虹の向こう側

ケイ

第1話

曖昧で、レンズにフィルターが掛かっているかのような。

まるで、ドラマを見ているような、ミュージックビデオを見ているかのような。


17歳・高校2年生の秋。俺は、文化祭の体育館に設置されたステージで軽音部のライブをしている。


ステージ上で演奏しているのは、大好きなロックバンド「the hero‘s」の曲だ

割と?いや、だいぶマイナーな部類のバンドだったから、メジャー曲で固めて先に演奏した後輩たちよりウケが悪いように思うが、知ったことじゃない。


トリじゃない俺たちは、やりたい事をやりたいようにやるだけだ。


「次が、ラストー!!クライマックスだー!!」

MCを挟み最後の曲がはじまる。


アニメのEDに採用されていた曲だったので、少し反応がよくなった観客と、ノリの良いテンポが会場を包んでいく。

最後の音が鳴り、観客席を見渡していると、『塚口あかり』を見つけた。

わざわざ来てくれたんだと嬉しくなり、彼女に向けて手を振り、ステージを降りた。


そういえば、このライブ後に彼女は、楽器をはじめたんだっけ。

色々教えたよな。演奏は上手くなっていっても、機械類が苦手で、音作りを説明するのに

手間取ったな、とか。


突然、その先にあった出来事が走馬灯のように流れていく。

大学生時代・新入社員時代や、結婚式の一幕。

まるで、新幹線の車窓から見る景色のよう。


そして、俺と彼女のすべてが変わった、あの日がやってきて・・・


「・・・嫌な夢」

目覚まし時計のアラームで叩き起こされた。

普段なら、アラームが鳴っても目覚めない頭も、今日はすでに冴えていた。


一人で寝るには広いベッドから、起き上がり朝の支度をはじめた

朝食はゼリー飲料で済ませ、早々に家を出て会社に向かう。

地下鉄は定刻通りにやってきて、乗客を運んでいく。


満員電車は都心部を抜けていくと、少しずつ人が減り、終着駅の手前になれば、まばらになる。

郊外のベッドタウンにある駅からしばらく歩けば、僕の働く事務所がある。


本社から、異動してしばらく。

業務も現場が近くなれば自然と変わるもの。

間接的だった業務も、直接的なものに。

気が付けば、現場に出るような仕事もこなしていた。

本社であったような、派閥闘争とは無縁な生活は良いな。

ここでも似たようなことはあるけれど、せいぜいお山の大将がいるような話だ。

それすらも、たまにという職場環境だ。

長閑と言えるここは楽でいい。


僕こと、立花優人(たちばなゆうと)32歳は、M㈱N事業本部S運営部門北OFSC

略して、事務所までの坂道を登りながら思い出していた。そういえば、今日は新たに人事異動の打ち合わせがあったっけ。


異動して、一年が経ち『エリアマネージャ』と大層な名前をつけられた役職を頂いた。

一見偉いかと思える役職名だが実質、班長か、主任か・・・大したものではない。

語尾に『―』を入れないのは業界の慣習だそうだ。

この業界に入って初めて知った。どうでも良いことだが。


現場事務所と言えば、男だらけと思っていたが、多岐に渡る業務範囲や昨今の風潮に則って女性も増えてきた。

それでも、現場と言えばパワフルな現場担当者、一般的にイメージする「酒・博打・女」を地で行く人も多い。

ステレオタイプと言う事なかれ。

仕事の合間の休憩時間中で集まろうものなら、やれ次のG1はこいつで行く、あの騎手は信用ならん、あのパチンコ新台は激熱だとか、あの店は渋いとか。

そんな会話に入らない人を見ると、熱心にソシャゲでガチャ回していたり。

あの居酒屋が安いだ旨い。あの女優がキレイだ、アイドルがキレイだとか。

あの部署の〇〇さんに声かけたとか、無視されたと嘆いてる姿を笑われて怒ったりとか。


管理する側としては、セクハラ・パワハラで問題にならないかハラハラする。

上も古い人間が多いのも現場事務所あるあるだ。なんなら上にいる方がパワハラ気質なナチュラルパワハラ気質なので面倒この上ない。

どの口で、パワハラ撲滅と言ってるんだろうね。


まぁ、うまくやるしかないのだが、出世レースの押し合い圧し合いに比べれば、かわいいものだ。そう思うことにしている。そんな事もこの事務所じゃ関係ないか。


月例会議の大半を聞き流している途中で、はっ、となり、司会に目を向けた

「・・・では、今期の異動者は以上となります。受け入れ体制と引継ぎを・・・」

慌てて資料をめくり該当のページをめくった。


異動者名簿に載る、配属者の名前

『加賀屋 やよい』

随分懐かしい名前だな。OJT研修で世話をした事がよぎる。

はっきりと自分の意見を述べる事が出来て、愛想もよい。

容姿も整っているので、みなに好かれるのでは無いだろうか。

それはそれで、別の問題も出てくるが。

同じチームになるとは、何があるか分からないものだ。

多少の気まずさを感じるけれど。


後に思い返せば、彼女が異動してきてから大きく動き出す。

想像もしていなかった、出会いと、別れに向かって。


そして、加賀屋やよいが異動してきた初日の朝礼

「本日より、お世話になります。加賀屋 やよいです。

 本社のS事業本部より、N事業本部へ異動となり、こちらにやってきました。

 N事はOJT以来ですが、頑張ります!よろしくお願いします」


大きな拍手をもらい、司会の後ろに下がる。

若い女性が来たことで、事務所がざわついているんだが。お願いだから

何もないことを心で祈るばかり。


「じゃあ、立花くん。あとは君に任せるよ。」


課長はさっそく丸投げしてくる。想定通り。

N事業本部。旧国営系企業関連の業務を中心に行う、通称『N事』の上役の大半は天下りでやってきた彼・彼女らばかり。

そんな、天下り課長のありがたい言葉はほどほどに、加賀屋に向き直る。


「ひさしぶりですね、先輩。またご一緒できるとは思っていませんでした」

「そっか、S事からの異動も珍しいよな。にしても、元気にしてたか?」

「はい!先輩のご指導のおかげですよ。それより、先輩・・・痩せましたよね?」

「・・・あぁ、そうだな。ちょっと痩せたかも」

「・・・すいません。変なこと聞いちゃいました。えと、今日からまたお願いしますね?」

「うん、まぁ、ゆっくりやろう。時間は十分あるからな。」

「・・・はい!」

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