第1章 第5話 冒険者ギルドへの再挑戦

 森を抜けた先に、灰色の石造りの街並みが見えた。

 風がそっと頬をなで、俺は足を止めた。


「……帰ってきたな」


 追放されたあの日以来の街。

 胸の奥にへばりついた苦い記憶が疼く。


 でも隣――いや、肩の上には、小さな精霊ミルがいる。


「うわ、ホコリくさい。人間の匂いだわ」

「お前なぁ……懐かしいとか、ないのか?」

「ない。あたしは森派よ。空気が濃い方が落ち着く」


 思わず吹き出してしまった。

 街に戻る不安も、少し薄れる。


 俺は、街門をくぐった。

 人の声、商人の駆け引き、馬車の音――

 これが世界の息吹だ。


 再び歩き出す理由。

 冒険者ギルドへの再挑戦。



 冒険者ギルド《翠の盾》。

 中は昼間から賑やかで、酒の匂いと人の熱気が満ちている。

 冒険者たちが依頼書の前で喧騒を上げ、笑い、騒ぎ合っている。


「初めての登録ですか? お名前と職業をどうぞ」


 受付嬢――エルナ。柔らかい声。

 俺は深呼吸して、答えた。


「レオン=アークライト。……職業は精霊使いです」


 その瞬間、彼女が一瞬目を瞬かせた。


「精霊使い……? 珍しいですね」


 ――背後から、クスクスと嘲笑。


「精霊使いだってよ」

「ガキの空想職じゃねぇか」

「掃除屋か? 無能職がよ」


 胸が、小さく刺されたみたいに痛む。


 ミルが肩から飛び上がりそうな勢いで睨んだ。


「ねえ吹き飛ばす? あの口悪いの」

「やめろ、登録前に問題起こしたくない」

「でもムカつく!」


 風が巻き上がり、書類が舞い上がる。

 紙吹雪みたいに依頼書がひらひら。


「ふふっ。元気があるのはいいことですけど、中では風は控えてくださいね」

「す、すみません!」


 ミルはそっぽを向きながら宙をぷかぷか漂う。


「……練習よ。風の呼吸の」

「どんな言い訳だよ」


 エルナが手続きを終え、カードを差し出す。


「登録完了です。レオン=アークライトさん――Cランクとなります」

「ありがとうございます」


 その直後。


「はっ、無能が帰ってきたってよ」

「ギルドも落ちたな」


 ……まただ。

 追放の時のあの声が、脳裏によみがえる。


 けれど――


「……怒ってる?」

「いや。証明すればいいだけだ」


 俺の言葉を聞いて、ミルが小さく笑う。


「ふん。いい顔するじゃない」



 依頼掲示板には色んな依頼が並んでいる。

 魔獣討伐、護衛、遺跡探索――危険度は高いものが多い。


「うーん……どれも難しそうだな」


 その時、一枚の地味な依頼が目に入った。


《薬草採取:森の南端/報酬1000リル/難易度E》


「これならいけそうだ」


「薬草? 地味すぎるでしょ。モンスター退治がいい!」

「初仕事だし、堅実が一番だ」

「堅実とか似合わないんだけど」


 軽口を交わしながら、依頼書を受付へ。


「簡単な依頼ですよ。お気を付けて」

「はい!」


 ただ、その裏で職員同士の声。


「(最近あの森、魔樹が出るって噂……)」

「(まあEランクだし、大丈夫でしょ)」


 俺の耳には届かない。



 夕暮れの街を歩きながら、ミルがため息。


「アンタの初依頼、地味すぎ」

「いいんだよ。最初は慎重に」

「ふーん、つまんな」


「お前な……」


 肩の上の精霊と、くだらない言い合い。

 それでも胸のざわつきはなく、背筋は――前を向いていた。


 宿で地図を広げる。


「森の南端。明日は朝一で行くぞ」

「寝坊したら置いてく」

「寝るのはお前なのに」


 ミルがあくびしながら俺の肩で丸くなる。


 静かな夜。

 だが、風はざわりと警告を送っていた。


 ――明日。

 俺たちの初仕事は、薬草採取事件と呼ばれることになる。

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