ストア・オブ・ザ・ナイト

比絽斗

深夜のレジ係と夜の受領証

夜のコンビニは、世界の裏側と繋がっている――


 そんな馬鹿げた都市伝説を、日給で暮らすフリーターの俺、〇〇が信じるようになったのは、この「ストア・オブ・ザ・ナイト」で働き始めて三か月が経った頃だった。


この店は妙だ。


 まず、深夜にもかかわらず、客が来なさすぎる。


 大通りから一本入った場所にあるとはいえ、24時間営業でこの閑散ぶりはありえない。


 そして、来る客は決まっていた。


午前一時


 いつも必ず、全身黒いレインコートとフードで顔を隠した男が、店の隅にある期限切れ間近のサンドイッチを手に取り、無言でレジに立つ。


 ポイントカードの有無を尋ねると、男は首を横に振るだけで、精算が終わると「ありがとう」とも言わず、店の外の闇に消えていく。


 彼がレジから離れると、何故かレジ周りの空気が一瞬だけ「軽く」なる。


 俺は、彼の正体が、都市の淀んだエネルギーを処理するために「期限切れの食べ物」を必要とする


「夜の精霊」の一種だと知っていた。


 最初にこのことを教えてくれたのは、深夜帯の常連客の中で唯一、人間の姿を保っていた老年の男性、佐々木さんだった。


 彼はいつも缶コーヒーを一本だけ買って、店の窓から外の闇を眺めていた。


「君は妙なものに好かれるな、〇〇くん」


佐々木さんが言う。


「普通の人間には見えない、あるいは見ても気にならないものが、君のレジの前に並ぶ。それは君が、人の『愚痴』や『願い』を真面目に聞くからだろう」


 俺の「深夜のカウンター」という能力は、レジを挟んだ相手の「真の目的」を心の中で表示する力だ。 


 佐々木さんがコーヒーを差し出した時、俺の心にはこう表示されていた。


【目的⇒都市の結界の監視 代償⇒コーヒー一本】


その日、佐々木さんはいつもより口数が多かった。


「近頃、『人間という名の怪異』が増えてきた。彼らは噂を商売にし、真実をネタにする。そして、私たちが静かに築いてきた『契約』を破ろうとする。特に、あの再生数を稼ぐための嘘つきには気をつけなさい」


 佐木さんの言葉は、翌日の深夜、現実のものとなる。


午前二時


自動ドアのセンサーがけたたましい音を立てた。


眩しいほどのリングライト。


カメラのレンズ。


そして、奇妙なパフォーマンスをする男の声が、静寂を切り裂いた。


「みんな、見てくれ!今日の企画は、絶対に開運できるという、巷で噂の呪文コンビニ儀式だぜ!」


それが、迷惑系インフルエンサー、


「ヤミ・チャンネル」


との最初の遭遇だった。


 俺の心には、彼が手に取ったおにぎりとは無関係なメッセージが表示されていた。


【目的⇒炎上と再生数 代償⇒都市の均衡の破壊】


 彼はすぐに、精霊がいつも行っていた動作を大げさに真似し始めた。


 その瞬間、


レジの棚に積まれた期限切れのレシートの束が、微かに震え、静かに光を放った。都市の静かな管理者たちが、「偽りの情報」の侵入に気づき、警戒を始めた証拠だった。


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