急ぎの注文ですよ魔王様

「あの、失礼ですが、人間の行商人の方ですか?」


ある魔族の街でアンナと食事を取っていると、女性が声をかけてきた。

どことなく疲れているような様子だった。


「はい、そうですが…」


一応そういう風に身分を偽っているのでそう答えた。


「ああ、よかった!もしよろしければ食事の後にお話を聞いていただけますか?」

「私でよろしければ…」


食事の後、その女性について行くと、病院へと着いた。

何事かと思いながらさらに女性について行くと、ある病室へとたどり着いた。


「先生、行商人の方がおられました」

「おお、よかった…」


病室には一人の少年がベッドに寝ていた。

そばには医者もいた。


「こちらは…」

「はい、私の息子です。珍しい病気にかかってまして…」

「すみません、皆さんこちらに来ていただけますか?」


医者にそう言われて私たちは別室へと移動した。


「実は…」


医者の説明によると、かなり珍しい病気で少年はかなり危険な状態らしい。


「ですが、この病気には特効薬があり、それさえあれば助かります」

「なるほど、その薬を買ってきてほしい、という事ですね?」

「そうなんですが…」


説明をしていた医者は、悲しそうな表情で言葉に詰まった。


「実はその薬を作るのに、特殊な材料が必要なのです」


医者が説明を続けた。


「その材料はそんなに入手しずらい物なんですか?」

「いや、産地に行けば普通に手に入る果実なのですが、今は人間の領地になっており、昔ほど簡単にはいかないのです」

「なるほど、特別なパスを持っている行商人でないと買いに行けないですね…」


幸い私は行商人用のパスを持っているので、国境を超えて買いに行くのは全く問題が無い。

なおアンナも軍用の似たような物を持っているので、私に比べてちょっと手続きに時間がかかるものの、問題なく国境を超えることができるようになっている。


「はい、ですので行商人の方にお願いしようと思いまして…」

「なるほど、わかりました」

「ただ、それでもさらに問題がいくつかありまして…」


医者はさらに肩を落とした。


「実はその果実、色々な薬に利用できるのですが、調合や加工の仕方では毒にもなるのです」

「毒ですか?」

「はい。そのため、人間の国から持ち出す際には色々手続きがあるので簡単には持ち出せないのです」

「確かに毒の材料となると仕方がないですね…でも薬に調合してしまえば問題なく持ち出せませんか?」

「ところが、その調合をするための技術を持っているのは我々だけで、しかもその調合に使う特殊な魔法の器具は人間の国にはないのです」

「あらら…」

「そして調合師も器具も、どちらも国境を超えるのができない状態でして…」

「それはまたどうして…」

「やはりその技術も悪用できる物ですので、流出すると困るという理由です…」

「なるほど…」


どうやら一筋縄ではいかないようだ。


「一応、輸出依頼のための書類は私がすでに用意しているので、これを持って行っていただければ時間はかかるもののこちらに持ってくる事は出来ると思います」

「なるほど」

「こちらがその手続きのやり方をまとめたものです」


医者に手渡された書類を読むと、かなり複雑な手続きが必要だった。


「わかりました。何とかやってみます。期限は?」

「今の患者の状態ですと、一か月以内です」

「わかりました」

「よろしくお願いします」

「ところで一つお伺いしていいですか?」

「何でしょうか?」

「先ほど、昔ほど簡単にはいかないとおっしゃっていましたが…」


それを聞くと、医者はさらに悲しそうな顔になった。


「はい、お察しの通り、その産地は元々魔族の土地でした。ですが、人間の侵攻により奪われてしまったのです…」

「そんなことが…」

「そうなる前ですと、この病気はもっと楽に治療できたのですが…」

「なるほど…」


私達は了承し、複雑な気分のまま病院を出た。

その直後、アンナがこういう提案をしてきた。


「魔王様、この薬の調合に関してですが、軍にいる私の知り合いにこの調合ができる者がおりますので、この辺りに来れるかどうか聞いてみますか?」


調合師を探す手間が省けるのはありがたい話だ。


「なるほど、よろしくお願いします。どれぐらいで返事が来そうですか?」

「そうですね…往復で1週間ぐらいかかると思われます。几帳面な者だったので、よほど忙しくなければすぐに返事はくれるはずなので、それぐらいを目安にしていただければいいかと…」

「でしたら、ここに返事を送るより、国境の街の方に返事を送るようにしてもらい、すぐ来れるようなら直接来てもらうように手配してもらえますか?」

「承知しました魔王様」


こうして村から手紙を送り、アンナと二人で国境の街を目指した。

大急ぎで来たので、予定より1日短い3日で到着した。


「こちらが返事の送り先に指定した宿屋です」

「わかりました」


そしてアンナを宿屋に残し、私は一人で国境を越え各種の手続きを行うために人間の国側の国境の街の役所へと向かった。

アンナの待つ宿屋のある街から、片道で一日で行ける距離だ。


「なるほど、薬の材料の輸出に関してですね。許可証の発行に少し手続きに時間がかかるのでお待ちください」

「どれぐらいかかりますか?」


役人は分厚い本を調べた。

その手の規則をまとめた本らしい。


「そうですね、1週間は見ていただいた方がいいかと…」

「なるほど、ではその間に果実の仕入れに行っても構いませんでしょうか?」

「輸出のための購入許可証が必要ですので、それが発行できるまで2日程お待ちいただけますか?」

「わかりました。あと、その果実を買う所へはどれぐらいかかりますか?」

「そうですね…早い乗合馬車で片道4日程ですかね?」


役人は乗合馬車の運航表を見て教えてくれた。


「なるほど、では購入許可証をもらってから果実を買いに行き、戻ってきた頃には輸出許可証が頂けるようになっている、という感じですかね?」

「はい、戻ってこられたころには用意ができていると思います」

「わかりました」


そう言って私は役所を出て、大急ぎで乗合馬車へと向かった。

そして明後日の便を予約した。

さらにそのまま魔族の国の街へと戻った。


(急がないとなぁ…)


そうつぶやきながら馬車を飛ばした。


「ま、魔王様ずいぶんお疲れのようですが…」

「い、いえ大丈夫です…」


アンナのいる宿屋に向かうと、かなり心配そうな表情でアンナが迎えてくれた。


「書類の発行に二日ほどかかるそうなので状況を確認しにきました」

「わ、わかりました。手紙で確認した所、知り合いの調合師はこちらに来てくれるそうで、今から5日後にはこの街へ到着するそうです」

「なるほど…では、例の果実が無くてもできる部分を先に進めておいてもらって、病院へ戻る際に使える速い馬車を探しておいてください」

「わかりました」

「では…」


私はそのまま休憩もせずに人間側の街へと戻った。


「許可証の方はどうですか?」


役所に入るなり担当に聞いてみると、ついさっき発行されてすぐに手渡せる状況との事。


「こちらが購入許可証になります。輸出許可証はもう少しお待ちを…」

「わかりました!」


そして購入許可証を掴むと、私はそのまま乗合馬車の方へと走っていった。


(さすがにちょっと疲れたなーでも急がないと…)


病気の少年の顔が思い浮かび、そのまま乗合馬車の中で眠りについた。

そして村に着き、許可証を提示して必要数の果実を買った。


「これでご注文の量になります」

「ありがとうございました!」


私は魔力をちょっと解放し、身体能力をアップさせてそのまま乗合馬車の方へと走って戻り、街へと向かう便に即乗った。

村での滞在時間は1時間も無かった。


「許可証の方はどうですか?」


街に付くと大急ぎで役所へ向かった。

さすがに疲れてきたが、とにかく急がないといけない。


「は、はい、輸出許可証の発行が終わりました」

「ありがとうございます!」

「あ、少しお待ちを…」

「え…?」


書類を掴んでまた身体能力を高めて走って行こうとすると、役人に呼び止められた。

魔力の圧でフロアが散らかったのを怒られるのだろうか。


「向こうへ行く際に使う乗り物は何ですか?」


どうやら違うらしい。


「私が借りている馬車ですが…」

「その馬車の検査をさせていただく必要がありまして…」

「そうなんですか!?」


詳しく話を聞くと、以前許可された以上の果実や輸出を禁じられている物を馬車に隠して密輸しようとした連中がいたらしい。

幸いそれは魔族の国に入る直前で阻止されたものの、それ以後乗り物も厳しく検査するようになったという。


「なるほど、そういう理由でしたら仕方がありませんね…」

「お急ぎのところ申し訳ありません。モノがモノだけにどうしても厳しくなってしまいまして…」


こちらの事情も申請書を読んで知っている役人は申し訳なさそうにしていた。


「ではよろしくお願いします」


そう言って馬車を預けて宿屋に戻った。


「ふぅ、少し休むとしますか…」


そしてベッドに横になると色々な考えが思い浮かんできた。


「ここが魔族の国なら、刻印で何とかできたのかなぁ…」


とはいえいくら私でもルールを破るわけにはいかない。

そしてそもそもここは人間の国だ、無茶はできない。


また、私の力をもってすれば国境を強引に超えることなどたやすいであろう。

だが、そんな事をすれば私はただの侵略者になる。


「とにかくトラブルが無く早く手続きが終わるのを待つしかないか…」


そして次の日、馬車に問題が無いのが証明できたので、荷物検査の後大急ぎで魔族の国へと戻った。


「お、お疲れさまでした魔王様」


アンナがやはり驚いている様子で迎えてくれた。

髪や服装が乱れていたせいだろう。

そして宿屋の部屋に行くと、一人の女性がいた。


「こちらが私の知り合いの調合師です」

「はじめまして。依頼を受けたので、きちんと調合させていただきますよー!」

「よ、よろしくお願いします」

「あと言われていた通り、果実以外の部分で出来る範囲は終わらせておきました!」


彼女の妙に高いテンションに驚きながら、例の果実を渡した。


「これは新鮮で上質な物ですねー、お任せくださいー!」


すると彼女は夢中で何かの作業をし始めた。


(な、なんか妙なテンションの方ですね…)

(ちょっと変わり者でして、今回も珍しい薬を作れるということで大急ぎで飛んできたそうで…)

(なるほど…)

(ですが、腕は確かです。私の知ってる限りでは一番の調合師です)


「よし、ここまで来たら後は発酵ですよー!」


どうやら発酵させる必要があり、これを怠ると効果がほぼ無くなってしまうそうだ。


「ここで半端に発酵を止めると毒になっちゃうんですよね」

「な、なるほど…ところで、これを作るための特別な道具というのは?」


私が質問すると、彼女はカバンから妙なものを取り出した。

一言で言うと、変な金属製のパーツが付いた薬ビンのような物だった。


「こいつで微妙に調整してやる必要があるんですよねー」

「ふむ」

「詳しい理論は秘密ですけどねー。機密保持とか言う理由で…」


彼女は心底つまらなさそうにそう言った。

アンナは彼女に、いつものように私の事を人間の行商人と説明しているので、人間には教えられないという事なのだろう。

彼女としては説明したくてしょうがないような様子だったが…


そしてさらに色々な作業やさらなる発酵、例の器具での調整作業などを色々とやり、3日後に薬ができた。

後で聞いた話によると、普通に調合するよりも一日短く作業が終わっていたらしい。

あらかじめ準備しておいたのもあるが、彼女の手際の良さがかなりすごかったのが理由らしい。


「じゃーん!これで完成!これさえあれば、言っていた病気は治りますよ!」

「ありがとうございます」

「いえいえ!こちらこそこんな面白い調合をさせてもらってますし!」

「そ、そうですか」

「これでその病気の人治してあげてくださいね!」


最後にものすごいハイテンションで彼女はそう言ってきた。

アンナが言うには、「自分が作った薬で誰かが助かる」ということに何よりの喜びを感じる性格だそうだ。

そして私たちは宿屋を出て病院のある街へと向かうことにした。

なお彼女はここに来たついでに薬の材料をいくつか買うために数日間残るらしい。

その分の宿代は私たちの方で先に払っておいた。

アンナにあらかじめ手配してもらっていた高速馬車に乗り、病院のある街へと急いだ。


「お待たせしました!」


病院に付き、受付に話を通して医者の元へと向かった。


・・・・・・・・・・


「…」


私とアンナは新しい墓の前に立っていた。


・・・・・・・・・・


「これがご注文の品です!」


そう言って医者に薬を見せると、彼は悲しそうな顔でこう答えた。


「…残念ですが少年は亡くなりました…」

「え!?」


思わす腰が抜けそうになった。


「病状が急激に悪化し、手当の甲斐も無く…」

「そんな…薬を持ってくるのが遅すぎたのですか?」

「いえ、むしろ予定よりかなり早く持ってきていただけたのですが、運悪く彼の体調が悪化してしまったのが原因です…」


・・・・・・・・・・


医者との会話を思い出しながら、墓に花を供えた。

アンナも私に続いて無言で花を供えた。

二人ともちょっと手が震えていたかもしれない。

そして色々な事を思い出した。


各種の手続きや密輸犯の事や馬車の検査を待っている間の事など…


もっと手続きが簡単だったら…

調合師や道具を国境を超えさせて人間の国で調合ができていれば…

少年を人間の国の病院に移していれば…


「もっといい方法があったのかなぁ…」


そうつぶやいて空を見た。



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