3-4 無口な彼女は近づきたい

「灯弥、いつもの」


「はい、お待ちください」


 そういってカウンター席に座ったリウカはいつもの調子で短く告げる。

もうずっと変わらないルーティン。

でも、今日はちょっとだけ違った。


「リウカちゃん、いつものっていうくらい毎回同じの頼んでるの?

なんかいいなぁ。

ねえ、灯弥さん。私がいつものっていったら何がでてきます?」


 隣の女性は目を輝かせて、リウカの注文方法を称賛した。

ただ、いつも通りのものを頼んでいるだけなのに。

リウカはなんだかくすぐったく感じる。


そう、今日のリウカの隣には一人の女性がいた。


真野紗弥香まのさやか

愛称はサーヤ。


リウカは彼女をそう呼ぶ。

というか、紗弥香が呼ばせてくる。


 彼女もよりみちの常連と聞いたとき、リウカ自身も驚いた。

この店にそんな客がいたのかと。


「……とりあえず、お水を出しますかね?」


「ちょっとー!私もいつものって言いたいんですけど!」


「そう言いましても、紗弥香さんはいつも違う商品をお求めになりますし。

なんならメニュー外のものばかり注文しますしね」


「うーん。じゃあ、最初に出してもらったカレーをいつものにしようかなぁ?

でも、大人の女性がカレーをいつものっていうのはオシャレじゃないよね。

やっぱりほら、大人っぽくカクテルとかがかっこいいよね!

ねえ、灯弥さん?」


「お待たせしました。メロンフロートで御座います」


「灯弥さん!無視しないでくださーい!」


 ぺしぺしとカウンターを叩きながら紗弥香は抗議する。

そんな二人の様子をメロンフロートを受け取りながら、横目で観察するリウカ。

彼女はこの二人の軽妙なやり取りに関心した。

なるほど、自然な会話とはこういうものかと。


 ちなみに、カウンター席にいるのは紗弥香の求めに応じてのことだ。

彼女はいつものテーブル席に行こうとしたところ、自分が座っている席の隣をポンポンと叩きながら、輝かんばかりの瞳と期待に満ちた顔を向ける紗弥香がそこにいた。

灯弥に助けを求めては見たものの、灯弥も「まあ、いいじゃないですか」というだけ。

リウカは渋々……といった様子を見せながらも、あの子の雰囲気を感じる紗弥香の誘いを嬉しく思いながら隣に座った。


「わあ、メロンフロート!

懐かしいな……。

小さい頃ねぇ、私も一度だけ食べたことあるんだよ。」


「……一度だけ?」


 なぜこんな夢のような食べ物をたった一度だけで我慢できるのだ?

というか、これは紗弥香の世界の食べ物だったのか?

いろんな疑問がリウカの頭を駆け巡る。


「あはは、そのね。私にとってメロンフロートって、お外でしか食べられないけれど、いつも食べられるようなものじゃなかったの。

こうやって、喫茶店とか、ファーストフードのお店とか、フードコートとか。

そういう、ちょっとだけ特別なんだけど、ありふれている場所の食べ物って感じでね?

リウカちゃんの世界にはそういうのはないの?」


「……ふぁあすとふうどというのはよくわからない。

でも、なんとなくわかる。

お金を少し多めに払えれば食べられるけど、それは贅沢だから」


「そうそう!ちょっとだけ贅沢品なの。

いつでも手が届きそうで、でもおねだりしてもなかなか買ってもらえない。

ちょっとだけ特別な品。

うちはそういうのに厳しかったから、自分で買えるようになるころには憧れの品じゃなくなっていてね」


「……私は、いくつになってもこれが一番好きだ」


 そういって、リウカはいつものルールに従ってアイスを食べる。

ああ、いつもの味だ。甘くて、とろけそうになる。


「んふぅ」


 つい、いつものように吐息が漏れる。

そして、ハッとする。


今日は隣に紗弥香がいるのに、油断しすぎた。

恐る恐る隣を見ると、キラキラとなぜか嬉しそうな顔でこちらを覗き込んできている彼女がいた。


「ふふふ。リウカちゃん可愛いなぁ!」


「……どうも」


 そういって素っ気なく返してしまう。

ここで否定は無駄だと分かってしまう。

きっと彼女はあの子と同じ。

こちらがむきになると、喜んでしまう。

だから、リウカはある日のいつも通りの対応をした。

きっとこれなら、揶揄われない。


「……ねえ、リウカちゃん。あ~ん!」


「……ヤダ。自分の分を頼めばいい」


 紗弥香は口を開けて一口をねだる。

しかし、リウカはぷいっと背中を向けて、拒否の姿勢。


これは自分の分だ。

人に分けてはペースが乱れる。

一番美味しく食べるためには、一人分を決まった順で決まった通りに食べるのが一番だとリウカは思っていた。

長らく独りでいたことで生まれたこだわり。


彼女は食事のペースを乱されることを嫌うようになった。

これも実は彼女の孤独を深めた理由の1つであることは、彼女は分かっていない。

独り占めすることを、無意識に一人であることを正当化する理由にしていた。


「むう。一口くらいくれてもいいのに。

……あ、そうだ!ねえねえ、灯弥さん。カスタム頼める?」


「はいはい。本日はどのような特別メニューをご所望ですか?」


「ちょっと!私がいつもワガママいっているように思われちゃうじゃないですか!

ほら、フロート!

ベースとてっぺんをカスタムして、違うソーダフロートにしてください!」


「承知しました。では、まずはベースのご希望を」


 そう言って、灯弥はメニューを紗弥香に手渡した。

紗弥香が開いてみると、そこにはベースとなる様々な炭酸ジュースが載っていた。


 カスタム?違うフロート?


 なんだか興味深い注文を始めた紗弥香に、リウカは思わず振り返った。

紗弥香は真剣な顔でメニューを上から下まで吟味している。


やがて、ひとつのピンク色のソーダの写真を見つけると、それを指さして注文をする。


「あ、これがいい!いちご味のサイダーなんて素敵!

このあまおうサイダーでお願いします!」


「何をのせますか?」


「ソフトクリーム!えっと、生クリーム多めのやつで!あ、サクランボつけてください!」


畏まりましたといって、灯弥は準備を始める。


「……サーヤ。

いちご味のさいだーとはなんだ?そふとくりーむとはなんだ?」


くいくいっと紗弥香の服の袖を引いてリウカは興味津々といった様子で尋ねる。


「ふふふ、フロートと一口にいっても、いろんな楽しみ方があるってことだよ!」


「……サーヤ、さっきメロンフロートは一度しか食べたことがないって言った」


 リウカは一度しか食べたことがないものなのに、なぜそんなに詳しいのかと、胡乱げな目を向けた。

紗弥香は一瞬目を泳がせ、どういえばいいのかなぁ?と考え込む。

間々あってなんとか言葉にできたようだ。


「あ。うん。メロンフロートは多分、一度しか食べたことがない……はず?

いや、文化祭で食べたアレもメロンフロートか……?

いや、あのときはサイダーにメロンシロップぶち込んでカップアイスのせたなんちゃってだからノーカウントでしょ……?」


 だが、何やらメロンフロートの定義という迷宮入りしてしまったのか、紗弥香はぶつぶつとつぶやき始める。

そのつぶやきの内容も別に答えにはなっていなかった。


悩み始めた紗弥香が思考の迷宮入りをしてしまったことで、リウカは、紗弥香を一旦放っておくことに決めた。

それよりも、紗弥香が注文していた謎のフロートのほうが気になる。


 灯弥は透明なグラスに薄いピンク色のシュワシュワする液体をゆっくりと注ぐ。

氷は細かく砕いたクラッシュアイスをほんの少々。

そして、飛び出たレバーが取り付けられた銀色の箱の前に立つ。

レバーを引くと、白くて柔らかそうなものがにゅるんと出てきていた。


「アイスの色……」


 思わず声が漏れた。

灯弥は器用にソフトクリームをくるくると巻き、いちごサイダーの上にふわりと浮かべる。

最後にカラフルな粒粒チョコスプレー、そして赤いサクランボを載せて、カウンターの上に置いた。


「お待たせいたしました。いちごのソフトクリームフロートでございます」


「あ、来た来た!えへへ、可愛い~!

カラースプレー付きとは、流石灯弥さんわかってるぅ!」


 悩んでいたのがまるで嘘だったかのように思考を切替え、紗弥香は一瞬で笑顔に戻る。

その切り替えの速さと図太さに、リウカは内心で驚き、少し呆れる。


そんなことより、紗弥香の注文したフロートのほうが大事だ。

リウカはそれをまじまじとみつめる。

メロンフロートと同じフロートと名付けられた食べ物。

なのに、上に載っているアイスも、下のソーダドリンクも違う。


淡いピンクのジュースは、宝石のピンクインペリアルトパーズのようにきらめき、その上に浮かぶ白いアイスは、雲のようにふにょんとしていて、雪よりも白い。

色とりどりの粒粒がその白さを華やかに彩り、房のついた赤い実はランプの光を受けて、夕焼けの残光のようにほのかに赤く染まっていた。


 リウカは、衝撃を受けた。

今までメロンフロート以外の注文をしたことはなかった。


それとなく、灯弥が他のメニューも勧めてくれたことはあった。

でも、リウカは見向きもしなかった。

メロンフロート以外の美味しいもの、美しいものがこの店にあるわけがないとどこかで勝手に決めつけていた。


 でも、違った。

夢のようなシュワシュワはメロンソーダの特権ではなかった。

白くて冷たいアイスには別の姿があった。


「あ~ん……。んぅ~!ソフトクリーム美味しい~!しかも味が濃厚だぁ。

灯弥さん、リクエスト通りの生クリーム多めにしてくれてありがとう~」


「細かいオーダーをしていただけると、私も迷わなくて済んで助かりますよ」


 白い雲のようなアイスの天辺を掬って食べた紗弥香は、頬をゆるませて蕩けるような笑顔を浮かべた。

その表情は、見ているこちらまで甘くなるような幸福そのものだった。


どんな味なんだろう。 胸の奥がむずむずと騒ぎ、リウカの喉がごくりと鳴った。

紗弥香はスプーンを口から離すと、ちらりとリウカの横顔を盗み見る。

視線の先で、リウカの尻尾がピンと立ったまま動いていないことを見逃さなかったらしい。


「……リーウーカーちゃーん?気になるでしょ?気になるよね?ほら、あーん」


 にやり、と悪戯っぽい笑みを浮かべてスプーンを差し出す。

差し出されたスプーンが、まるで自分の胸の奥をそっとつつくように揺れる。


欲しい。


でも、さっき断った手前、受け取るのは筋が通らない。


「うっ……。だ、だが、私は断ったから貰うわけには……」


 ごにょごにょと言葉を濁しながら、先ほどの一連の流れを持ち出してもらうわけにはいかないと頑なになる。

でも、紗弥香は何でもなさそうに笑っていった。


「気にしない気にしない。リウカちゃんにも食べて欲しいから頼んだんだよ?」


「私に……?なぜだ?」


「『美味しい』はね。わけあったほうがもっと美味しくなるんだよ」


 店内を流れる音楽が、ふっと遠のいた気がした。

紗弥香の声だけが届いたように、柔らかくリウカの心へ響く。

そして、その言葉が胸の奥で静かに揺らめく灯に触れた。


そんな瞬間だった。


『一緒に食べるとね。食事はもっと美味しくなるんだよ』


 あの子の声が、ふっと胸の奥から蘇える。

リウカはその声にハッと息を呑んだ。

それは、あの子がかつてリウカと語らった思い出。


 ああ、そうだった。


ひとりに慣れすぎて、大事なことを忘れるところだった。

そう、美味しいはひとりより――あの子と二人で一緒に食べたときのほうがずっと美味しかったよ。

いつかの思い出が、よりみちの明かりのようにリウカの心の影を優しく照らす。


「あ、あーん。」


 その思い出に背中を押されるように、リウカは顔を少し赤らめながらも口を開いた。

紗弥香はニコニコしたままリウカの口にそっとソフトクリームを運んだ。


「どう?美味しい?」


「……凄い。いつものバニラアイスとは別の食べ物だ。

とても……美味しい……な」


 そういって、照れながらも紗弥香を見つめた。

紗弥香は、でしょ~?となんだか誇らしげな顔をしている。


紗弥香とあの子は似ているわけじゃない。

でも、あの子と同じような暖かさを感じる。

愛想がなくても、喋れなくても、何もあげなくても。

ただ、自分が好きだからだよといって傍にいてくれたあの子と同じように笑ってくれる。


「……サーヤ」


「ん?どうしたの?」


「……おかえ……し。あ、あーんしろ。あーん」


 そういって、リウカは自分のメロンフロートのバニラアイスを掬って紗弥香の口元へ運んだ。

一瞬きょとんとする紗弥香だったが、その意味が解った途端、笑顔が咲いた。


「きゃー!やったー!あーん……

ん~!こっちはバニラの香りが豊かで美味しいねぇ!

ソフトクリームとはまた違った甘さと食べ応えがあるっていうか……」


「そ、そうだ。メロンフロートのアイスも美味しいんだ……」


 紗弥香は目を細め、幸せそうに頬をほころばせる。

リウカは、その反応をどこか誇らしげに、けれど照れたように呟く。

自分の大好きを認められたようで、尻尾が小さく揺れた。


「ほんとだね!どっちも違って、どっちもいいって素敵だよね。

ねえねえ、ソーダも一口ずつ交換しようよ」


「そ、ソーダもか?し、しかしソーダは筒が1つしか……」


 紗弥香の提案に、リウカはストローを見つめて固まってしまう。

共有という行為にまだ慣れていないため、ひとつのストローを交互に使いまわすことを想像し、それははしたないのではないか?と自問自答してしまった。

紗弥香はリウカの言葉尻が萎むことを不思議に思ったが、ストローを触ったり視線を泳がせたりする様子を見て、もしかして、照れているのかな?と思った。


「? あっ!もしかして私のストローを使っちゃうことを気にしてるの?

ふふ、大丈夫大丈夫!

こうやって、リウカちゃんのほうのストローをこっちに差し込めば」


 ひょい、と紗弥香はリウカのメロンフロートのストローを抜き、自分のいちごフロートへ差し込む。

突然の行為に、リウカは目を丸くした。


「だ、大丈夫か?味が混ざってしまうのでは?」


「ちょっとくらい、平気平気!ほらほら、一緒に飲もうよ!」


 リウカは不安げに眉を寄せるが、紗弥香は平然としている。

なので、それ以上は何も言えなくなった。

これが他者との交流というものならば、それに従うのがマナーというもの。

自分にそう言い聞かせて、ストローが2本ささったフロートをまじまじと見る。

正直なところ、この赤いソーダの味が知りたくてしょうがなかった。


「う、うん。……!」


 意を決して一口含んだ。そして次の瞬間――カッと眼を見開く。


シュワシュワはメロンソーダと同じだ。

でも、鼻を抜ける香りが違う。

舌に残る甘酸っぱさが違う。

同じ表現しかできない語彙しかない自分が嫌になる。

でも、確かにメロンソーダとは違う味わい。

もう一口飲みたくなる衝動をぐっとこらえて、顔を上げる。


「どうどう?」


 まるで悪戯が成功した子供のように無邪気な顔で紗弥香が反応を確かめている。


「あ、甘酸っぱくて、しゅわしゅわで。

でもメロンソーダとは違う。酸っぱくて甘いんだ!」


「あはは、最初といってること変わらないよ!」


「うう、言葉が難しいんだ……。でも、違うんだ……」


「そうだね、違うね。……ソーダだけに、そうだね!」


 紗弥香は得意げな表情をしながらそう宣った。


一瞬の静寂。


リウカはきょとんとしながらそれを真顔で見つめる。


「……?サーヤ、どうしたんだ?」


 リウカは責めているわけではない。

なじるわけでもない。

ただ、何か紗弥香が言っていることが面白いことなのかどうかすらわかっていなかった。


「ごめんなんでもないきにしないでいいから」


 リウカにまるで通じていない洒落を言ってしまったことに恥ずかしくなり、紗弥香は顔を伏せる。

何も気づかないリウカはオロオロしてしまう。


そんな二人の様子を、灯弥は見守っていた。


 この日のよりみちのカフェは、いつもと違う活気にあふれる時間がしばらく続いた。

異界で出会った二人の女性は、時間も忘れて互いの身の上を語り合う。


でも、大丈夫。


ここでの時間は現実に何の影響ももたらさない。


ここは隠り世。

世界も時間も超える不思議な場所。


灯弥は願う。

この出会いが、どちらにとってもかけがえのない友と巡り合えた幸せとなりますようにと。


 願いは珈琲のように薫り高く立ち上り、あたたかな光を受けてきらりと光り、ピアノの旋律に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る