関係するのか、まったく理解できなかった。
「へ、へえ。紙片でやんすか…」
耕介は、慣れない「先生」という呼び方に赤面しながら、ポケットから**『減衰』**と書かれた紙片の入ったビニール袋を取り出そうとした、その時だった。
昨晩のバイオハザードの徹夜プレイと、早朝の現場検証による極度の疲労が、彼の脳を容赦なく叩いた。まるで、ゲーム中の**「ポイズン」**状態のように、視界がぐにゃりと歪む。
「う、うう…ねむ…」
金田一耕介は、立っているのがやっとだった。新三郎が差し伸べようとした手を振り払い、彼はふらふらと桟橋の端へ歩き、その場で倒れ込むようにして、瞬時に深い眠りに落ちた。
💤 覚醒した「耕助」の推理
数秒後、新三郎が見たのは、もはや**IQ70の「耕介」**ではなかった。
横たわったまま、ボサボサの頭髪を掻きむしり、よれた着物の袖で顔を覆ったその男は、突然、冷徹な論理の輝きを瞳に宿らせていた。
「…いかん。不覚だった」
彼は起き上がらず、地面に横たわったまま、呻くような声で話し始めた。それは、まるで意識下の金田一耕助が、操り人形のように耕介の身体を動かしているようだった。
「新三郎君。君の言葉はすべて聴いた。『ニードルガン』、そして**『暴力の効率化モデル』…これは 単なる遺恨殺人ではない。『見立て』だ。犯人は、君の父の数式を使って、『完全なノイズの消去』**という論理を証明しようとしている」
耕介(…いや、耕助)は、初めて新三郎が差し出した**『減衰』**の紙片の匂いを嗅ぎ、水門の鍵を手に取った。
「紙片の匂いは…古い硝酸銀の匂い。明治期の写真乾板の洗浄液に使われたものだ。そして、この鍵…単なる水門の鍵ではない。鍵穴の周りに、微細な傷がある。無理に開けようとした痕ではない…何かを『計測』した痕だ」
彼は、水死体・龍之介の検死報告書をめくった。
「そして、最も不可解な事実。被害者は溺死だが、眼球が不自然にへこんでいる。まるで、細い棒状のもので眼球の奥を突かれたかのように、だ」
👁️🗨️ 眼窩に隠された数理の証拠
耕介は、突然、身体を起こし、新三郎の顔を真正面から見据えた。
「キーワードは、**『
新三郎は息をのんだ。
「その当時の計測器…特に音波や光の反射を用いて距離や速度を測る装置は、三次元の位置座標を正確に定めるために、基準点を必要とした。最も確実な基準点とは何か…人間の顔の、動かない、精密な穴だ」
耕助(耕介)は、再び紙片を手に取り、言葉に力を込めた。
「犯人は、龍之介を殺害する前に、彼の**『眼窩』を利用した。『ニードルガン』の原型となる、『精密な照準技術』、あるいは『距離計測器』**の基準点として、龍之介の眼球を突いたのだ!」
眼窩のへこみ: **『ニードルガン』による麻痺性の薬液注入の際の、精密な『発射角度と距離』を測るための基準点(ターゲット)**にされた痕跡。
鍵の傷: 鍵は、**計測器の『固定具』**として使われたのではないか。
「減衰」の紙片: **「最も効率的な殺人」は、『音も波紋も残さない』こと。殺害現場が、数理モデル上の『減衰の極地』**であったことの証明。
「つまり、この殺人は、**『ニードルガン』の照準技術、そして君の父の『減衰の数理モデル』**が、四十年後の現代で『効率的な殺人技術』として実用化されたことを証明するための、実験報告書なんだ!」
耕助(耕介)は再びぐらりと揺れ、**「…ああ、また眠気が」**とつぶやくと、新三郎の腕の中で、**元のIQ70の「耕介」**に戻ってしまった。
新三郎は、父の数式の**「罪」が、殺人者という「実行者」を得て、現代に蘇ったことを悟った。犯人は、父の過去を知る数学者か、あるいは軍事技術者か。そして、次に狙うのは、この「暴力の効率化モデル」を巡る、最も重要な『ノイズ』**、つまり、新三郎自身かもしれない。
「新三郎君。あの久門家の屋敷の…裏庭の池に、もう一つ、何か秘密が隠されている気がするんです…」
「耕介」に戻った男が、夢現にそう呟いた。
次に新三郎が向かうべきは、久門家が抱える**「もう一つの池の秘密」**かもしれませんね。久門家の古い屋敷には、何か手掛かりが残されているでしょうか?
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