第1章 第7話 ギルドの噂と再会
夕刻のギルドは、酒と喧騒の渦だった。
冒険者たちが笑いながら報酬袋を振り、受付嬢たちが忙しく書類を捌いている。
その雑然とした活気の中で、俺とミルは受付カウンターに並んでいた。
「はい、薬草の確認できました。……あれ? これ魔樹の樹液も混ざってますね」
「ついでに倒した」
「ついでで魔樹倒します? 普通」
受付嬢の苦笑に、ミルが胸を張ってドヤ顔をする。
「まあ、あたしがいなきゃ死んでたけどね」
「言い方よ」
そんな他愛ないやり取りをしていたとき――
背後から、ひそひそとした声が耳に入った。
「おい、《銀翼の剣》が戻ったってよ」
「帝都遠征に出てたSランク昇格組だろ? 本物の英雄じゃねーか」
俺の手が、報酬袋の口を縛る途中で止まった。
(……あいつらが、帰ってきたのか)
ミルがちらりと俺を見上げる。
「知り合い?」
「……ああ。昔の、仲間だ」
「ふうん。顔、ちょい怖い」
「関わる気はない。今はな」
言ってから、自分の声が思ったより硬いことに気づいた。
◆
ギルドを出ても、胸の奥のざらつきは取れなかった。
肩に乗ったミルが、そっと耳元で囁く。
「未練?」
「違う。あの頃の俺が、情けなかっただけだ」
「でも今は違うでしょ」
「……どうだかな」
街灯に照らされた路地を歩きながら、俺は小さく笑う。
ミルには、いつも見透かされてしまう。
◆
翌日の昼下がり。
市場の喧噪を抜けながら、俺は薬草の袋を抱えて歩いていた。
「街って人多すぎ。あたし森派だって言ったじゃない」
「油断してるとスリに遭うぞ。ほら、財布を――」
「レオン?」
その一言で、鼓動が跳ねた。
振り向くと――アリシアが立っていた。
光に揺れる金の髪。
蒼い瞳は、驚きと…少しの安堵。
「無事だったんだ……よかった」
「……俺が死ぬと思ってたのか?」
「違う。ただ……あの時、何もできなくて。止められなかった」
謝る必要なんてないのに、そんな顔をするな。
「気にするな。俺が弱かった。それだけだ」
「そんな――」
「今はもう、昔の俺じゃない」
そう言いかけた瞬間――
「へぇ、生きてたのかよ。無能が」
ダリオ。
あの時、俺を嘲笑った一人だ。
ミルが即座に噛みついた。
「誰が無能ですって?」
「口の利き方、教育してあげよっか?」
「喋る精霊とはな。飼い主がダメだと、使い魔も口だけか?」
その瞬間、周囲の風が震えた。
(まずい、ミルが切れる)
「ミル、やめろ」
俺は静かに言った。
怒りなんかじゃない。
あいつらにぶつける感情なんて、もう俺には残ってない。
「お前と争う気はない。……過去は終わった」
「逃げるのか?」
「違う。俺は――前に進むだけだ」
その言葉に、アリシアが息を呑む。
ダリオは舌打ちし、踵を返して消えていった。
「レオン……」
「もう振り返らないさ。俺には守るものがある」
ミルを肩に乗せ、歩き出す。
夜風が背中を押した。
その後ろで、アリシアの小さな声が聞こえた。
「精霊使い……いつの間に……?」
振り返らない。
もう後ろには、何もない。
◆
その夜、ギルドに新たな噂が立った。
――精霊を従える少年
――《銀翼の剣》の元メンバー、レオン
誰もまだ知らない。
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