第3話 圧倒的演算能力

 キュノグラの大路から都の正門である羅城門を抜けて、ユキノさんと連れだって街道を歩く。郊外の景色は周辺に深い森が広がり、遠くには標高の高い山が連なっている。


 ルーキー冒険者が一番最初にモンスターと戦うエリア『猿響えんきょうの森』は、街道から横に抜けた場所にあった。


「モブ、準備はいい?」

「……お願いします」


 頷いた僕は、慎重な足取りで樹木に挟まれた暗い道を進む。

 猿響の森という名前に恥じず、モンスターの鳴き声が絶え間なく響いていた。乱立した樹木から伸びる枝葉が日差しを遮り、少し肌寒い。


「ムキっ!」

「わっ、モンスターだぁ!」


 頭上からの鳴き声と共に、枝にぶら下がっていたモンスターが地面に躍り出てきた。そいつは、茶色い毛を生やした小さな猿だった。


「ミニモンチー。攻撃力が低いから初心者でも倒せる」

「……初戦闘、行きます!」

 

 ごくりと唾を飲み込む。

 鈍色の鞘からシミターを引き抜くと、右手にどっしりとした感触が乗っかる。

 恐怖と緊張で手が震えている。けれど、憧れの人に無様な姿は見せるわけにはいかないぞ。


 ミニモンチーが歯をむき出しにして唸り声をあげた。


「ムキィィィ!」

「やぁあ!」


 負けじと気合い込めて、息を吐く。

 剣を構えた瞬間、ミニモンチーが両腕を振り上げて襲い掛かってきた。

 戦略も何もない、無謀な突進攻撃だ。サイドステップで迫りくる腕の範囲外へ逃れ、すれ違いざまにシミターを振った。


「くらえ!」


 剣先が毛皮を切り裂いて、「ムキャー」という悲鳴と共に赤い光のエフェクトが飛び散る。倒れたミチモンチーはしばらくすると光の粒となって消失し、その場にぽろりと紫色の魔石がドロップした。

 

「……か、勝った! ユキノさんやりましたよ!」

 

 むふっと口角をあげて振り返ると、ユキノさんはポカーンと口を開けて固まっていた。


「……一撃そんな馬鹿な。モブは本当に1レベルなの?」

「そうですよ?」

「ありえない……近接DPSアタッカー職を選んだとしても、レベル1では一撃じゃ倒せないはずなのに……職業補正の初期ステータスが異常に高いのかな?」


 顎に手を添えた彼女が僕を見つめる。


「もしかしたらモブの職業ジョブは未発見の激レアかもしれない」

「レア!」


 う、嬉しい!

 まさか……僕にそんな特別な力があったなんて!

 興奮を抑えきれず、僕はその場を飛び出した。


「モブっ一人じゃあぶないよ!」

「ユキノさんもはやくっ、次のモンスターを倒しに行きましょう!」

「ふふ、わかった」


 終始無表情だったユキノさんが初めて見せてくれた笑顔に、僕は少しだけドキっとした。


 ◇


 木々が生い茂る森に、ザシュっとシミターが奏でる音と、ミニモンチーの悲鳴が重なる。


「ふぅ、これで20匹目です!」


 ストレージにはドロップアイテムの魔石や肉がずいぶんと溜まっている。一体これでいくらになるんだろう?


「モブ、疲れないの?」

「全然疲れないです、むしろモンスターと戦うのが楽しくて一生続けていたいくらいですっ」

「脳筋……初心者は戦闘を数回すればバテるのが普通なんだけど」


 とても不思議そうにユキノさんがぼやく。


神経直結型カプセル型フルダイブ端末アーク・システムギアを採用したニュー・エリシオンは現実リアルに近い五感を再現している。けど実際は現実とこっちで動きに僅かなズレが生じるから、初心者は精神的に疲れやすい」

「……現実とのズレ? ユキノさんみたいな凄いプレイヤーさんでも感じるんですか?」

「もちろん、むしろズレを掴む感覚アバター・コントロールはプレイスキルに直結する大切な要素。これを極めるだけで、トッププレイヤーを目指せるといっても過言じゃない」

「そうなんですか、僕は何も感じないけどな」


 自分の手を眺めてそうつぶやいた。

 だって、僕はプレイヤーさんじゃないから。天界から降りてくるユキノさん達とはきっと根本的に感覚や、認識が大きく違うのかもしれない。

 

「モブはもしかしたらアバター・コントロールの天才かも。良い侍になれる」

「いや、侍は別に……」

 

 ガシっ!


「!?」

「まあ道は人それぞれ。別に構わない」


 ユキノさんの指が僕の肩に食い込む。

 あの、全然説得力がないんですけど……侍になれっていう無言の圧力が凄い。


「ところで、モンスターをいっぱい倒したし、レベル4くらいになった? レベル2で新しい魔法かスキルを獲得するはずだよ」

「えっと、確認してみます。ステータス・オープン」


 相変らず文字が壊れてほとんど読めない透明な板が出現する。そこに書かれているレベルを読み上げた。


「……あれ、1のまんまだ」

「モブ、やっぱり君の職業はおかしい。何で初期職業なのに、そんなに経験値が必要なの」

「うーん、僕にもさっぱりで」

「固有スキルがあれば見たかったけど……」


 その時、森の奥からミニモンチーの倍はあろうかという大猿が顔をみせた。立っているのに手が地面につくほど長い。


「はぐれのワイズモンキーね、レベル1のモブにはステータス的に荷が重い。下がってて」

 

 ユキノさんが、腰に差している刀の柄頭に手を置いて庇うように前に立つ。

 その言葉に、僕の心が曇った。

 

「……やらせてください」

「けれど」


 戸惑う彼女を真剣に見つめる。


「ユキノさんだけには、僕の可能性を否定されたくないんです」


 憧れの人に情けない姿は見せたくなかった。

 僕の想いを受け取ったのか、ユキノさんは頷いた。


「わかった。レベル1ならデスペナルティーはほとんどないし、思う存分戦って。負けてもキョウノグラにある蘇生の間まで迎えに行ってあげる」

「はいっ!」

 

 ワイズモンキーの赤い瞳と目が合う。

 

「さあ、どう攻略するか」

 

 ワイズモンキーの体の大きさは160センチくらいで僕と体格差はない。しかし、威圧感はミニモンチーとは比べ物にならない。

 

 ユキノさんは、能力差があるから勝てないと言った。ベテラン冒険者の彼女が言うのなら、それは正しいのだろう。だけど、挑戦をする前から無理と決めつけてしまうのは嫌いだ。挑戦をしたくても、出来なかったあの日々に戻ってたまるかっ。


 緊迫した静寂を、僕らの咆哮が破った。


「はぁぁぁ!」

「ウキィィ!」


 気炎を吐いて駆け出す。

 ワイズモンキーの殺意剥き出しの雄たけびに晒されながら、間合いを詰めていく。


 リーチの長いワイズモンキーの腕が大きく振り上げられた。慌てて頭をさげて、低い姿勢を保ちつつ前進する。敵の腕が頭頂部をかする鋭い風切り音がした。

 

 躱されたことに驚いたワイズモンキーが目を見開く。僕はシミターを全身全霊で振りぬき、隙だらけのお腹に叩きつけた。


「ムキャ!?」

「くぅ!」


 赤いエフェクトが散った。

 ガツンと重たい反動が腕を痺れさせる。


「硬ったいなぁ!?」


 一刀の下に切り伏せてきたミニモンチーとは遥かに違う防御力。

 顔を歪めて恨みごもった視線で僕を貫くワイズモンキーが、もう一度腰をよじって、反対側の腕を振りまわす。バックステップで避けると、顔面すれすれを爪の生えた指が過ぎていった。

 

 速い、そして硬い。

 全力の一撃だったのに、敵はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて怒りを露わにしている。


 ワイズモンキーの攻撃予備動作には何故か一定の法則があった。

 右腕を高く上げた時は振り下ろしの一撃が必ずくる。左腕を開いた時は横薙ぎの攻撃だ。そういった単純な動作が、せいぜい6パターンある程度。



「はぁぁぁああ!」

「ウッキャー!」


 集中力を要求される綱渡りの攻防の最中、僕は異変に気がついた。


(?)


 唐突に地面に幾条もの線が現れた。 

 いや、実際に線が引かれているわけではない。そういう幻視が見えているだけだ。

 足元から枝分かれしている白と赤色の線が、僕の行動に合わせて色を変化させながら広がっている。これがなにか、すぐに理解した。


 これは、戦闘の道しるべルートだ。

 敵が繰り出すどの攻撃を、どのように回避して、どう反撃して、どの手順で、何手打ち合った場合、どんな結末を迎えるかを僕自身が予測したものだ。

 敵の攻撃をインプットして学習した僕が導き出した無数の選択肢が、ルートとなって視覚化されている。


 赤線は一手を間違えれば敗北に繋がる危険ルートデッド・ライン

 たとえば、カウンターで反撃して、よくばって二撃目を加えようとその場に留まった場合、次の敵の横薙ぎの攻撃は絶対に避けられないというように、詰みとなる可能性を表している。


 そして、白線は勝利を維持する確定ルートウィニング・ラインだ。

 どう動けば勝利が掴めるのか、既に僕には見えている。


(これなら、勝てる!)


「はぁぁぁぁ!」

「!??」


 未来を予見したように回避する僕を、ワイズモンキーは全く捉えられない。

 予備動作からくる次の攻撃を一瞬で判断して対応する。全ての攻撃を受け流し、一方的なダメージを積み重ねてゆく。完璧なヒット&ウェイ。


 リスクとリターンの天秤は圧倒的に後者に傾いていく。荒く肩で息をするワイズモンキーの絶望的な表情。戦いを制したのは僕だ。


「ぬぉぉおお!」

「むあきゃぁぁ!」


 ワイズモンキーの断末魔が轟く。大量の経験値が流れ込んできて身体が熱い。ワイズモンキーは、魔石をドロップして消え去った。


「やったぁぁぁぁ!」


 格上との闘いに勝利した喜びを抑えきれず、ぎゅっと握りしめた拳を掲る。


「ユキノさん勝ちましたよ! ちゃんと見てましたか!?」

「すごいモブ、良き侍魂を見せてもらった」


 ぱちぱちとユキノさんが拍手をして、僅かに目を見開く。

 

「初心者とは思えない動きだった。まさか、本当に勝ってしまうなんて」

「途中で敵の動きが単調なことに気がついたんです」

「うん、初心者エリアではモンスターは複雑な行動をしてこない」

「道理で簡単だった訳ですね」

「違う、モブが凄いんだよ。普通、初心者が初見で、それも戦いの中で見切ることは難しい」

「あれくらい誰でも出来そうですけど……」

「きっとモブは記憶能力と、反応速度が異常に高いんだね。勝てないと言ってごめん、もう私は君の可能性を二度と否定しない」


 ユキノさんは90度に頭をさげてきた。僕は慌てて彼女の肩に手を置いて、上体を起こさせる。


「や、やめてくださいっ!?」

「こういうのは、きっちりしておかないと駄目だよ」

「逆に心臓に悪いですって!」


 ようやく体制を戻してくれた彼女にホッとして、心からの安堵が漏れる。

 

「それで、レベルはあがった?」

「そうだった!? す、ステータス・オープン!」


 そこに書かれていたのはLv.2の文字。

 

「レベルアップしてます!」

「新しい技を覚えているはずだよ。最初のスキルや魔法は職業の特徴が顕著に現れる。私に見せてくれる?」

「はい!」


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