冷めた情熱のアトリエ
南賀 赤井
プロローグ: 憂鬱な特賞
「面倒くさい」
それが、高校生になった僕──一ノ瀬ハルが、小説を書くことに対して抱く唯一の感情だった。
かつては、この世界を謳歌するための唯一の武器だと思っていた創作活動も、今やただの重い鎖だ。書きすぎた。飽きた。ジャンルを転々とし、書きたいものを全て消費し尽くした結果、残ったのは「どうせ書いても詰まる」という予感と、手のひらに乗るほどの虚無感だけだった。
文芸部の部室でさえ、その重苦しさは増す一方だ。
棚には、僕の二年先輩である篠宮雪斗の文庫本が並んでいる。『境界線上のアポリア』。有名イラストレーターとの二人三脚でアニメ化まで決まった、眩しすぎる成功作。篠宮先輩は、僕が「面倒だ」と筆を折っている間に、とっくに手の届かない階段を駆け上がってしまった。先輩の輝きは、僕のローテンションをさらに奈落へと引きずり込む。
「ハル。これ、見て」
ある日、文芸部の顧問が僕に差し出したのは、ウェブサイトのコンテスト結果を印刷した一枚の紙だった。そこには、半年前、もうどうでもいいという気持ちで放り込んだ作品のタイトルが載っていた。
『小説家の苦悩』
異世界物でも恋愛物でもなく、僕自身の内なる叫びを、大人な主人公に仮託して書いた、小説家の苦悩の物語。
結果は、特別賞。書籍化決定。
「……面倒くさい」
その言葉が、受賞の喜びでも、再起への決意でもなく、ただの「義務」として喉から漏れた瞬間。
顧問は、にこやかに言った。
「担当のイラストレーターさんだけどね。君の幼馴染の神代さんになったよ」
神代ユリナ。
自称清楚で、陽キャ界隈の姫様のような顔を持ちながら、僕のようなローテンションな人間を心底軽蔑している幼馴染。親の事情で、図々しくも毎晩僕の家で夕食を食べ、母さんの作った弁当をちゃっかり持ち帰る、生活基盤を人様の善意に依存するギャル。
彼女が、生活費のために、「好きでもない」絵の仕事として、僕の、僕自身の魂の苦悩を描いた作品に、色を付けてくるのだ。
最も面倒くさい義務と、最も面倒くさい人間関係。
これが、僕の再スタートだった。重い筆をもう一度握るための、憂鬱な特賞。
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