第1章 第7話  ギルドの噂と再会

 夕刻のギルドは、酒と喧騒の渦だった。

 冒険者たちが笑いながら報酬袋を振り、受付嬢たちが忙しく書類を捌いている。


 その雑然とした活気の中で、俺とミルは受付カウンターに並んでいた。


「はい、薬草の確認できました。……あれ? これ魔樹の樹液も混ざってますね」


「ついでに倒した」


「ついでで魔樹倒します? 普通」


 受付嬢の苦笑に、ミルが胸を張ってドヤ顔をする。


「まあ、あたしがいなきゃ死んでたけどね」


「言い方よ」


 そんな他愛ないやり取りをしていたとき――

 背後から、ひそひそとした声が耳に入った。


「おい、《銀翼の剣》が戻ったってよ」

「帝都遠征に出てたSランク昇格組だろ? 本物の英雄じゃねーか」


 俺の手が、報酬袋の口を縛る途中で止まった。


(……あいつらが、帰ってきたのか)


 ミルがちらりと俺を見上げる。


「知り合い?」


「……ああ。昔の、仲間だ」


「ふうん。顔、ちょい怖い」


「関わる気はない。今はな」


 言ってから、自分の声が思ったより硬いことに気づいた。



 ギルドを出ても、胸の奥のざらつきは取れなかった。

 肩に乗ったミルが、そっと耳元で囁く。


「未練?」


「違う。あの頃の俺が、情けなかっただけだ」


「でも今は違うでしょ」


「……どうだかな」


 街灯に照らされた路地を歩きながら、俺は小さく笑う。

 ミルには、いつも見透かされてしまう。



 翌日の昼下がり。

 市場の喧噪を抜けながら、俺は薬草の袋を抱えて歩いていた。


「街って人多すぎ。あたし森派だって言ったじゃない」


「油断してるとスリに遭うぞ。ほら、財布を――」


「レオン?」


 その一言で、鼓動が跳ねた。

 振り向くと――アリシアが立っていた。


 光に揺れる金の髪。

 蒼い瞳は、驚きと…少しの安堵。


「無事だったんだ……よかった」


「……俺が死ぬと思ってたのか?」


「違う。ただ……あの時、何もできなくて。止められなかった」


 謝る必要なんてないのに、そんな顔をするな。


「気にするな。俺が弱かった。それだけだ」


「そんな――」


「今はもう、昔の俺じゃない」


 そう言いかけた瞬間――


「へぇ、生きてたのかよ。無能が」


 ダリオ。

 あの時、俺を嘲笑った一人だ。


 ミルが即座に噛みついた。


「誰が無能ですって?」

「口の利き方、教育してあげよっか?」


「喋る精霊とはな。飼い主がダメだと、使い魔も口だけか?」


 その瞬間、周囲の風が震えた。


(まずい、ミルが切れる)


「ミル、やめろ」


 俺は静かに言った。

 怒りなんかじゃない。

 あいつらにぶつける感情なんて、もう俺には残ってない。


「お前と争う気はない。……過去は終わった」


「逃げるのか?」


「違う。俺は――前に進むだけだ」


 その言葉に、アリシアが息を呑む。

 ダリオは舌打ちし、踵を返して消えていった。


「レオン……」


「もう振り返らないさ。俺には守るものがある」


 ミルを肩に乗せ、歩き出す。

 夜風が背中を押した。


 その後ろで、アリシアの小さな声が聞こえた。


「精霊使い……いつの間に……?」


 振り返らない。

 もう後ろには、何もない。



 その夜、ギルドに新たな噂が立った。


――精霊を従える少年

――《銀翼の剣》の元メンバー、レオン


 誰もまだ知らない。

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