第9話 嫌がらせ

 「ふわぁ~今日も良く寝た!」


 白い朝日が、窓から差し込む。

 ベッドから起きて、すぐに冒険の準備にとりかかる。


 冒険者になった日から、数日が経過した。

 基本は一人で森に入ってモンスター討伐をしているが、カスミンさんに時間がある時はレベル上げを手伝ってもらっている。


 腰にポーチ付きのベルトを巻く。ベルトにはポーション差せるホルダーがあり、そこへ赤い液体が入った細いガラス瓶を10本セットして準備完了だ。


 なぜこうしているかというと、ストレージを開いている最中はその場から動けなくなるのだ。取り出しにも時間がかかってしまうから、あらかじセットしておくのが基本だとカスミンさんに教えてもらった。

 

「カスミンさんは今頃なにしているのかな?」


 クリスタル・タブレッドを取り出してSNSを覗くと、カスミンさんが朝食の写真を載せていた。たぶん、リアルでの写真だろう。あっちでの彼女はどんな容姿をしているんだろうか? どうやらこっちでの姿しか写真を載せていないようなので、そこらへんは不明である。


 そうそう、僕は道具屋の店員じゃなくなったから、現在は宿で仮住まい中だ。

 宿を出て、フィールドへ足を運ぶ。

 今日は18時くらいから、カスミンさんとレベリングをする約束をしているから、それまでは一人でレベル上げをしよう。





 一人でのレベリングを終えた僕は、待ち合わせ場所である羅城門に向かった。

 羅城門は、威風堂々とそびえたつキョウノグラの南端にある都の正門だ。

 屋根には緑色の屋根瓦が何段にも重なり合い、朱色の柱が巨大な建造物を支えている。その柱に背中を預けて待ちぼうけていると、手を振って走ってくるカスミンが慌てた様子で走ってきた。


「お~い、モブっちっごめん遅刻したぁ、うぇっ!?」


 地面に足をひっかけたカスミンさんが、どべしゃーと顔面スライディングをかまして、ゴロンゴロンと地面に転がった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ははは、へ、平気、平気。待たせちゃってごめんね」

「ううん、僕も今きたところですよ」


 本当は結構待ってたんだけど……まあご愛敬だ。

 どうもカスミンさんは時間にルーズらしく、それを本人も気にしているようだった。


「友達の相談に乗ってたら遅れちゃってさ、あっ! でも明日はお休みだから今日は遅くまでインできるよ!」


 優しいカスミンさんらしい遅刻理由に微笑ましくなる。


「嬉しいです、じゃあ早速フィールドに行って時間ギリギリまでレベル上げをしましょう! くぅまた新しいモンスターとの出会いが僕らを待っていますよ!」


 何故かカスミンさんがジト目で見つめてきた。


「……ギリギリまでって……モブっちってさ、モンスターモンスターって、そればっかりだよねぇ~」

「え!? だ、ダメなんですか?」

「別にいいけどさー、ほ、ほら。もっと身近なところにも興味を持った方がいいんじゃないかなーって、楽しいことって色々あるし、他にもやりたいことない?」


 カスミンさんは両手の人差し指と中指でハートマークをつくり、にっこりとウィンクをしてきた。

 こ、これは何のポーズだろうか?

 しばらく悩んだ末に、僕は「あっ」と声を上げた。


「わかった、新しいスキルの発動動作ですね!?」


 ガックリと肩を落としたカスミンさんが頬膨らます。


「違うよ! ほら、他に何か気がつかない!?」

「えっと……」


 そういえば、カスミンさんの装備がいつもと違うぞ。

 いつもは皮鎧の軽装装備をしているのに、今日はふりふり可愛らしいスカートを履いている。


「あの、防御力足りてますか?」

「モブっちに期待した私が間違っていたよ!」

「ええ!?」


 涙目のカスミンさんがつま先で地面をつついてボソッと呟く。


「こんなに可愛い子がいるんだから、ちょっとくらい興味持てよなぁ……」

「あ、あの時間ももったいないですし、そろそろ行きませんか?」

「このぉ鈍感男! はぁこのまえはかっこよかったのに、モブっちってちょっと変わってるところあるよね」

「僕ってそんなに変わってますか?」

「うんうん、豚に真珠的なね?」

「……はい?」


 僕が首を傾けると、カスミンさんが自慢げに胸を逸らした。


「ふふふ、知らないのかいモブっち。豚が真珠を持っているくらい、ヘンテコってことさっ!」


 ……あの、たぶんそれ意味間違ってますよ。

 その後、カスミンさんはいつもの装備に着替えた……本当になにがしたかったんだ。

 


 ザシュ。


 野猿の渓谷を中ほどまで進み、襲い掛かってきたゴブリン・モンキーをシミターで斬り伏せた。


「ギィィィ!」


 鷲鼻の醜悪な顔を歪ませて、ゴブリン・モンキーが魔石になり果てる。


「順調だねモブっち、この調子で今日こそレベルアップを目指そう!」

「はいっ、一人じゃここまで来れないので、助かります」

「えへへ、お役にたっているようでなによりだよ」


 照れたカスミンさんの顔に僕もほほ笑む。

 一人の時は、野猿の渓谷入口付近で戦うようにしている。

 僕のレベルは3、適正レベル外では、常に危険が伴う。


 野猿の渓谷は深くに進むほどに、敵の強さが増す。

 ゴブリン・モンキーの群れと遭遇したこともあるし、もしもの時を考えると、いつでも逃げれる浅い場所で戦った方が良いだろう。


「にしても、モブっちのレベル全然あがんないね、どういう職業だとそうなるの?」

「えっと……」

「ああ、いいのいいの、秘密だもんね」

 

 隠したいわけじゃないけど、謎の強制力で職業について説明できない僕は、結局秘密ということにしている。


 その後も、僕らは戦闘を続けた。

 ゴブリン・モンキーとワイズモンキーと戦っている時に、それは起きた。


 遠くから戦闘音が響き、現れたのは薄笑いを浮かべるシノノメさんとエンビーさんだった。背後には大量のワイズモンキーを引き連れており、真っすぐにこちらへ走ってくる。『異形達の夜行ナイト・パレード』でもないのに10匹以上いるということは、複数の群れを集めてきたということだろう。


「おっと、悪いなモブ!」

「偶然遭遇しちまったな」


 モンスターに矢を放っていた、カスミンさんが慌てて叫ぶ。


「あんたら、またMPK!?」


 MPKとはモンスターをわざと他の冒険者に擦り付ける行為らしい。

 彼らは、高みの見物と言わんばかりに安全そうな岩によじ登った。


 カスミンさんは二人を見上げて怒鳴る。


「いつも、いつも、しつこいのよ! 何がしたいの!」

「あぶないっ!」


 気を逸らしたカスミンさんに、ワイズモンキーの攻撃が迫り、慌ててカバーに入った。


「カスミンさん今は集中しましょう!」

「うっ、ありがとうモブっち、こんのぉ~~!」


 空気を震わせる弓の弦が弾けて、カスミンさんの放った矢が次々とモンスターを倒す。僕も少しずつモンスターを減らしていく。

 

 実はこの数日間、今回と同じ被害に何度も遭遇していた。

 おそらく喧嘩の続きを、嫌がらせという形で行っているのだろう。


「はあ、ようやく終わった」


 ぐったりとカスミンさんが呟き、また二人を睨む。


「こにゃくそぉ、貴方達大人なんに恥ずかしくないの!?」 


「ゲームに年齢なんか関係あるかよ!」

「それに悪気はなかったんだぜ? たまたま、逃げた先にお前らがいただけ」


 そんなわけがない。

 偶然が連続すればそれは必然だ。


「行きましょう、相手をしても無駄です」

「……うん」


 この状況に陥った数日前から何度も抗議はしてきた。

 しかし、シノノメさん達が改める素振りはなく、楽しそうな反応が返ってくるだけ。こういうタイプは相手をしてあげるほどに鬱陶しさが増すんだと学んだ。


 二人を無視して渓谷を進む。

 けれどストーキングを続き、時折見計らったようにモンスターをぶつけてくる。繰り返される迷惑行為に、ついにカスミンさんがキレた。


「ぬぅぉおお、もうやってらんないっての! ぜんっぜん楽しくないし!」


 涙目でぶんぶんと弓を振り回してくる。


「あ、危ないですよ!」

「モブっちっ、今日は帰ろう! こういう時は開き直って街で遊ぼうじゃないか!」

「ええ!?」

「元々今日はレベリングじゃなくて、街で一緒に遊ぼうと思ってたんだ! さあ、いくよモブっち!」

「は、はい!」


 こうして、僕らはキョウノグラに戻った。


 ◇


 ひときわ大きな建物『冒険者ギルド・キョウノグラ支部』のカウンターで、僕は今日の成果を納品してお金に変えた。先に換金を済ませたカスミンさんが目をぎゅっと瞑ってぷんすかと頭から湯気をあげる。


「あいつらぁ、絶対にBANにしてやるからみてろよ!」

「BANっていうのになると、どうなるんです?」

「二度とニュー・エリシオンの世界に入れなくなる」

「……そんな恐ろしい方法があるんですか」

「うん、申請はしているんだけど運営の対応が遅いんだよなぁ……くっ、まあアイツらに目をつけられている内は何をしても無駄ね」


 たしかに、あのまま冒険を続けていたところで大怪我を負うのがオチだ。


「ということで、街ブラでもして、楽しいことで全部忘れよー!」

「……わかりました」


 非常に残念だ。

 あとちょっとでレベルだって上がる気がしていた。

 カスミンさんがいる今日こそはと思っていたのに。


「おっと、モブっち、もしかして君はニュー・エリシオンの楽しみ方を冒険しか知らないんじゃない?」

「えっ、はい。時間があればずっとモンスターと戦ってます」


 ちっちっちとカスミンさんが指を揺らす。


「可哀想に、人生の半分は損をしているね」

「人生の半分も!?」


 そんな馬鹿な、まさか、本当に?

 でも、いわれてみれば、僕はこの街で生まれたのに、何も知らない。

 

「今日はあたしが案内してあげる」

「……そうですね、たまにはそういう日も良いかもしれません」


 でも、本当にモンスターと戦うくらい楽しいことなんてあるのかな?

 疑いの目を向けていると、カスミンさんは耳を疑うようなことを言った。


「あたしがたまにバイトしているお店に連れて行こうじゃないか」


 怪しい笑顔を浮かべた彼女はぼそっと小声でささやく。


「えっちなお店だよ」

「!?」

「……裸エプロン」

「……それって、あのちょっと待って!?」


 カスミンさんに強引に腕を引かれた僕は、人生の残り半分を取り戻すために?

 足早にギルドが飛び出した。



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