第五節 魔王と鬼神

尾張、清洲城。


織田信長は、報告を聞いていた。


「美濃に、異国の武者が現れた、と?」


「はっ。赤い馬に乗り、見たこともない武器を操る男が...五十の兵を、たった一人で蹴散らしたとのこと」


家臣の報告に、信長の目が光った。


「面白い。その男、名は?」


「呂布...と名乗ったそうです」


「りょふ...聞いたこともない名だな」


信長が立ち上がった。


「だが、五十の兵を一人で倒すとは。この信長の目で、確かめねばならんな」


「殿!危のうございます!」


家臣が止めようとするが、信長は既に歩き出していた。


「構わん。強い者と戦うのは、嫌いではない」


---


美濃の街道。


呂布は赤兎馬に跨り、進んでいた。


「織田信長...この国の最強、か」


第一節で出会った武者から聞いた名。この時代の頂点に立つ男。


「会ってみる価値はありそうだ」


その時、前方から騎馬武者の一団が現れた。百騎ほどだろうか。


その先頭に立つのは、鋭い目つきの若き武将。黒い鎧に、派手な羽織を纏っている。


「お前が、呂布か」


その声に、圧倒的な自信が滲んでいた。


呂布は赤兎馬を止め、その男を見据えた。


「...お前は?」


「織田信長だ」


瞬間、呂布の目が輝いた。


「織田信長...!なるほど、噂通りの目をしている」


「ほう。貴様も、なかなかの面構えだ」


二人の視線がぶつかり合う。周囲の空気が張り詰める。


信長が馬を降りた。呂布も赤兎馬から降りる。


「聞けば、五十の兵を一人で倒したそうだな」


「ああ。弱かったがな」


「フッ...面白い。ならば、この信長と一手、交えてみるか?」


信長が刀を抜く。その動きに、一切の迷いがない。


呂布は方天戟を構えた。


「望むところだ」


---


一瞬の静寂。


そして――


信長が斬りかかった。その速さ、凄まじい。だが、呂布の戟がそれを受け止める。


「速い!」


信長の目が見開かれる。自分の太刀を、いとも容易く受け止めた。


「だが!」


連撃。信長の刀が次々と繰り出される。その剣技は、洗練されている。


だが、呂布の戟がすべて捌く。


「ほう...」


呂布が笑った。


「お前、なかなかやるな」


「貴様こそ!」


信長が跳び退る。そして、懐から何かを取り出した。


「これでどうだ!」


火縄銃。信長が引き金を引く。


轟音。弾丸が呂布に向かって飛ぶ。


だが――


呂布の戟が、弾丸を弾き飛ばした。


「!?」


信長が驚愕する。弾丸を武器で弾くなど、人間業ではない。


「面白い武器だ。だが、俺には効かん」


呂布が地を蹴った。一瞬で信長との距離を詰める。


信長が刀を構えるが、呂布の戟の一撃が重い。刀が弾き飛ばされそうになる。


「くっ...!」


信長が歯を食いしばる。この力、人間のものではない。


だが、信長は笑っていた。


「ははは!いいぞ!こんな戦い、久しぶりだ!」


「俺もだ!」


呂布も笑う。


二人の武人が、笑いながら戦う。その姿は、まるで戦いを楽しんでいるようだった。


---


数十合の打ち合いの後、両者が同時に跳び退った。


信長の額には汗が浮かんでいる。呂布も、僅かに息が上がっていた。


「...強い。貴様、人間か?」


信長が問う。


「人間だ。ただの、戦いが好きな人間だ」


「ははは!いいぞ、呂布!」


信長が刀を鞘に収めた。


「今日のところは、これまでにしよう」


「...逃げるのか?」


「逃げる?違う」


信長が呂布に近づく。


「貴様を、殺すのは惜しい。この信長の配下に加わらんか?」


その提案に、呂布は鼻で笑った。


「断る。俺は誰の下にもつかん」


「ほう...」


信長の目が細まる。


「ならば、いずれまた戦うことになるな」


「ああ。その時は、決着をつけよう」


呂布が方天戟を肩に担ぐ。


「だが、信長。お前は面白い男だ」


「貴様もな、呂布」


二人が笑い合う。


敵対しながらも、互いを認め合う。それが、武人というものだった。


---


信長が馬に跨り、去っていく。その背中を見ながら、呂布は呟いた。


「織田信長...また会おう」


赤兎馬が嘶く。


美濃の空に、二人の激突の余韻が残っていた。


---


清洲城に戻った信長は、家臣たちに告げた。


「呂布という男、要注意だ。あれは、人間を超えている」


「では、討伐を?」


「いや...」


信長が窓の外を見る。


「まだだ。あの男と戦うのは、もっと後でいい。今は、もっと大きな獲物を狙う」


「大きな獲物?」


「ああ。この国を統一する。そして、呂布と再び戦う。その時こそ、決着をつける」


信長の目に、野心の炎が燃えていた。


---


一方、美濃の森で。


呂布は空を見上げていた。


「董卓...貂蝉...俺は、元の世界に戻れるのか?」


だが、その顔に迷いはなかった。


「まあいい。ここにも、強い奴がいる。それで十分だ」


方天戟を地に突き立て、呂布は笑った。


魔王、織田信長。


鬼神、呂布奉先。


二人の出会いが、戦国の世に新たな嵐を呼ぶ。


そしてこの嵐は、やがて劉備、曹操、孫権をも巻き込み――


日本史上最大の乱世へと、発展していく。

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