第3話  ステータスと、精霊界の格差社会

 精霊界の、巨大な光るキノコの上。

 俺とポルンは並んで浮かび、人間界の光景を映し出す水面をぼんやりと眺めていた。

 そこには街の酒場で仲間たちに武勇伝を語る、あの女魔術師の姿が映っている。

 名前はアンナと言う、駆け出しDランク冒険者らしい。

 ゴブリンに出会ったのは仲間と一緒に来た森での採集クエスト中にはぐれてしまったことが理由みたいだ。


「いやー、すごかったですね、新入りさん! あの森ごと吹き飛ばすみたいな魔法、僕初めて見ましたよ!」

「まあな。俺も我ながらやりすぎたかと思ったぜ」

 正直、何が起きたのか俺自身もよく分かっていなかった。

 ただ、あの純白の光景を見た瞬間、俺の中で何かが弾け、とんでもない力が溢れ出した。

 それだけは確かだ。

 

 おかげで、俺の体(光の玉)は、前よりも少しだけ大きく、そして輝きが強くなった気がする。

「あ、そうだ! 新入りさん、あなたの『ステータス』を見てみましょうよ!」

 ポルンが何かを思いついたように言った。


「ステータス?」

「はい! 僕たち精霊の強さを示す、指標みたいなものです! 自分の存在に意識を集中すると、見えるはずですよ!」

 言われるがままに、俺は自分の内側に意識を向ける。

 すると、脳内にゲームの画面のようなものが浮かび上がった。


 初めに俺が念じた時は出なかったのに……「ステータスオープン」って言うわけじゃなくて、ちゃんと意識のコントロールが必要だったってことか。

 俺は気を取り直して、現れた情報に注目する。


【名もなき精霊】

 ランク:???

 クラス:1

 属性:虹(全属性に適応可能)

 保有魔力:148 / 1000

 特殊能力:PP(パンツ&ポーズ)ブースト

     :超高性能鑑定


(……なんだこれ。ランクがバグってるぞ。それにクラス1って最弱じゃねえか? あと、特殊能力の名前、ダサすぎるだろ俺……! ……ん? 保有魔力が148? やけに貯まってるな……)

 俺が自分のステータスにツッコミを入れていると、ポルンが羨ましそうに言った。


「僕のも見ます? ほら」


【光の精霊:ポルン】

 ランク:ブロンズ

 クラス:1

 属性:光

 保有魔力:6 / 100

 特殊能力:微光


「……僕なんて、こんなもんです。クラス1のブロンズなんて、精霊界にごまんといますから……。保有魔力も、次の進化までまだまだですし……」


 そう言いつつ、しょんぼりするポルン。

 だが、彼は少しだけ胸を張るように、言葉を続けた。


「で、でも! 僕、こう見えてもちゃんと『意思』を持ってる、正真正銘の精霊なんですよ!」

「意思?」

 ポルンの説明によると、この世界には二種類の「精霊」が存在するらしい。


 一つは、ポルンや俺のように、自分で考え、会話ができる『意思ある精霊』。

 そしてもう一つは、人間界の魔力にただ反射的に反応するだけの、『マナ』と呼ばれる意思なき精霊だ。


「人間が使う簡単な『魔術』……火をつけたり、水をコップに満たしたり……あれは全部、『マナ』の反射を利用しているだけなんです。彼らは植物みたいなもので、対話はできません」

「なるほど」

「僕たち『意思ある精霊』は人間と対話し、契約することで『マナ』では起こせない、もっと複雑で強力な『精霊魔法』を発動できるんです! だから、意思があるだけで、本当はすごいことなんですよ!」


 ポルンは、ふふん、と得意げに光を明滅させた。

 しかし、その光はすぐに、またしょんぼりとかげってしまう。


「……でも、僕の使える唯一の特殊能力って『微光』……ただ光るだけなんです。それって光の『マナ』でも、誰でもできることで……。だから、誰も僕と契約してくれなくて、結局『マナ』との競争に負けちゃうんです……」


 プライドと現実。

 意思を持つというエリート意識と、能力が伴わない無力感。

 この小さな光の玉が抱える葛藤に、俺は思わず前世の自分を重ねてしまいそうになった。

(……気持ちは分かるぜ、ポルン。意識高い系の新入社員が、単純作業しかやらせてもらえない、しかも単純作業しかできない。みたいな感じか……。不憫なやつ……)


「……なあ、ポルン。ところで、この保有魔力ってのはどうやって貯まるんだ?」

「えっと、人間から受け取った魔力の一部が自分の力になるんです。でも、そこから魔法を生成するのに魔力を使っちゃうので、手元に残るのはほんのちょっとだけで……」

「なるほど」


 ポルンの説明はこうだ。

 人間から魔力という「食材」をもらっても、ポルンのような普通の精霊は、その食材のほとんど全てを使って、ようやく魔法という「料理」を完成させる。だから、自分の「つまみ食い」できる分は、ほとんど残らない。


(なるほどな……。俺もクラス1だけど、ランクが『???』ってことは、何か秘密があるのかもな。……ポルンの保有魔力は6。俺は、たった一回の魔法で148……? 桁が違いすぎる。この差は一体……)


 俺は、自分の脳内で複数の情報を組み合わせて、答えを導き出す。

 ・他の精霊の利益は、人間から受け取った魔力の「残り」だ。

 ・アンナは特別な対価を払っていない。彼女が提供したのは「パンツとポーズ」だ。

 ・俺はその直後、規格外の力を出し、結果として148もの保有魔力を得た。


(……そうか。そういうことか!)

 やはり、俺の立てた仮説は正しかった。

 先ほど感じた『構造的欠陥』……その正体は、この市場の全員が『顧客から提供される魔力』という、単一のエネルギー源に依存しきっていることだ!

 他の精霊は、顧客から預かった予算(魔力)を、いかに効率よく使って製品(魔法)を納品するかで勝負している。


 だが、俺は違う。


 あのパンツとポーズは、顧客の予算とは全く別の……俺だけが受け取れる『特別報酬(PP)』だったんだ。

 俺はその特別報酬(PP)で魔法のコストを全額支払い、期待以上の成果を出した。

 そして、その際に発生した『余剰分』……それが、この148という俺の利益(保有魔力)の正体だ。


(フッ……とんでもないビジネスモデルだ。顧客の懐を一切痛めず、俺だけがノーリスクで莫大な利益を上げる。こんなの、反則じゃないか)


 俺が自社製品の圧倒的優位性に打ち震え、今後の事業展開(どんなパンツを要求するか)について思いを馳せ始めた、その時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る