第四節 蒼海の覇者

瀬戸内海、厳島。


孫権は、周瑜と共に海図を広げていた。


「公瑾。九州の情勢はどうだ?」


「大友宗麟と島津義久、両者が覇権を争っています」


周瑜が地図を指差す。


「大友は豊後を中心に北九州を、島津は薩摩を中心に南九州を支配しています」


「両者の力は?」


「伯仲しています。ですが、水軍に関しては...」


周瑜が微笑む。


「我々には遠く及びません」


「ならば、チャンスだな」


孫権が立ち上がる。


「九州に進出しよう。海を制すれば、九州も手に入る」


「御意」


周瑜が頷く。


「では、まず大友宗麟殿と交渉を」


---


数日後、豊後、府内。


孫権と周瑜は、大友宗麟の前にいた。


「異国の方が、わざわざ豊後まで...」


宗麟が興味深そうに二人を見る。


キリシタン大名として知られる宗麟は、異国の文化に寛容だった。


「孫権殿、周瑜殿。お二人の水軍の噂は聞いております」


「恐れ入ります」


周瑜が頭を下げる。


「我々は、大友殿と協力したいと考えております」


「協力?」


「はい。我々の水軍技術を提供します。その代わり、九州での活動を認めていただきたい」


宗麟が考え込む。


「...島津との戦いに、協力してくれるのか?」


「ええ。島津の水軍を撃破いたします」


「本当か?」


宗麟の目が輝く。


「島津の水軍は強力だ。我が水軍では、なかなか勝てん」


「お任せください」


周瑜が自信を持って言う。


「我々には、長江を支配した経験があります。島津の水軍など、敵ではありません」


「...よかろう」


宗麟が手を差し出した。


「協力しよう。だが、約束は守ってもらうぞ」


「もちろんです」


孫権がその手を取った。


---


一方、薩摩。


島津義久は、報告を聞いていた。


「大友が...異国の水軍と手を組んだ?」


「はい。孫権、周瑜という者たちだそうです」


「孫権...周瑜...」


義久が腕を組む。


「聞いたことのない名だが...」


「瀬戸内海を支配している水軍だそうです」


「瀬戸内を...」


義久の目が鋭くなる。


「ならば、侮れんな」


「義久様、どうなさいますか?」


「迎え撃つ」


義久が立ち上がった。


「我が島津の水軍を侮る者には、思い知らせてやる」


---


数週間後、九州沖。


島津の水軍八十隻が、出撃していた。


対する孫権軍は、大友から借りた船を含めて五十隻。


「数で負けているな」


孫権が呟く。


「構いません」


周瑜が冷静に答える。


「我々には、技術があります」


程普、黄蓋、甘寧らが、それぞれの船で待機している。


「敵船、視界に入りました!」


見張りが叫ぶ。


島津の船団が、整然とした陣形で接近してくる。


「見事な統率だな」


周瑜が感心する。


「だが、それだけだ」


周瑜が指示を出す。


「全軍、散開!第一陣は右へ、第二陣は左へ!」


孫権軍の船が、まるで生き物のように動く。


島津軍の指揮官が驚く。


「なんだ、あの動き!?」


「速い!」


「陣形を崩された!」


周瑜の策が、冴え渡る。


「第三陣、敵の後方に回り込め!」


「第四陣、敵旗艦を狙え!」


的確な指示。孫権軍の船が、島津軍を翻弄する。


「くそ!」


島津の指揮官が歯噛みする。


「あの動き...まるで波そのものだ!」


程普の船が、敵船に接近する。


「火矢、放て!」


無数の火矢が、敵船に降り注ぐ。


「ぐあっ!」


「火だ!火が!」


島津の船が次々と炎上する。


黄蓋も別の場所で暴れていた。


「押せ押せ!」


老練な黄蓋の指揮で、呉の兵たちが敵船を制圧していく。


そして、甘寧。


「へへっ、久しぶりの大暴れだ!」


甘寧の船が、敵旗艦に突撃する。


「止めろ!」


「無理です!速すぎる!」


甘寧の船が敵旗艦に衝突し、甘寧自身が敵船に飛び移る。


「おらあああっ!」


甘寧の刀が、敵兵を次々と斬り伏せていく。


「化け物か!」


「退け!退けーっ!」


---


戦いは、孫権軍の圧勝だった。


島津の船団は、半数以上を失い、撤退を余儀なくされた。


孫権の旗艦で、周瑜が報告を受けている。


「我が軍の損害は?」


「船三隻、兵五十名ほどです」


「軽微だな」


周瑜が満足そうに頷く。


「孫権様、見事な勝利です」


「お前の指揮のおかげだ、公瑾」


孫権が笑う。


「だが、島津も侮れんな。あの統率力、なかなかのものだった」


「ええ。島津義久という男、優れた武将のようです」


「ならば...」


孫権が海を見つめる。


「次は、島津と直接交渉するか」


「!孫権様?」


「敵を倒すより、味方にする方が得策だ」


孫権が周瑜を見る。


「公瑾、島津への使者を手配してくれ」


「...御意」


周瑜が微笑む。


「さすがは孫権様です」


---


数日後、薩摩。


周瑜は、島津義久の前にいた。


「孫権様からの親書です」


周瑜が書状を差し出す。


義久がそれを読む。


「...大友との戦いを止め、我々と協力しろ、と?」


「はい」


「ふざけるな!」


義久が書状を叩きつける。


「貴様らに負けたからといって、この島津が屈すると思うか!」


「落ち着いてください、義久様」


周瑜が冷静に言う。


「我々は、島津を屈服させたいわけではありません」


「では、何だ?」


「協力したいのです」


周瑜が地図を広げる。


「今、この国は大乱の時代に突入しようとしています」


「...」


「織田信長が天下布武を掲げ、武田信玄と上杉謙信が動き、曹操という異国の策士が関東で暗躍しています」


「曹操...?」


「はい。我々と同じく、異国から来た者です」


義久の目が鋭くなる。


「では、貴様らも...」


「ええ。我々は、元の世界で争っていました」


周瑜が義久を見る。


「ですが、この国では違います。この国で生き残るためには、争っている場合ではありません」


「...」


「島津殿。我々と手を組んでください。九州を、我々の手で守りましょう」


義久は、長い沈黙の後、口を開いた。


「...条件がある」


「聞かせてください」


「大友とは、互いに不可侵とする」


「承知しました」


「そして、九州の統治には、口を出すな」


「それも承知します。我々は海を、島津殿は陸を、それぞれ守る」


「...よかろう」


義久が立ち上がった。


「貴様らと組む」


周瑜が深く頭を下げた。


---


厳島に戻った周瑜は、孫権に報告した。


「見事だ、公瑾」


孫権が満足そうに頷く。


「これで、大友と島津、両方が我々の味方になった」


「はい。九州は、我々の勢力圏に入りました」


周瑜が地図を見つめる。


「ですが、孫権様」


「何だ?」


「曹操殿の動きが気になります」


周瑜の表情が険しくなる。


「曹操殿は、必ず次の手を打ってきます。そして...」


「そして?」


「劉備様も、動き始めているはずです」


孫権が腕を組む。


「三国の争いが、この国でも始まるのか...」


「おそらく」


周瑜が頷く。


「避けられません」


「...ならば」


孫権が立ち上がった。


「我々も、準備を進めよう。いずれ来る大乱に備えて」


---


その頃、近江では。


諸葛亮が、報告を受けていた。


「孫権殿が...九州を手中に?」


「はい。大友、島津の両方と同盟を結んだそうです」


「...さすがは周瑜殿」


諸葛亮が羽扇を揺らす。


「素早い動きです」


「孔明殿、我々も動くべきでは?」


関羽が問う。


「いえ、まだです」


諸葛亮が首を振る。


「今は、足場を固める時です。焦る必要はありません」


「だが...」


「孫権殿は海を取りました。ならば、我々は...」


諸葛亮が地図を指差す。


「陸を取ります」


---


小田原城。


荀彧も、同じ報告を聞いていた。


「孫権が九州を...」


「はい。周瑜という軍師、なかなかの策士のようです」


「...」


荀彧が黙り込む。


曹操が問う。


「文若、どう思う?」


「孫権殿は、海に特化した戦略を取っています」


荀彧が地図を見つめる。


「ならば、我々は陸で勢力を広げるべきです」


「陸...か」


「はい。武田、上杉、北条。この三者を完全に支配下に置けば、関東から中部は我々のものです」


荀彧の目が光る。


「そして、その力で...劉備殿を叩きます」


---


各勢力が、動き始めた。


孫権は海を制し、九州を手に入れた。


曹操は陸で策を巡らせている。


劉備は仁徳で味方を増やしている。


そして、呂布は孤独に彷徨っている。


四つの力が交錯し、やがて大きな衝突へと向かっていく。


戦国の世に、真の大乱が訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る