第二節「仁と義の邂逅」

春日山城へ向かう道中、劉備は馬上で考え込んでいた。


諸葛亮が横に並ぶ。


「主公、上杉謙信殿は義を何より重んじる方です」


「義、か...」


「仁徳と義。似ているようで、異なるものです」


諸葛亮は羽扇を動かした。


「仁徳とは、人を想いやる心。義とは、筋を通すこと。謙信殿は、不義を決して許しませぬ」


「ならば、私の仁徳を試されるということか」


「その通りです」


劉備は前を見据えた。


「ならば、ありのままの私を見ていただくしかありませぬ」


関羽が後ろから声をかけた。


「主公、もし謙信殿が刃を向けてきたら...」


「雲長、それはない」


劉備は首を横に振った。


「義を重んじる方が、礼を尽くして訪れた者に刃を向けるとは思えぬ」


張飛が豪快に笑った。


「兄者は本当に人を信じるな。まあ、それが兄者らしいが」


---


春日山城に到着すると、直江兼続が出迎えた。


「劉備殿、お待ちしておりました。我が主、上杉謙信がお会いになります」


「ありがとうございます」


劉備たちは城内に案内された。そこには、静かに座る一人の武将がいた。


上杉謙信だった。


その佇まいは、まるで研ぎ澄まされた刃のよう。静謐でありながら、圧倒的な存在感があった。


「劉備玄徳、よく参られた」


謙信の声は、低く落ち着いていた。


「上杉殿、お招きいただき、感謝いたします」


劉備が深く頭を下げる。謙信はその姿をじっと見つめた。


「顔を上げられよ。儂は貴殿の目を見たい」


劉備が顔を上げる。二人の視線が交差した。


謙信の目は、鋭く、しかし澄んでいた。


「...ふむ」


謙信は小さく頷いた。


「噂に違わぬ。その目には、偽りがない」


「恐れ入ります」


「劉備殿、儂は貴殿に問いたい」


謙信は刀を撫でた。


「仁徳とは何か」


---


劉備は少し考えた。そして、静かに答えた。


「仁徳とは、人を想う心でございます」


「人を想う、か」


「はい。目の前で苦しむ者がいれば、手を差し伸べる。それが、仁でございます」


謙信は目を細めた。


「では、問おう。もし、その手を差し伸べることで、他の者が苦しむとしたら?」


「...」


「仁徳とは、時に矛盾を孕む。一人を救えば、別の誰かが犠牲になる。それでも、貴殿は仁徳を貫くのか」


劉備は謙信を見つめた。


「上杉殿の仰る通り、仁徳は時に矛盾を孕みます。しかし...」


劉備は深く息を吸った。


「それでも私は、目の前の苦しむ者を見捨てるわけにはまいりませぬ。その結果、私が責を負うのであれば、それは甘んじて受けます」


謙信の目が、わずかに揺れた。


「責を負う、か...」


「はい。仁徳を貫く者は、その結果全てを背負わねばなりません。それが、私の覚悟でございます」


謙信は立ち上がった。


「劉備殿、貴殿は面白い」


「上杉殿...」


「儂の義も、同じだ」


謙信は窓の外を見た。


「義を通すことは、時に孤独を伴う。誰にも理解されず、誰からも責められる。それでも、儂は義を貫く」


劉備は謙信の横顔を見た。そこには、深い孤高さがあった。


「上杉殿、貴方も...」


「ああ、儂も貴殿と同じだ。自らの信じる道を、命を懸けて歩んでいる」


謙信は劉備を振り返った。


「だからこそ、儂は貴殿を認める」


「上杉殿...」


「劉備殿、貴殿の仁徳を、この謙信が支えよう」


その言葉に、直江兼続が驚いた。


「殿、それは...」


「案ずるな、兼続」


謙信は刀を抜いた。そして、劉備の前に差し出した。


「この刀に誓う。儂は劉備殿と共に、この乱世に義と仁を示す」


劉備は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、上杉殿。私も誓います。貴方の義と共に、仁徳を貫くことを」


謙信は静かに立ち上がると、劉備の前に歩み出た。


「貴殿の言葉が偽りでないか、この刃に映して確かめよう」


刀が鞘から抜かれる。一瞬、劉備の頬をかすめる風。だが、刃はすぐに収められた。


「やはり、貴殿の目には迷いがない。ならば信じよう」


謙信は劉備に手を差し出した。


二人の手が、固く握り合わされた。


---


その夜、劉備たちは春日山城に留まった。


諸葛亮は謙信の軍師、直江兼続と酒を酌み交わしていた。


「直江殿、上杉殿は稀代の名将ですな」


「恐れ入ります。しかし、劉備殿こそ、仁により新たな時代を切り開かれる仁君」


二人は互いに笑った。


「直江殿、今後の戦、我らは協力して当たることになります」


「はい。織田、曹操、孫権。いずれも強敵です」


諸葛亮は羽扇を動かした。


「しかし、我らには劉備殿の仁徳、信玄殿の智謀、謙信殿の義がある」


「それだけで、勝てますかな」


「分かりません」


諸葛亮は正直に答えた。


「しかし、やるしかありません。この地の民のために」


直江兼続は頷いた。


「その通りですな。我が主も、民のために戦っておられる」


諸葛亮は盃を置き、静かに言った。


「しかし、直江殿――民のための戦など、本来あってはならぬ。我ら軍師は、理を語りながら、血を流させる矛盾を抱えている」


「...それでも語らねば、誰が民を導くのです」


直江の声には、深い覚悟があった。


二人は盃を傾けた。雪の夜、理想と現実の狭間で、静かに火が灯っていた。


---


一方、関羽と張飛は、謙信の家臣たちと交流していた。


「上杉殿は、強い方だな」


関羽が呟く。謙信の家臣の一人が答えた。


「我が主は、義のためならば命も惜しまぬ方です」


「義、か...」


関羽は青龍偃月刀を撫でた。


「その心、理解できる。儂も、義を重んじる者だ」


張飛が豪快に笑った。


「俺にはそんな難しいことは分からねぇが、兄者のために戦うってのは理解できる」


「翼徳、それも一つの義だ」


関羽が張飛の肩を叩いた。


「兄者への忠義。それこそが、お前の義だ」


張飛は照れくさそうに頭を掻いた。


「まあ、そうかもな」


---


劉備は一人、城の外に出ていた。


雪が静かに降る中、劉備は夜空を見上げた。


「仁徳と義...」


武田信玄の智謀、上杉謙信の義。そして、自分の仁徳。


三つの力が結びついた。だが、それで本当に勝てるのか。


「主公」


諸葛亮が横に立った。


「孔明...」


「主公、不安ですか」


「ああ...武田殿も、上杉殿も、共に戦ってくださる。だが、それで多くの命が失われるとしたら...」


劉備の声が震えた。


「私は、本当に正しいのだろうか」


諸葛亮は劉備の肩に手を置いた。


「主公、貴方は正しい」


「しかし...」


「戦わねば、民はもっと苦しみます。織田の力、曹操の覇道、孫権の野望。それらに民が踏みにじられる前に、我らが立ち上がらねばなりません」


諸葛亮は劉備を見た。


「主公の仁徳は、確かに人を動かしています。信玄殿も、謙信殿も、貴方を信じた。ならば、その想いに応えるのが、貴方の役目です」


劉備は深く息を吐いた。


「ああ...私は進もう。皆の想いを背負って」


雪が二人を包んでいた。


雪の降り積もる春日山。


だが、その静寂の下で、天下を震わせる新たな連盟が芽吹いていた。


明日からは、新たな戦いが始まる。


劉備、武田信玄、上杉謙信。


三人の力が結びついた今、天下の勢力図は大きく動こうとしていた──。

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