第30話


「黒瀬くん、帰ろう?」


「ああ」


放課後。


いつものように俺は七瀬と帰ることにした。


「もうすぐ文化祭だね」


「そうだな」


文化祭がいよいよ間近に迫っている。


だがその前に定期テストがある。


それを乗り越えなければ、文化祭を楽しむことはできない。


「その前に定期テストだね」


「そうだな」


「黒瀬くんは…勉強は大丈夫そう?」


「そうだな…不安な科目はいくつかあるな」


「わ、私……勉強得意な方だから…なんでも聞いて…?」


「そうなのか?」


「うん…!黒瀬くんと付き合う前…友達誰もいなかったから…休みの日とかずっと勉強してて」


「ふぅん。じゃあ、わからないところがあったら教えてもらおうかな」


「う、うん…!なんでも聞いて…!あ、そうだ…よかったら休みの日とかに二人で勉強するのはどうかな…?ファミレスとか図書館とか、勉強できるところで二人でやれば…黒瀬くんに教えられるし…」


「そうだなぁ…あんまり七瀬に迷惑もかけられないしなぁ…」


「め、迷惑なんかじゃないよ!?黒瀬くんの役に立てるなら私……あっ」


七瀬がしまったという表情になった。


「忘れ物しちゃった」


「え…?」


「ごめん、黒瀬くん。教室に体操着忘れちゃったかも…!」


「とってきたほうがいいんじゃないか?」


「わ、わかった…!すぐに戻ってくるから、ここで待ってて…ね?」


「おう」


校舎へと戻っていく七瀬を見送る。


「あいつ…ちゃんと東堂や三島と仲良くなってんのか…?」


七瀬がいなくなった後、俺はそんな呟きを漏らす。


七瀬の依存先を俺から誰かに変更し、偽の恋人関係を終わらせる作戦は現在も進行中だ。


俺はなるべく七瀬が俺以外の人間とも時間を

過ごせるように立ち回ろうと努力している。


相変わらず七瀬と三島、東堂が話している姿はよく見るし、男子人気に関してはここ最近相当上がってきている。


七瀬はメイクが上達し、日に日に可愛くなっているし、そんな七瀬を他クラスからわざわざみにくる男子までいる。


灰原によれば、すでにクラスの男子たちは、七瀬派と白石派に分かれ始めているということだった。


少し前までは全く注目すらされることがなかった七瀬が、まさか白石と双璧をなすまでに人気を高めたのは驚異的な成長と言えるだろう。


もちろん七瀬の元々の素材が良かったというのもあるが、メイクや髪型などを変えて努力をし、垢抜けたのは七瀬自身の努力の成果だ。


客観的にみても、俺と七瀬はカップルとして釣り合っているようには見えないし、早く俺の元から巣立ってほしいものだ。


「…一応あいつも自立してきている、よな…?」


何かとすぐに落ち込んで死のうとしていた最初の頃に比べたら、七瀬もだいぶ自立してきたように思う。


このまま俺から離れていってくれれば、何もかもうまくいくのだが、なかなかそうはならない。


七瀬を自立させる作戦はうまくいっていると信じたいが、時折、取り返しのつかない深みにハマってしまっているような感覚もある。


気のせいだといいのだが…


「黒瀬くん?」


というかそろそろクラスの男子から七瀬に告白するやつが一人ぐらいは出てもいい頃だろう。


やはり七瀬が俺と付き合っていると勘違いして、遠慮しているのだろうか。


だとしたら灰原に頼んで水面下で俺たちが本当な偽の恋人関係であることを広めて…


「ん?」


などと考えていると、背後から名前を呼ばれた。


「今帰り?」


「星川?」


背後を振り返ると、そこに立っていたのは星川だった。


見るものを無条件に魅了するアイドルスマイルが向けられている。


「七瀬さんは?いつも一緒だよね?」


「ああ。七瀬は今教室に忘れ物を撮りにいってるんだ」


「ふぅん。そうなんだ」


「どうかしたのか?」


「ううん。黒瀬くんがいたから声かけただけだよ?」


「…そうか」


「あ、なんで目を逸らすの?」


「…別に」


星川の顔を見ていると、保健室での出来事を思い出してしまう。


唇に重なった柔らかな感触。


思い出すと小っ恥ずかしくなってくる星川との甘いやりとり。


あれは一体どこまで本気だったのだろうか。


あの時は、星川も命を落としかけた直後で精神が昂っていたに違いない。


もしかしたら後日我に帰ってあの時したことを後悔している可能性もある。


というかその可能性の方が高い気がする。


大人気アイドルの星川と、ほとんどモブの俺があんなことをしたなんて、いまだに信じられないからな。


「私のシングル、聞いてくれた?」


「え…?」


「私のシングル。動画サイトに上がったやつ、見てくれたかな?」


「あぁ…えっと、多分」


俺は頷いた。


おそらく今朝灰原に無理やり聞かされた曲のことを言っているのだろう。


「どうだった…?」


「よ、良かったんじゃないか?」


「どこら辺が?」


「え、ど、どこらへん…?そうだな……なんかあんまりアイドル曲っぽくないところが新鮮で良かったぞ」


「そっか。黒瀬くんに気に入ってもらえて嬉しいな」


星川が嬉しそうに笑った。

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