第6話


「なぁ、お前らっていつから付き合い始めたの?」


「え…?」


放課後。


帰り支度をしていると、灰原が突然そんなことを聞いてきた。


「惚けるなよ。七瀬美空のことだよ」


「あぁ」


「あぁってなんだよ。お前ら最近ずっと一緒にいるよな。やっぱり付き合ってんの?」


「うーん、どうなんだろうな」


「なんだよその贄切らない返事。付き合ってないならなんなんだよ。休み時間のたびにイチャイチャしやがって」


「そうだな…うん」


「親友の俺に隠し事なんて水臭いぞ」


灰原が羨ましげに俺を見てくる。


「まぁ…いろいろ事情があるんだよ。そのうち話す」


「いいよなぁ、彼女、七瀬は地味だけど顔は可愛いしなぁ。ああ見えて胸もでかいらしいしな…」


「え、そうなの?」


「ああ。一年の時に同じクラスだったけど、女子の間で噂になってたみたいだな。脱ぐとすごいんだと。更衣室で近くで着替えてた女子が見たことがあるんだってよ。とんでもないものを持ってるらしい。いわゆる着痩せするタイプだな」


「ふぅん」


制服をきっちりと着こなしている七瀬は全然そういうふうに見えない。


そもそも七瀬をそういうふうな目で見ようという発想が俺の中でなかった。


「で、どこまで行ったんだ?」


「あん?」


「手はもちろん繋いだよな?デートはしたか?そのさきは?というか告白はどっちからしたんだよ」


「…告白は、まぁ…俺からだな」


「うお!!まじかよ!!」


灰原は興味津々だ。


七瀬のどこが好きとか、どこで告白したとか、そういうことを根掘り葉掘り聞いてくる。


俺が適当に受け流していると、七瀬が俺のところへやってきた。


「黒瀬君、一緒に帰ろう?」


「ああ、そうだな」


「へへ、じゃーな、蓮。彼女とよろしくやれよ」


「うるせぇよ」


灰原がニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。


「行こうぜ、七瀬」


「うん」


俺は七瀬と並んで教室を出る。


「えへへ」


「どうかしたのか?」


七瀬が何やら嬉しそうだ。


「彼女、だって」


「…」


「やっぱり周りからはそう見えるのかなぁ」


「…」


「黒瀬君はどう思う?」


「ええと…」


下手なことは言えない。


七瀬の自己肯定感が下がると、せっかく離れた死神がまた戻ってくるからな。


「まぁずっと一緒にいるからな」


「えへへ。やっぱりそうだよね。私たち、恋人同士に見えるよね」


七瀬がおずおずと手を伸ばしてくる。


腕を組みたいらしい。


俺が腕を差し出すと、控えめに手を添えてきた。


「えへへ…こういうのも、恋人っぽくて……いいよね」


「そうだな」


俺は生返事をする。


七瀬を騙しながら恋人のふりを続けるのは非常に不本意だが、しばらくはこの状態を続けるしかあるまい。


七瀬が自殺を思いとどまっているのは“俺に必要とされている”と思い込んでいるからだ。


自己肯定感が極端に低い七瀬は、常に誰かに必要とされていないと自分に価値を感じることができない。


現状は俺がその役を務めることにしているが、ゆくゆくはこの役目を誰かに引き継いでもらおうと思っている。


例えば、七瀬に女の友達ができるとか。


親しい友人ができて、その友人から“必要とされる”状態になれば、七瀬も自然と俺から離れていくだろう。


あるいは七瀬のことを好きな奴が現れてくれるというのでもいい。


そいつと七瀬をうまくくっつけることができれば、ようやく俺は今の状態から解放される。


その時までは、七瀬と恋人のふりを続けるしかないだろう。


「ねぇ、黒瀬君。今日この後何か用事ある?」


「え…?」


「よ、よかったら……黒瀬君とどこかに行きたいなって…」


「どこか?」


「ど、どこでもいいの…何か食べたり、カラオケしたり、お買い物したり……それが嫌なら公園とかでも…」


「…」


「ほ、放課後デート……してみたくて……だめ、かな?」


期待するような上目遣いをしてくる七瀬。


この後予定はないが、面倒だな。


なんとか断る口実を探していると、ふとあるものが目に入った。


「きゃああっ、星川先輩!?」


「星川先輩めっちゃ可愛い!」


「写真撮ってください!!!」


一人の女子生徒の周りに、後輩と思われる女子たちが群がっている。


「いいよいいよー、みんなで撮ろっか」


「やったぁ!!」


「星川先輩本当に天使!!」


「アイドル活動応援してます!!頑張ってください!!」


「うん、頑張るね!!」


黄色い歓声を上げる後輩女子たちに笑顔で対応しながら写真を撮っているのは、この学校の有名人、星川莉乃。


アイドル活動を行っており、グループのチャンネル登録者は40万人を超える。


彼女個人のSNSフォロワーも十万人を超えており、最近恋愛ドラマのヒロインに抜擢されたり、恋愛リアリティーショーに出演したりと、売り出し中の高校生アイドルだ。


「く、黒瀬君…?」


名前を呼ばれて我に帰る。


七瀬が不安げな瞳で俺をみていた。


「だ、誰をみてたの…?もしかして星川さん…?」


「ああいや…違うんだ…その…」


「隠さなくていいよ…か、可愛いよね、星川さん…ついみちゃうよね…」


「…すまん」


「ううん…攻めてるわけじゃないよ……だって、当然だよね……男の人は…星川さんみたいな女の子が好きだよね…私なんて…」


七瀬が肩を落として俯く。


どうやら俺が星川に見惚れていたと勘違いしたらしい。


「私なんて…星川さんに比べたら…」


「そんなこと言うなよ」


俺は七瀬の手を取った。


「黒瀬君?」


「七瀬は可愛い。俺に取っての1番だ。俺には星川よりも七瀬の方が可愛く見える!!」


思い切ってそんなことを言った。


「え?」


星川にも聞こえてしまったのか、戸惑いの声が聞こえてくる。


「く、黒瀬君…!?」


「自分を卑下するなよ七瀬!七瀬は自分で思ってるよりもめちゃくちゃ可愛いぞ!!」


「…!」


ひゅーひゅーと周りの生徒からチャチャが入る。


めちゃくちゃ恥ずかしいが、ここまで言ったら引き下がれない。


「不安にさせてごめんな、七瀬」


そして俺は七瀬を抱きしめた。


「ありがとう、黒瀬君」


七瀬も俺に抱きついてくる。


「黒瀬君好き」


熱いねぇ。


見せつけてくれるねぇ。


周りの生徒がそんなふうに茶化してくる中、俺たちはしばらくお互いに抱きしめあっていた。


「そ、そろそろ、いいか、七瀬」


「…うん」


俺が七瀬の背中をポンポンと叩く。


七瀬が名残惜しそうに俺から離れていく。


「ちょ、ちょっと用事を思い出した。また明日な!」


「あ、え…黒瀬君…?」


俺は七瀬をその場に残して走り出した。


視線の先にはちょうど校門を潜ろうとしている星川莉乃が見えた。


そして彼女にピッタリくっついて離れない、死神の後ろ姿も。

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