これが世に言う『婚約破棄』というやつですね!
鈍野世海
第1話
『——次の学内交流会前日に、大事なお話がございます。リリシア様の方でも、心づもりのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます』
その手紙を読んだとき、リリシア・ディーテは思った。ついに来たか、と。
手紙の送り主は、この国の第二王子、ユーリ・ヴァレンタイン。
公爵令嬢であるリリシアが四歳のときに顔を合わせて以来十二年、婚約の縁を結んでいる相手だ。
いつものように学園から帰宅し、制服を着替えるのも忘れてロマンス小説を読み耽っていたら、ユーリから手紙が届いたと侍女に知らされた。
リリシアは、颯爽と本を閉じると、ハーフアップに結んでいるブロンドの髪を手櫛で整え、胸元のリボンを正し、スカートの皴も伸ばしてから、白地に銀の花が印刷された封筒を受け取った。侍女からは「いつも言ってますけれど。読書に夢中になるのは結構ですが、制服はなるべく、早めに、お着替えくださいね」とちょっぴり叱られた。
「はーい」と生返事をしたリリシアは、きちんと正した姿勢でソファに座ると、いそいそとペーパーナイフで封筒を開封した。
手紙にはいつも通り、季節の挨拶、それから最近あった出来事がいくつか記されていた。
ユーリとは同じ学園に通ってはいるものの、彼の方が一学年上のため、授業を受ける教室も異なれば、廊下ですれ違うこともあまりない。一方的に、遠目に眺めることはしばしばあるけれど。
だからリリシアはユーリの日常を覗ける手紙を読むことが好きだった。
それが、どれだけ、淡々とした筆致でも。
婚約関係らしい甘い言葉はもちろん、リリシアへの関心を感じる質問などが、一切記されていなかったとしても。
ユーリ・ヴァレンタインは、非の打ち所のない男だ。
まず、とても美しい容姿をしている。
雪のような白銀の髪、日焼け知らずの色白の肌、深く澄んだ海色の瞳は切れ長で凛々しい。長身で、ほどよく鍛えられた肉体は逞しく、神が丁寧に作り上げた芸術作品のよう。
さらに、優等生でもある。
勉学、剣術いずれの成績も学年主席。特に剣術の才は、大陸全土で見てもトップクラスと言われる我が国の騎士団から熱烈にオファーを受けるほどだ。
そして、とても社交的である。
そう、基本的には。
そんなユーリが学園内を歩けば人目を引き、すぐに彼を慕う人に囲まれる。リリシアはその光景を遠目に眺めながらその群れに交じりたいと何度も思ったが、叶うことはない——なにせ、リリシアはユーリに嫌われているのだから。
リリシアは許嫁となってから、定期的に王宮に足を運び、ユーリに会いに行っていた。
だが、ユーリはリリシアと目を合わせない。対話をしたら必ずどもる。というか、リリシアを前にするとそれとなく逃げ出そうとする。
最初のうちは、ユーリはシャイな性質なんだな、とリリシアは思っていた。
しかし、リリシアは目撃する。ある交流会でユーリが、同世代の他の女子とは微笑みとともに自然と会話をしている姿を。そこでリリシアは気づいたのだ。「あ、私がユーリ様に嫌われていただけなのね」と。
以来、リリシアは王宮に足を運ばなくなった。文通だけは今でも続けているが、ユーリは婚約関係にあるから仕方なく筆を執ってくれているに過ぎないだろう。
ところで——ユーリに会わなくなったことで空いた時間で、リリシアはロマンス小説
にどっぷりとのめりこんでいた。その中で、最近特に流行っているジャンルがあった。はじめてそのジャンルに触れたときには衝撃を覚え、そして他人事ではないとずっと思い続けていた。
『——次の学内交流会前日に、大事なお話がございます。リリシア様の方でも、心づもりのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます』
季節の挨拶、最近あった出来事がいくつか。
いつも通りの事務的な内容に加えて記された、その文言。
ついに来たか、とリリシアは呟いた。
「これが世に言う『婚約破棄』ってやつか……!」
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