たまごが先だ
あるところに一つの町がありました。
町の人は何に対しても無関心で、だれが困っていても、助けようとしません。だから町はいつも静かで、ちっとも栄えませんでした。
これを見ていた神様は、大きなたまごを三つ、町の真ん中の広場に置くことにしました。
はじめは、だれも気にしませんでした。この町の人は、何に対しても無関心だからです。たまごの横を、見ることもなく通り過ぎます。
そうして何日もが過ぎましたが、ある日、一人の男がたまごにぶつかりました。
男は転びましたが、たまごにはひび一つ入りません。
「なんて丈夫なたまごなんだ」
男は驚いて、三つのたまごを殴ったり蹴ったりしてみましたが、一つも割れません。
大人の頭ほどもあるたまごは、持ち上げてみるとひどく軽いものでした。
地面に叩きつけてみましたが、やっぱりたまごは割れません。とんかちを持ってきて、それで叩いてみましたが、やっぱり割れません。
「おい、みんな、こいつはすごいたまごだぞ。絶対に割れないんだ」
最初はだれも立ち止まりませんでした。けれども、男があれやこれやと試しているうちに、何人かが足を止めはじめました。
「割れないはずがないだろう」
立ち止まった人々は、自分なりの方法で、たまごを割ろうと試しました。
壁に投げつけたり、高いところから落としたり、釘を打ちつけてみたり、何度も踏んづけてみたり、思いつくかぎりの方法が試されましたが、たまごは一つも割れません。そうしてたまごが割れないままに、何日かが経ちました。
割れないたまごの話は、人々の口から口へと伝わり、町中の人間が知るようになりました。毎日毎日、いろんな人が訪れて、いろいろな方法でたまごを割ろうとためしました。
もちろん、だれがなにをしてもたまごは割れなくて、みんなが首をひねりました。
「いったいこのたまごの中には、なにが入っているのだろう」
町の人たちは、口々に中身についてうわさをし、自分たちなりの予想を立てました。
普通に大きな黄身と白身だけだという人。
巨大な鳥が産まれるのだという人。
金銀が詰まっているのだという人。
赤ちゃんが入っているのだという人。
天使様が入っているのだという人。
いろいろな予想が立てられましたが、割れないことにはわかりません。
たくさんの人がたまごを囲んで見ている中で、だれかが言いました。
「ああ、たまごの中身がわかるなら、なんだってするのに」
その時でした。たまごがひとつ、自然にパカリと割れました。
驚きながらみんなが中身に注目します。
ところが、たまごの中は、空でした。
「なんだ、空じゃないか」
「でも、なんで空なんだろう」
「そんなことより、いったい、どうして割れたのだろう」
割れたたまごの殻は回収されて、研究されることになりました。
ところが、あれだけ堅かったたまごの殻は、いまではもう、普通のたまごと変わらない、もろくて柔らかいものになっていました。
残りの二つのたまごは、あいかわらず割れないままです。
「なにか、残りの二つを割る方法もあるはずだ」
町の人々は、こぞってたまごの研究をはじめました。
たまごを割るために、いろいろな発明がされました。その発明をもとに、また別の発明がつくられて、またたくまに、たくさんの発明が町中にあふれました。しかし、どの発明品も、たまごを割ることはできません。
なかなかうまくいかないので、だんだん、人々はイライラしてきました。
「お前の発明品なんか、役に立たないんだ。やめちまえ」
「なにを。お前の発明品だって、なんの役にも立たなかったじゃないか」
「なんだと、おれの発明品は、役に立つのだぞ。そら」
イライラのたまった人々は、発明品を使ってケンカをはじめました。硬い硬いたまごを割るためにつくった発明品たちです。それを人間になんて使ったら、とてもひどい目にあいます。
「イタイイタイ」
「イタイイタイ」
ケンカは町のあちこちで起こり、いろんなところから、イタイイタイという声が聞こえてきました。
ですが、この町には、人を助けるという考えはありません。だれもかれもがケンカをするばかりで、助けてなんてくれません。だから、イタイイタイという言葉ばかりが、町にあふれるようになりました。
「うるさいなあ」
一人の男が、あまりのうるささに耐え切れなくなりました。
男は、割れたたまごを研究していました。割れた殻をくっつけようとして、傷をなおす発明をしたのです。
その発明を使って、男は怪我をしている人たちを治していきました。
「これで静かになるはずだぞ」
男はホッとしましたが、それだけではありませんでした。
「ありがとう」
傷を治した人々は、生まれてはじめてその言葉を口にしました。
「おや、なんだかこの言葉は気持ちがいいぞ」
男はその言葉が聞きたくて、町のあちこちに行っては、人々の怪我を治します。何度聞いても「ありがとう」は気持ちのいいものでした。
「みんな、ありがとうは気持ちがいいぞ」
男が教えると、町の人々は疑いながらも、ほかの人たちを助けてみました。町のあちこちで「ありがとう」の声が重なり、人々はその言葉に夢中になりました。
気がつくと、人々は助け合うのが、当たり前のことになっていました。助け合って研究も進み、発明はどんどん生まれました。今度は、ケンカの道具にならない発明です。
さまざまな発明品の力で、町はどんどん発展していきました。
「助け合うって、いいものだね」
だれかがそう、言ったとき、町の広場の真ん中で、パカリとたまごが割れました。やっぱり、中にはなにも入っていませんでした。
残ったたまごは、あとひとつです。
「最後のたまごにはなにが入っているのだろう」
人々は、興味を失いません。
「最後のたまごの中にこそ、きっとすばらしいものがつまっているに違いない」
人々は、口々にたまごの中身を予想しますが、もうケンカは起きません。たまごの中につまっているであろうすばらしいものについて語り合い、そのすばらしいものを目にするために、毎日、いろんな研究をして、いろんな発明を生み出しました。
たまごのあった広場はきれいな公園になりました。公園の真ん中には立派な台座がつくられて、たまごは、そこに大事に置かれました。
町の人たちは、この公園を訪れるたびに思います
「いつかたまごの中身を見るために、がんばろう」
こうして町は発展を続け、助け合う発明の町として有名になったのです。
「ああ、よかった。たまごのおかげだ」
すべてを見ていた神様は安心しました。横にいる天使は不思議でした。
「でも神様、あのたまごは空なのに、どんな意味があったんですか」
「逆だよ。たまごは中が満たされると割れるのだよ」
神様は教えてくれました。
「一つ目のたまごは『好奇心』を求めていた。町に好奇心が満たされて、たまごの中いっぱいになったから、割れたのだよ」
「二つ目は、なにを求めていたのですか?」
「二つ目は『優しさ』が求めていたのだよ。好奇心と優しさに満たされて、町は素敵になったのだ」
「でも、三つ目は割れなくて残念でしたね」
そう言うと、神様は笑いました。
「三つ目は割れなくていいんだよ。あの中には『夢』がつまっているんだ。割れないから、わからないから、夢はいつまでも夢でいられるのだよ。決して割れない夢の塊が、また新しい夢を生むのだ。だから、たまごの周りは、いつだって夢に満たされているのだよ」
割れないたまごに夢を見て、町は今日も輝きつづけます。
おしまい
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