社畜だった俺が転生したのは魔王軍の冷血参謀!? 部下の残業禁止と有給取得を徹底したら、何故か人間側が壊滅寸前になって魔王様からめちゃくちゃ溺愛されてる
☆ほしい
第1話
俺、佐藤健司は過労死した。
それは、疑いようのない事実だ。
連日の徹夜、鳴り止まない電話、デスクに積み上がったエナジードリンクの空き缶。
最後の記憶は、視界がぐにゃりと歪み、オフィスの冷たい床に倒れ込む、その瞬間だ。
もう二度と、あんな生活はごめんだ。
次に目覚めた時、俺は見知らぬ天井を眺めていた。
そこは、俺の知る安アパートではない。
やけに豪華な天蓋付きのベッドの上だった。
「……どこだ、ここは」
掠れた声が出た。
だが、その声は俺のものとは違う、妙に低く、響きの良い声だった。
ゆっくりと体を起こす。
体中に倦怠感はない。むしろ、力がみなぎっている。
前世では、慢性的な疲労感こそが俺の標準状態だったというのに。
部屋を見回す。
執務室のようだ。壁一面の本棚、黒檀(たぶん)の重厚なデスク、そして窓の外に広がる、禍々しい紫色の空。
デスクの上に置かれた鏡に、自分の姿が映っていた。
「……誰だ、こいつ」
鏡の中には、銀色の髪を長く伸ばし、切れ長の赤い瞳を持つ、やたらと顔の整った男がいた。
肌は病的に白く、まさに「クールな美形」というやつだ。
俺の、前世の冴えない日本人(三十代・メタボ予備軍)とは似ても似つかない。
その瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
痛い。頭が割れそうだ。
俺はこの男、「ヴァイス」という魔族に転生したらしい。
そして、このヴァイスは、人間と敵対する魔王軍の幹部。
第三軍団の「参謀」という役職についている。
「……参謀。また中間管理職かよ」
思わずため息が出た。
前世と変わらない。
いや、変わる。今度は絶対に、あんな働き方はしない。
俺は転生したんだ。今度こそ、健康で文化的な最低限度の生活を送ってやる。
そう決意した時、執務室の扉が激しくノックされた。
「ヴァイス参謀! 失礼します!」
返事をする間もなく、勢いよく扉が開いた。
入ってきたのは、ボロボロの鎧を身につけた魔族の兵士だった。
顔色は土気色で、目の下にはクマがくっきりと刻まれている。
前世の俺の同僚たちとそっくりだ。
「参謀! 本日の『死霊突撃作戦』の決裁をお願いします!」
兵士――確か、副官のボルグとかいう名前だ――が、羊皮紙の束をデスクに叩きつけた。
「……死霊突撃作戦?」
なんだその、ネーミングセンス皆無な作戦は。
俺は仕方なく書類に目を通した。
そこに書かれていた内容は、俺の想像を絶するほど愚かなものだった。
「作戦概要:人間の『ハイランド砦』に対し、アンデッド兵1000体を突撃させる。敵の矢や魔法を消費させ、防御が薄くなったところを本隊が総攻撃する」
「予想損害:アンデッド兵1000体、全滅。本隊兵士、死傷率50%以上」
「は?」
声が漏れた。
「なんだこれは。頭が悪いのか?」
「えっ?」
ボルグが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、ですから、作戦書であります! これが我が第三軍団の伝統的な戦術……」
「伝統的? 馬鹿馬鹿しい。要するに、使い捨ての兵隊で敵の消耗を誘い、残りの兵隊で玉砕覚悟の突撃をすると。そう言いたいのか?」
「は、はい! まさにその通りであります! 兵士の犠牲こそが勝利の礎!」
ボルグが胸を張った。
こいつは本気で言っているらしい。
どうりで。
俺の記憶によれば、このヴァイスが所属する第三軍団は、魔王軍の中でも「墓場」と呼ばれている。
連戦連敗。兵士の消耗率だけが異常に高い、典型的なブラック部隊だ。
前任の参謀は、この作戦を自ら指揮して戦死したとか。
自業自得としか言いようがない。
「……ボルグ」
「はっ!」
「この作戦は、却下だ」
俺は書類の束を掴むと、近くにあったゴミ箱(魔道具らしい)に叩き込んだ。
「ええええええっ!?」
ボルグがこの世の終わりのような叫び声を上げた。
「な、何をなさるのですか! ヴァイス参謀! それが無いと、今日の作戦が……!」
「あんなものは作戦とは呼ばん。ただの自殺だ」
「し、しかし! 魔王ゼノン様からは、一刻も早くハイランド砦を攻略せよとの厳命が……!」
「だから、別の方法を考える」
「べ、別の方法……? あんな作戦以外に、一体何が……?」
ボルグは本気で分からない、という顔をしている。
この軍団、上から下まで思考停止しているらしい。
最悪だ。
「いいか。まず、現状を分析する。敵の兵力、砦の正確な構造、周囲の地形、そして一番重要な『補給路』。これらを徹底的に洗い直せ」
「ぜ、全部ですか……? 今から……?」
「当たり前だ。現状把握もせずに突撃するのは、ギャンブル以下の愚行だ。俺は死にたくない。無駄死には御免だ」
俺は前世で、データ分析もなしに「気合いで新規顧客取ってこい」と叫ぶ上司を散々見てきた。
結果は、言わずもがなだ。
「は、はひぃ……! し、しかし、それをまとめるには、時間が……」
ボルグが明らかに怯えている。
「時間ならあるだろう」
「ですが、本日の業務はもう……。今から徹夜で調査を……」
「何を言っているんだ?」
俺は壁にかかった時計(これまた魔道具だ)を見た。
針は、もうすぐ定時の午後五時を指そうとしていた。
「今日の業務は終わりだ」
「……はい?」
ボルグが、俺の言葉を理解できないといった顔で固まった。
「だから、今日の仕事は終わりだと言ったんだ。全員、定時で帰宅させろ」
「て、て、て、定時!? 帰宅!? い、今、この戦時下にですか!?」
「戦時下だからこそ、だ。疲弊した兵士に、まともな調査も作戦も実行できるわけがないだろう」
俺は前世で、疲労困憊のまま深夜に組んだプログラムが、翌朝とんでもないバグを生んだ苦い記憶を思い出した。
「だ、ですが、兵士たるもの、魔王様のために身を粉にして……」
「非効率だ」
俺はボルグの言葉を遮った。
「身を粉にしても、成果が出なければ意味がない。成果を出すためには、万全の体調と明確な思考が必要だ」
「それは……そうかもしれませんが……」
「今日から第三軍団は、原則として残業を禁止する」
「ざ、残業禁止ぃ!?」
「そうだ。効率よく働けば、時間は余るはずだ。終わらないなら、それは個人の能力の問題ではなく、業務の仕組み(プロセス)が悪い」
「ぷ、ぷろせす……?」
聞き慣れない言葉に、ボルグが首を傾げた。
「いいか。俺たちの目的は、無駄な犠牲を出さずに勝利することだ。兵士の命は、使い捨てのコマじゃない。替えの効かない、重要な『リソース』だ」
俺はコスト管理のつもりで言った。
兵士が一人死ねば、補充や再教育にどれだけのコストがかかると思っているんだ。
だが、ボルグはなぜか目を見開き、わなわなと震え始めた。
「リ、リソース……! 我々兵士の命を、重要と……!」
「あ、ああ。まあ、そうだな。人的資源は大切にしないと」
「なんと……! なんと、お優しいお言葉……!」
違う。そうじゃない。
俺はただ、面倒事を減らしたいだけだ。
部下が死ねば、その弔慰金の手続きやら、人員補充の申請やら、面倒な書類仕事が増える。
それだけは、絶対に避けたい。
「ヴァイス参謀……! このボルグ、この命に代えても、参謀のお考えを全軍に徹底させてみせます!」
「いや、命に代えなくていい。定時で帰って、明日に備えてくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
ボルグは、なぜか涙ぐみながら敬礼すると、勢いよく執務室を飛び出していった。
「残業禁止だー! ヴァイス参謀直々のご命令だぞー!」
遠くでボルグの叫び声が聞こえる。
それに呼応して、「うおおおお!」「本当か!」「夢じゃないのか!」という兵士たちの歓声が地鳴りのように響いてきた。
……どうやら、俺の意図は正しく伝わっていないらしい。
まあ、いい。
結果的に、労働環境が改善されて、俺が楽できるなら、それで。
俺は一人、静かになった執務室で、深く息を吐き出した。
「さて。俺も今日は帰るか」
こうして、俺の魔王軍ホワイト企業化計画が、俺の意図とは全く違う方向で始まった。
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