メティスについて思うこと

きくずれ

第1話

カフェテリアの角席で友人が突如大声を上げた。


「うっそー!? まじで?」


すぐにしーっと指を一本立てて黙らせる。彼女ができた、と言った途端これだ。


「そう。俺でもびっくりしてる。運命ってあるんだなーって」


「滝、裏切ったな」


「ごめんって」


わざとらしく怒りの表情を浮かべる友人をよそ目にまた昨日のことを脳裏に浮かべる。


人生初めてのデート。うまくエスコートできたか不安な部分はあるけれど彼女のおかげもあり概ねうまくいったのではないかと思う。俺は高鳴る気持ちを抑えられず君もいつかわかるよ、と友人を少し煽った。


 大学の講義終わり、彼女と待ち合わせをしてカフェへと向かう。いつもならゼミ終わりは疲弊しきっていて青い光しか受け付けないのだが今日は陽の光が眩しくない。体を撫でる風も心地よく感じる。


「なにぼーっとしてるの?」


「いや、幸せだなーって」


横で彼女が長い黒髪を揺らしながら優しく笑う。こんな些細な会話にもすごく幸せを実感した。


苦いブラックコーヒーを飲み変に格好つけたことを後悔していると、前に座って季節限定のラテを飲んでいた彼女が思い出したかのような表情をした。


「メティス——ってどう思う?」


「アンドロイドの?」


「そう。講義でメティスについて思うことを書けっていう課題が出されたんだよね」


メティス。数年前に政府が突如導入したアンドロイド。治安維持のためという大義名分で追加されたのだが、人と寸分変わらぬ容姿で社会に溶け込んでいるため印象はあまり良くない。

俺は正直反対だ。いくら治安が上昇するといってもそれで人々が疑心暗鬼になってしまったら本末転倒だと思う。


「俺は......よくは思ってないかな。いくら治安が良くなると言っても不安を煽ったら意味ないだろ?」


「なるほど…参考になった」


彼女は真剣な顔をしながら何かスマホにメモをするとありがと、と言った。最近はメティスについての講義もあるんだななどと考えながらたわいのない話をいくつかした。


 帰り道、明日の時間割の話や昨日の夜ご飯の話をしながら歩いていると突然タイヤの滑る甲高い音が耳に飛び込んできた。あたりの人々は恐ろしいものを見るような視線を向けている。少し右を向くとこちらへ向かってまっすぐ突っ込んできている車と目が合う。


あ、死ぬんだとようやく理解した。早く彼女を守らないと——


目を動かし彼女を見る。俺が手を伸ばすよりも早く彼女の手は伸びていて気づいた時にはもう押し出されていた。


鈍く低い音が鳴り響いた。甲高い悲鳴が空気中に拡散する。


膝が笑ってしまって力が入らない。彼女は無事なのだろうか......。藁にもすがる思いで一歩踏み出そうとしたが足に力が入らずにその場に座り込んでしまった。


「俺........君を......」


涙が頬を伝う。もうおしまいだ、そう思ったとき、目の前から血が流れてきた。赤色ではなく、黒色の。まるで......なにかの燃料みたいな。


意味がわからず涙を拭いて立ち上がり急いで車に駆け寄る。


液体を辿るとそこには、体から内臓ではなくゴツゴツとした機械がはみ出てたアンドロイドが一体、項垂れていた。


通りすがりのメティスが身代わりになってくれたのか? と僕は思った。


いや違うだろう、とすぐに否定する。信じたくないが、これは......彼女だ。破けた部分に心許無く被さっている布は、今日彼女が着ていたワンピースと同じ苔色だった。


 数日後、彼女が人でなかったと言うこともあり、すぐに取り調べが終わった俺はいつもの角席にいた。


「その、なんだ。大変だったな」


いつもなら腹がたつ下手な労いが今日は心に染みる。


「まさか俺も、滝の彼女がメティスだったなんて気づかなかった。滝、気づかなかったのか?」


俺はゆっくりと首を横に振る。気づくわけないだろう。いつ見ても彼女は人だった。


「でも、恐ろしいよな。なんというか、日常にメティスが潜んでいる事実を再度思い知らされたというか——」


「彼女はメティスじゃない」


「え、でもニュースでは」


「彼女がメティスなわけがない。彼女は心を持っていた。俺の...空っぽだった心を彼女の心で満たしてくれた。たかが機械が、心を持つわけない」


「滝——」


「そうだ。他のメティスが助けてくれたんだよ。あいつら、防犯目的にいるんだろう?」


「滝、落ち着け」


「なあ早く探しに行こう。気を遣って連絡してこないだけなんだ。きっと...」


「気持ちはわかるけど、彼女は間違いなくメティスだった。でもな、俺思ったんだ。機械でも心を持てるんじゃないかって。俺もメティスは嫌いさ。でも彼女は滝のおかげで心を持てたんじゃないのか? 他でもない心を持った君と交流したおかげで」


「そうなのかな。あの行動も、あの日言ってくれた言葉も、心がないと説明がつかないんだ」


あの日無理して飲んだコーヒーがまだ舌に残っている気がする。彼女が事故の直前に、真剣な顔でスマホにメモしていたメティスについての考察。


あれは、きっと彼女自身が自らの「心」を理解しようともがいた痕跡だったのだろう。たとえ機械であっても、俺が感じた心は本物なのだろう。


これが、俺のメティスについて思うことだ。

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