第5話
王様――国王陛下が、俺を睨んでいる。
その目には、怒りや恐怖とは違う、強い興味の色が浮かんでいた。
面倒なことになった。
俺は、返事もせず、ただ無表情で王様を見返した。
「父上!」
セレスティアが、我に返って王様の元へ駆け寄った。
「ご無事でしたか!」
「うむ。セレスティアよ」
王様は娘の肩を抱き、それから再び俺を見た。
「兵士よ。名を名乗れ。そして、今起こったことを説明せよ」
「……トールです。一兵士です」
俺は面倒くさそうに答えた。
「説明は、見ての通りです。暗殺者がいたので、止めました。以上です」
「……ほう」
王様が、片方の眉を上げた。
俺の無礼な態度に、周りの騎士たちが色めき立つ。
「貴様、国王陛下の御前であるぞ!」
一人の騎士が剣に手をかけた。
「やめなさい!」
セレスティアが鋭く制した。
「トールは、私の命の恩人です! 無礼は許しません!」
「ですが、王女殿下……」
「トールは、こういう人なのです!」
セレスティアが、なぜか得意げに胸を張った。
「彼は、地位や権力に一切興味がない。ただ、己の信念でのみ動く。そうでしょう、トール?」
「いや、俺はただ眠いだけだが」
「そこが素晴らしいのです!」
もう駄目だ。
この王女、俺の言葉を全て自分に都合よく解釈する。
「陛下。恐れながら申し上げます」
そこへ、クラリスが静かに進み出た。
「トール様は、確かに王女殿下をお救いになりました。ですが、それは神の御心です」
「彼の御力は、人の世の法で縛れるものではありません。彼を王城に留め置くことは、神への冒涜となりましょう」
「聖女よ。そなたは、彼を神殿に連れ帰りたい。そう申すか」
王様が、クラリスを試すように見た。
「左様です。トール様の御力は、正しく理解され、神殿の守護の元に置かれるべきです」
クラリスは一歩も引かない。
王様は、ううむ、と髭をひねった。
彼は、娘のセレスティアと、聖女クラリスを交互に見た。
そして、床に転がった暗殺者の残骸――粉々になった短剣に目をやった。
「……兵士トールよ」
王様が、再び俺に呼びかけた。
「そなたの力、まことに見事であった。あの暗殺者は、隣国の密偵の中でも最強と謳われた『影』だ」
「それを、そなたは赤子同然にあしらった」
「はあ。そうですか」
俺は欠伸をかみ殺した。
そんなことより、早く帰してほしい。
「父上! オルブライトの仕業だったのですね!」
セレスティアが怒りに顔をこわばらせた。
「あの男、やはり……!」
「うむ。これで、婚約破棄の理由は立った」
王様が頷く。
「だが、問題はこれからだ。隣国は、王子を人質に取られたと、必ずや難癖をつけてくるだろう」
「戦争になるやもしれん」
ああ、やっぱり。
一番嫌な展開だ。
「そこでだ、トール」
王様の目が、鋭く光った。
「そなたの力、この国のために使ってもらいたい」
「お断りします」
俺は即答した。
会場が、再び凍りついた。
国王の要請を、二度も、それも即答で拒否した。
俺は、たぶん、この国で一番不敬な男だ。
「……理由を聞こうか」
王様は、意外にも怒鳴ったりはしなかった。
「俺は、面倒事が嫌いです」
俺は正直に言った。
「戦争なんて、一番面倒くさい。俺は、ただ兵舎のベッドで、静かに寝ていたいだけです」
「……っ」
王様が、絶句している。
周りの貴族たちも、信じられないものを見る目で俺を見ている。
セレスティアだけが、頬を赤らめて「ああ、トール……」とうっとりしている。
クラリスは、「なんと無欲な……。それこそ神の証……」と祈りを捧げている。
この空間は、異常だ。
「き、貴様あああああっ!」
その時、大聖堂の入り口で、衛兵に取り押さえられていたクズ王子が、拘束を振り切った。
彼は、近くの騎士から剣を奪い取り、俺に向かって突進してきた。
その目は、憎悪と殺意で血走っている。
「トール! お前のせいだ!」
「お前さえいなければ、俺の計画が……! セレスティアが……!」
「死ねえええええっ!」
王子の剣が、俺の胸を狙って突き出される。
周囲から悲鳴が上がる。
セレスティアが「トール!」と叫んだ。
クラリスが「トール様!」と叫んだ。
俺は、ため息をついた。
面倒くさい。
なぜ、俺はこんなに剣で突かれるんだろうか。
ゴギンッ!
王子の剣が、俺の胸当てに触れた。
革製の、安物の胸当てだ。
だが、スキルが発動している俺の体は、世界で一番硬い。
剣は、まるでガラス細工のように、先端から粉々に砕け散った。
「……え?」
王子が、柄だけになった剣を握りしめたまま、固まった。
「ば、馬鹿な……。これは、我が国の宝剣、『竜殺し』だぞ……?」
「それが、こんな……。ただの革当てに……」
「……ああ、また剣が壊れた」
俺は、自分の胸当てについた傷(のようなもの)を払った。
「弁償しろとか言われたら面倒だな」
俺の独り言は、静まり返った大聖堂に、意外なほどよく響いた。
「……本物だ」
王様が、ごくりと喉を鳴らした。
「我が国の建国神話に伝わる、『王の心臓』。あらゆる害意を跳ね返す、絶対守護の聖印……」
「王の心臓?」
俺は首をかしげた。
俺のスキル名は、確かに『王の心臓(キングス・ハート)』だ。
だが、それはゲームの隠しスキル名だ。
なぜ、この国の王が知っているんだ。
「まさか、伝説は真であったか!」
王様は、興奮した様子で俺に近づいてきた。
「トールよ! そなたこそ、我が国を救うために現れた守護者だ!」
「いや、違います。人違いです」
俺は後ずさった。
ヤバい。
聖女には神と崇められ、王女には運命の人と呼ばれ、今度は王様にまで伝説の守護者扱いだ。
俺の平穏な生活が、マッハで遠ざかっていく。
「父上! やはりトールは、ただの兵士ではなかったのです!」
セレスティアが嬉しそうに王様に駆け寄る。
「さすがは、私の見込んだ男!」
「陛下! トール様は、伝説の『王の心臓』の持ち主……!」
クラリスも、興奮で頬を紅潮させている。
「であれば、なおのこと、神殿で丁重にお護りしなくては……!」
「うむ! そうだな!」
王様が、大きく頷いた。
「聖女よ、王女よ。そなたたちの言う通りだ。彼の存在は、もはやこの国、いや、この大陸の宝だ!」
「「え?」」
俺以外の全員の声が、ハモった。
王様は、俺の両肩をがっしりと掴んだ。
その目は、ギラギラと輝いている。
政治家の目だ。
俺を、利用する気満々だ。
「兵士トール! いや、守護者トールよ!」
「これは、国王としての命令である!」
「そなたに、新たな任務を与える!」
ああ、最悪だ。
俺は、心の底からため息をついた。
もう、何を言われても驚かないぞ。
「そなたを、我が国の『聖なる人柱』として、王城の最深部に封印する!」
「……は?」
俺は、今度こそ本気で素っ頓狂な声を出した。
予想の斜め上を行く命令だった。
封印? 人柱?
面倒くささのベクトルが、違う方向へ振り切れた。
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