第4話
昼食を終えた私たちは、二人で向かい合っていた。
さっきまでの穏やかな時間とは違って、どこか緊張感が漂っている。
そんな中で最初に口を開いたのは、ミレーネだった。
「それで、お話ってなあに?」
「……あんたの状況について。
私が分かってる範囲で伝えたいと思って」
「! ツバサはなにか知ってるの……?」
ミレーネの問いに頷いて答える。
彼女も、まさか別世界に転移したとは思ってないだろうから……あんまり悲しませないように伝えないと。
意を決して重い口を開く。
だけど、どれだけ事実ベースで言葉を選びながら説明しても、ミレーネを驚かせるには十分すぎたようだった。
「――そっか、別の世界に転移しちゃってたんだ」
「信じられないとは思うけど……この世界には魔法なんて存在しないし、エルフ族もいないから」
私の言葉を聞いたミレーネは、もう一度「そっか」と呟いて俯いた。
初めて会ったとき、彼女は震えてた。
知らない国に転移しただけでも不安だっただろうに、それが帰る術も分からない別世界となると――きっと、怖くてたまらないだろう。
彼女は今、世界でひとりぼっちなのだから。
ふと、ミレーネの姿が夜遅くまで一人で残業していた私の姿と重なった。
暗闇の中、パソコンの光だけを頼りに仕事を進めていると、よくこの世界に取り残されたような気分になっていた。
彼女の気持ちを思うと、きゅっと胸が締めつけられる。
「……帰る方法が見つかるまで、ここに住んでもいいよ」
気がつけば、つい。
そんな言葉が口をついていた。
ミレーネの耳がぴくりと動く。
少しの沈黙を置いて、ゆっくりと、サファイアのような瞳が見開かれていく。
「いいの……?」
震えた声。
不安そうな視線。
捨てられた子犬みたいに、怯えてる。
「いいよ。どうせ他に行く場所ないだろうし。
……それに、私も一人よりは――」
瞬間、抱きしめられた。
「ありがとう……。ツバサ、本当にありがとう」
大粒の涙がぽろぽろと目からこぼれ落ちる。
心底安堵したように微笑むミレーネは、この世界に新しく生み出された、宝石みたいだった。
「……参った。
捨て犬にたとえるには、きれいすぎて……」
「ふえ、なにか言った?」
「なんでもないよ。……それより、よく見たら口にケチャップついてる」
拭ってあげると、ミレーネは恥ずかしそうにはにかんだ。
恥ずかしいならがっついて食べなきゃいいのに――思わず吹きだすと、ミレーネは更に顔を赤くして「わ、笑わないでよお」と
「ふふ、はいはい。
それじゃ、これからのことについて話そっか。
ミレーネがここに住むために必要なこと、決めていかなくちゃ」
「うんっ!」
「ほら座って。お菓子も出してあげるから」
「わあ嬉しい! 楽しみだなあ」
お菓子を準備しながら、さっき言いそびれた言葉を思い出す。
私も一人よりは――二人の方が、嬉しい。
言えなかったのはちょっと心残りだけど……まあ、別に言わなくてもいっか。
そんなに大切なことでもないし、またいつか言いたいときに言えばいいだけだし。
「お待たせ。ポッキー持ってきたよ」
「初めて見るお菓子……!
やっぱりツバサの世界のお菓子は、私の世界とは全然違うんだねえ」
期待を裏切らない反応に自然と頬が緩む。
ミレーネと一緒にいると、心の奥の冷えきってしまった場所があたたまっていくような感覚に包まれていく。
短い間にはなっちゃうだろうけど……この感覚を大切にしたいな。
この時の私は知らなかった。
軽い気持ちで後回しにした言葉が、まさかあんな形で波乱を呼ぶことになるとは……。
私がこのことに気づくのは、もう少し先のお話。
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ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!
これにて一章が完結いたしました!
本作は毎週日曜日19:00に更新していますが、二章へ向けて一時休載させていただきます。
準備ができ次第、近況ノートやXなどで告知させていただければと思います!
また、いいね・お気に入り・感想などもらえますとすっごく励みになります。
翼とミレーネの話は始まったばかりです!
引き続き、よろしくお願いいたしますっ!
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次の更新予定
2026年1月4日 19:00 毎週 日曜日 19:00
定時で帰れない私、定時で迎えに来るエルフ 花束 いと @gusyagusya200
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