部室で出された最後の問題

古木しき

部室で出された最後の問題

「じゃあ、今日の謎はこれにします」

「また急ですね、先輩」

「あなたが昨日、部室のドアを閉め忘れたせいで、あるものが消えたの」

「……僕、そんなことしました?」

「ええ。気づいていないのね」

「何が消えたんです?」

「音」

「音?」

「そう、“音”が消えたの」

「……また難しいこと言ってる」

「日常の謎ってそういうものでしょ」



 大学のミステリー研究会。

 夕方のこの時間は、だいたい僕と佐伯紗耶さえきさや先輩の二人きりだ。

 “日常の謎出し対決”――それが、僕らの小さな遊びだった。

 部室はいつもより静かで、空気が少し冷たい。



「音が消えたって、どういう意味ですか?」

「昨日の部室、いつもより静かだったでしょう?」

「ああ……たしかに」

「いつも鳴ってるのに、昨日は鳴らなかった」

「えっと……時計の秒針?」

「違う」

「じゃあ……暖房?」

「正解。でも、どうしてだと思う?」

「コンセントが抜けてたとか?」

「惜しいわね」

「うーん、なんだろ。掃除のときにスイッチを切った?」

「近い。――気づいた人が、ひとりいたの」

「誰です?」

「あなた」

「僕が?」

「ええ。昨日、寒いって言ってたじゃない」

「言いましたっけ」

「ええ。だから、私がつけ直したのよ」

「なるほど……さすが先輩」

「あなたの“さすが”って、いつも軽いのよ」

「褒めてるつもりなんですけど」

「ふふ。まあいいわ。――じゃあ、次はあなたの番」

「僕の?」

「そう。今度はあなたが出して。謎を」

「うーん……じゃあ、これで」

「どうぞ」

「先輩が、今日のこの時間に“ひとりきりでいた理由”」

「……ふふ」

「答えられます?」

「もちろん」

「じゃあ、答えは?」

「あなたと話すためよ」

「え?」

「ほら、前にも言ったじゃない。私たちの“日常の謎出し対決”は、どちらかが卒業するまでって」

「……そういえば、言ってましたね」

「覚えていてくれたのね」

「忘れませんよ。だって、先輩が最初に話しかけてくれたんですから」

「ふふ。あのときのあなた、緊張してて、目も合わせられなかったわ」

「そ、そんな昔の話しなくていいですよ」

「いいえ。ちゃんと覚えておきたいの。あなたと過ごした“静かな時間”をね。もう、すぐ消えちゃいそうだったから」

「……なんですか、それ」

「冗談。少し詩的に言ってみただけ」

「びっくりさせないでくださいよ」

「ふふ。そうね。でも、こうして話してると、なんだか落ち着くわ」

「恥ずかしながら僕もです。……また明日も、話してくださいね」

「ええ、もちろん」


「じゃあ、また明日。お疲れ様。」

「はい。お疲れ様です。

 ……明日は来てくださいよ、先輩」




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部室で出された最後の問題 古木しき @furukishiki

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