第10話 ご主人様、お力を……
『今から、二度目の「契約」だ。……もちろん対価は前回よりも「上乗せ」させてもらうがな……!』
俺の悪魔的な囁きに、セシリアの顔が、再び絶望と羞恥に染まっていく。
『ま、待ってください! もう、団長はあなた様の御力を認めているはずです! これ以上の証明は必要ないのでは!?』
必死に抵抗を試みるセシリア。
その潤んだ瞳で訴えかけてくる表情もなかなかにそそる。だが、ここで折れる俺ではない。
『甘いな、見習いの子よ』
俺はわざと苦しげな声色を作って念話を送った。
『あの程度の奇跡では、まだ足りん。あの男……アルフォンスは、まだお前の背後にいる『何か』の正体を探ろうとしている。ここで完全に格の違いを見せつけ思考することを放棄させなければ、いずれお前は異端としてその身を焼かれることになるぞ……!』
『そ、そんな……!』
『……くっ……!』
俺は、タイミングを見計らって、苦悶の声を漏らす。
『ど、どうしたのですか、精霊様!?』
『……先ほどのオリジナル呪文で、力を使いすぎたようだ……。お前を助けるために、我が身を削ったせいでな……。このままでは我の存在が……消えてしまう……ッ!』
もちろん、全部真っ赤な嘘だ。
確かに多少の魔力は使用したが、ささいなものである。
だが、セシリアにとっては、自らのために他人が苦しむのは耐えがたいはずだ。
『そ、そんな……! 私のせいで……!』
予想通り、純粋で真面目なセシリアは俺の芝居を完全に信じ込んでいる。
彼女の思考が、罪悪感でぐちゃぐちゃになっていくのが手に取るように分かった。
(よし、完全にこっちのペースだ。最後の一押し!)
『……助かる方法は、一つだけだ。より純粋で、より強力なPP……いや、『祈り』の力が必要だ……。セシリアよ、お前にその覚悟はあるか?』
『わ、私にできることなら、何でも……!』
完全に落ちたな。
俺は、内心で勝利のガッツポーズを決めながら、最終要求を告げた。
『……よかろう。では、一度見たポーズでは、もう我の心は
『は、はい……!』
『そこの机に両手をつき、我に……いや、天に尻を向けよ。そして、上目遣いでこう囁くのだ。「ご主人様……お力を……」と!』
『ご、ご主人様ですかぁぁぁぁぁッ!?』
セシリアの絶叫が、精神世界に
だが彼女にもう、断るという選択肢は残されていなかった。
自分の未来と、恩人(と信じ込んでいる)の命。その両方が、この一瞬にかかっているのだから。
――俺とセシリアがこの問答を繰り広げている間も、現実世界の時間は、ほんのわずかしか進んでいない。つまり、俺とセシリアがいくら長く話し込もうが、このジジイにとっては一瞬の出来事だ。
『心配するな、前にも言ったが、我との対話中はこの世界とは時間軸が違う故、何者からも認識されることは無い。汝と我だけの秘密だ!』
――そして、ついにセシリアは覚悟を決めた。
彼女は、おもむろに久の高さほどの机に両手をつき、肘を伸ばすと、尻を思い切り高く突き上げ、腰を思いっきりそらせる。
その体勢になることで、スカートが自然と捲れあがって綺麗なラインが露わになった。
俺はもちろん、セシリアの真後ろに陣取って、形のいい尻を見上げる格好だ。
今日は、「白」!!
そして涙目で頬を染めながら、上目遣いでかろうじて聞き取れるほどの声で囁いた。
『………ご主人、様……。……お力を……』
――臨界点、突破。
【対象:聖騎士見習いセシリア】
【観測内容:白のコットンパンツ&ご主人様おねだりポーズ】
【評価:S+ランク】
【生成PP:25,000 over!】
【結果:オリジナル魔法『液体操作』を超精密ブースト!『聖騎士団の紋章(グリフォン)』を構築!】
俺の存在の核に、これまでとは比較にならない、超弩級のPPが、濁流となって流れ込んできた。
(くぅぅぅぅぅっ……! これだ……! この、神の使徒である清廉な者が、屈辱に耐えながら己の恥ずかしい部分をしかたなく披露する姿……! しかも、白! マンネリ化しないための色変! やはり、この子は分かっている……!)
俺は、その有り余るエネルギーを、先ほどのオリジナル呪文にさらに注ぎ込んだ。
ただし、今度は「精密操作性」に全振りして――
「…………」
現実世界で、アルフォンスが訝しげに眉をひそめる。
(……今のは……? 俺の詰問に対し、思考が途切れた? いや、違う。まるで、ここにいない『誰か』と対話でもしていたかのような……ほんの僅かな『空白』……)
その「一瞬の間」こそが、歴戦の騎士であるアルフォンスに、決定的な違和感を抱かせた。
アルフォンスが、セシリアの様子に鋭い疑念の目を向けた、まさにその時!
――瞬間、アルフォンスの目の前で信じられない光景が繰り広げられた。
木の器に入っていた黒い液体(コーヒーみたいなものか?)をそのまま空中に、一滴もこぼれずに球体となって静止したのだ。
さらに、そのコーヒーの球体は、まるで意思を持つかのように形を変え、空中で一羽の美しい『グリフォン』の姿を描き出した。
そうだ、これは目の前のジジイの鎧に刻まれている――聖騎士団の、紋章そのものの形に。
コップを浮かべるなどという、力任せの奇跡ではない。
液体を重力に逆らって完璧に制御し、芸術的な造形まで行う。
それは、神の御業としか言いようのない、絶対的な力の証明だった。
おまけとばかりに、その液体をそのままジジイの顔にぶつける。
バチャッっと音がして、アルフォンスの顔はコーヒーまみれになった。
「…………な……」
歴戦の勇士であるアルフォンス団長が、生まれて初めて、驚愕に言葉を失い、その場にへたり込んだ。
黒く塗れた顔をぬぐう事すらしない。
「……き、貴様は……セシリアは、一体、何者と契約したのだ……」
そして、精霊界で。
俺は、最高のPPと最高のショーの成功に満足げに頷いていた。
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