第11話 超覚醒
レッド・コングは体長二メートルをこえる大猿だった。
屈強な肉体は、焔のように赤い毛で包まれている。
僕の胴体よりも太い剛腕から繰り出される攻撃は、一撃でも喰らえば即死しかねない。それでも僕は、迷いを捨てて一歩を踏み出す。
月光が降り注ぐ、猩猩盆地入口の閑静な森。
一匹と一人の命やりとりが始まった。
命を狩りとる剛腕が振り上げられ、月の光を遮って僕の頭上に影を落とす。
(これは知っている)
レッド・コングの情報は初心者用の攻略本にある程度記載されていた。
直前で攻撃をかわして、すれ違いざまに切りつける。
モンスターの怒りの咆哮が森の木の葉を揺らし、息もつけない連続攻撃の波が殺到する。 振られる剛腕は、右、左、上下と入り乱れ暴風のようだ。
そして、僕は悟った。
(……勝てない)
道中でHPが削られて、回復アイテムは尽きた。
一撃も貰わずに倒すことは、不可能だった。
その事実を突きつけられて、悔しくて、悔しくて、感情が制御できなくなり頭が狂いそうになる。
(嫌だもう負けたくない……何でもいいから、コイツに勝つ力が欲しいッ)
———そう願った瞬間、僕の思考に異変が起きた。
全身からすっと恐怖が抜け落ちていく感覚。
熱に溺れていた思考はコンマ一秒ごとに冷めていき、あらゆる感情が薄らぐ。闘争心すら消え去って、思考するのに無駄な一切合切がこそげ落とされる。
極限まで研ぎ澄まされる集中力。
眼前のモンスターを無慈悲に殺すというタスクのみが頭の中に残った。
さっきまでよけきれないと感じていたレッドコングの攻撃がやけに遅く見える。僕はその場にとどまり、針の穴に糸を通す精密さで身体を操作して、常に反撃を繰り返す。
「グォォオオ!?」
それはモンスターを殺戮する人形と化した僕の一方的な蹂躙だった。
無感情にレッド・コングを痛めつけて、猿の悲鳴があがる。
レッド・コングはダメージが蓄積すると、攻略本のデータにない攻撃が織り交ぜるようになった。変則的な蹴り攻撃、スキルの行使、それらに注視し、筋肉の動きから次の攻撃を予想する。
全ての攻撃を初見で見切って受け流す。
二度目はさらに深く踏み込み、ギリギリで回避するように微調整を行う。
間違いなく過去最強の敵。
だけど、危機感も焦燥も感じない。
この感覚には既視感があった。
道具屋の店員として、淡々と業務をこなしていたあの疎ましい時間だ。
ほとんど自我を持たず、余計な感情と思考を排除して、全てのリソースを一つの作業に注いでいた頃の記憶。
唾棄すべき呪われた日々だが、いま格上相手に技量差で圧倒しているこの力は、紛れもなく、タスクをこなす装置として生きていた当時の僕に備わっていたものだ。
もう、レッドコングを手札を使い切ったようだ。
敵はまだ立っているが、勝負は喫した。
どの攻撃もすでにインプット済み。
空いている盤面を埋めるように手詰まりへと導いていく。
「グォオ……」
瞳からハイライトが消えると、レッドコングは地に伏した。
その瞬間、遮断していた雑念が、痛みが、感情が戻ってきた。
「かはっ……はあ、はあ、体が熱いッ」
大量の経験値が流れてくる。
プツンと集中力が切れて、僕も地面に横たわった。
明らかに勝ち目のない難敵に、勝った。
しかし、僕が真っ先に感じたのは恐怖だった。
体が小刻みに震えている……また、自由を失うんじゃないかと思った。
戦闘中の僕は僕じゃなかった。
冷酷無慈悲で、命を失うリスクをまるで考慮していない戦い方だった。
この力は……あまりにも危険だ。
出来れば二度と頼りたくない。
自由を手放すことは、死よりも恐ろしいことだ。
「ふぅー」
ようやく冷静さが戻ってきた。
震えも収まった。
とはいえだ、僕は勝利したんだ。
正真正銘の冒険をして生き延びた。
いまはただ、この喜びをかみしめようじゃないか。
「……ステータス・オープン」
透明な画面に目を向ける。
◇名前 モブ・チャープマン
◇職業:NPCタイプD チュートリアルボス Lv.7
HP:F0xAA ERROR
MP:20C % ! ERROR
攻撃:0xBB...ERROR
体力:0x0 ERROR
魔力:== ERROR
耐性: end_F ERROR
俊敏:x(10) ERROR
器用:++ ERROR
幸運:0xAA ERROR
◇スキル
・ヘビー・スパーク
◇魔法
・NEW ブラスト
◇称号
・神N%h■加護
・エイドス・コードP03■■■
どうやらレベルは3から7に上がり、新しい魔法を手に入れたようだ。
まだまだ初心者冒険者の域を超えないレベルだ。
でも、イグニスさんとユキノさんだって最初から強かったわけじゃない。
一歩ずつ積み重ねて、強くなったんだ。
だったら僕もそうしよう。
傍聴者のいない静か森で、己に言い聞かすために宣言する。
「一度の敗北で諦めるな。皆の記憶に残る最高の冒険者になるんだろ」
最強に座する冒険者は、きっとこの世界で最も冒険をした者だ。
だから、何度でも立ち上がろう。
新たな決意を胸に秘めて、空を見上げる。
うっすらと朝の光が、差し込んでいた。
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