怪盗ロイヤルアビス

大星雲進次郎

ロイヤル・デス・アビス・エターナル・インフィニティ・ツヴァイ

『怪盗ロイヤルアビスの正体は亜比寿アビス君なの……?』


 

 編集員であるザンジばるは持ち込まれた原稿の最後のページだけを見て、

 

「つまらん」

 

 とだけ言うと、仕事に戻った。

 何せ今は創刊1000年記念号の追い込みで、馬鹿みたいに忙しいのだ。

 最後を読んだだけで粗筋が分かってしまうような駄文につき合う暇なんて無い。


「そう言わずに、もうちょっとせめて最初の方も読んで下さいよ」


 持ち込んだ若手SF作家の大星雲も食い下がる。

 爆発的ヒット作品を送り出し、この夏は劇場版アニメも上映した。3作目で、興行成績も一兆円を叩き出した人気作ではあったが、なかなかどうして、その程度の稼ぎでは食べていくのは難しい。


「ちょっと実家に帰っただけで、また貧乏生活に逆戻りですよ」


 大星雲進次郎は地球人ではない。


「経費にならないですかね」

「ならんだろう」


 ザンジ原はため息を付くと、大星雲に向き直った。

 実につまらない。怪盗ものなんてもう何百と世に出ているが、当たりを引くのは恐ろしく難しいジャンルだ。

 犯罪を正当化するのだから、余程巧く物語を組み立てねばならないのだ。今ちらりと見た一文からすると、学校ものの要素が入っているようだが、この扱いも難しい。大金持ちだろうが、凄い偉い立場にいるのだろうが、所詮は学生だ。あまりに大掛かりな背景は物語を白けさせてしまうだろう。

 後やっぱり本物の権力がコワイ。

 人外である大星雲にはそのあたりの機微がよく分かっていないのだろう。自分の書きたいものを詰め込むだけでは、商業的には成り立たないのだ。

 しかし。このクソつまらない感性が。地球人とは少しずれた感性が、今までウケてきたのは間違いない。

 ザンジ原は仕方なしに話を聞くことにした。


「正直なところ、最後にこの台詞をモミ子に言わせたくて。ストーリーも逆算したんですよ」

「モミ?」

「モミ子ですよ。主人公に御奉仕する運命を呪う家畜星人です」


 家畜星人って……、まあ宇宙は広い。そういうのもいるだろう。ザンジ原はふるえる指で、咥えた煙草に火をつけた。


「艦長、ブリッジは禁煙です!」

「おっと、すまない」


 入ったばかりの女子社員に注意される。

 どこだって禁煙だ。


「ザンジ原さん、女の子に何言わせてるんですか。ちょっと引きますわ~」

「俺のせいじゃねぇ」


「最初は本当にせこい泥棒で」

 

 大星雲はマイペースに続きを説明しだした。


「地道に盗みと殺しを重ねて、ランクをアップさせていくんです。軽闘士、中闘士、強闘士、烈闘士……」

「何か聞いたことあるな、オイ。あと普通怪盗は殺さねーんだけど」

「あ、まだ怪盗じゃないですから」

 

 大星雲にはよくあることだが、話を何処に持って行きたいのか、迷走するのだ。今回も怪盗話のはずがよく分からないことになりつつある。しかもまだ怪盗ではないと来た。

  

「盗みも良いけど、殺しもね!」

「やかましいわ!」


 大星雲は第二腕と第三腕を絡ませて笑う。


「それで、ちょっとしたことがあって、英雄の指輪を集めて若返るんですけど、あんまり重要じゃないんで端折りますね」 

 

「強盗した金額とカマキリが7777億円に達したとき、怪盗ロイヤルアビスに覚せい・・・するんですよ」


 なるほどな。

 ザンジ原は溜め息とともに感心した。

 トンデモ展開ならば大袈裟な方がいい。悪もコメディにしてしまう。喜劇界ではよくある手法だ。

 コメディ要素は何処にも感じられなかったが。


「カマキリ?」

「知りません?シャーってしてくる奴」


 カマキリは金になるのか?それも億と張り合えるほどの価値で。

 ザンジ原はいつもの事ながら詳細を聞いたことに後悔している。しかし聞かねば始まらないのが作家の担当なのだ。


「ここまでで、どうやっても30万文字越えるんですよね。亜比寿の生い立ちから、悪の温床の中で育つ幼年期。モメ子との出会いは重要なのでちょっと綺麗に書いてみました」

「モミ子じゃないのか」

「モメ子です。最愛のスケは生き別れの姉だった~!」


 大星雲は第七腕をモジモジさせた。

 

「もう、何言ってんだよお前……」


「そして全ての欲を失った主人公は、強欲のコインを大量に吸収させられ、怪盗プラネットアビスになってしまうその瞬間!思い出すんです。本当に彼が欲しかったものを!」

「ちょ~っと、ギリギリ突いてきたな」


 そしてその強大な力をもって、巨悪をスカッと撲殺する。とのことだった。


「最終フォームはなんて名前にしたんだ?」

「それがですね……あんまりしっくりくる物がなくて」

「ここまでやり尽くしたなら、インフィニティだろう?」


 余程衝撃だったのか、大星雲の全身が青く輝いた。

 こういう反応もあるのか。

 

「凄い!ザンジ原さん!マジ中二!」

「ほめてんのか?ソレ」

「え?中二ってほめ言葉じゃないでしょう?」


 殺意。

 

「どうした、えらく盛り上がっているじゃないか」 

 騒がしすぎたか。

 打ち合わせブースに編集長がやってきた。

 見た目はおっとりしたイケダンディだが、中身はアビスそのもの。


「やっぱり大星雲君だったか」

「あ、編集長!お世話になってます」

「少し聞いていたけど、相変わらずジュブナイルなセンスだな!」 


 確かにこの狂気は、少年期の妄想に通じるところもあるかも知れない……。

 さすが編集長だ。猟奇的な上辺ばかりに惑わされる自分とは違う。ザンジ原はひどく感銘を受けた。

 もう大星雲の担当はアンタがやってよ、と常々ザンジ原は思っている。 


「ちょっとこのお話、僕に預けてよ。じっくり摺り合わせて、銀河で通用する物に仕上げたい」

 

「ああ、持っていかないで下さいよ~。怪盗ロイヤルアビス・インフィニティのところだけ書き足させて下さいよ~」


 編集長には後日持ってくると約束させられた大星雲だが、心なしか楽しそうだ。


「そうそう、ザンジ原さん。キャラも何も決まってないのに、言わせたい台詞ってありますよね?」

「まあ、分からないこともない」


 今日の話もそういうことなのだから。

 

「僕、何個かストックしてて……」


 もう頭がおかしくなる。

 その台詞を言わせるためのストーリーもきっと大概おかしいのだろう。

 

「ああ分かった。もう言わなくて良い」

「えっとですね……」

「言うなって言ってんだよ!このキ○ガイ野郎!」


 しかし大星雲は楽しそうに言葉を続けるのだった。

  

『でも、僕のせいで……サンタが死んでしまったんだよ!』

『鮭は死んでもアニサキスは死なない!』

『いえ、結構です』

『あいつはとんでもないものを盗んでいきました……それは』

「おいバカ、やめろ」


 かくして、「怪盗ロイヤルアビスシリーズ」は学校文庫で大人気となり、作家大星雲は一つのジャンルで一時代を築くことになった。

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