第18話「脱ぎなさい」

「――なるほどね、それなら確かに英斗君が乗り込んできたのもわかるわ。あなたなら、勝算もある上での行動でしょうし」


 真莉愛さんの口調からは間延びしたものはなくなり、淡々と喋り始める。

 その声色は、今までで聞いたことがないほどに低く、冷たかった。

 正直、俺ですら同じ場所に居たくないと思うほどだ。


 そんな彼女は、湯船に近付いていく。


「お母様――っ!」


 何をしようとしているのか、察した翠玉えめらが真莉愛さんを止めようとする。

 しかし、真莉愛さんは翠玉を一瞥いちべつするだけで、黙らせてしまった。


 その瞳は、到底娘に向けるものとは思えないほどに、冷気を帯びている。


「70℃ってところね」


 熱湯に腕を突っ込んだ真莉愛さんは、汗一つかかない涼しい顔で、正確に温度を当ててしまう。

 顔色はともかく、汗すらかかないなんて、俺には無理だ。


「仁美」

「よろしいのですか……?」

「えぇ、お仕置きは必要だもの。私の大切なものに手を出したら、どうなるかわからせてあげないと」


 白雪さんのお母さんが戸惑いながら尋ねると、真莉愛さんはニコッと笑みを浮かべた。


 だけど当然、目は笑っていない。

 あれは、本気の目だ……。


「お、お母様、お待ちください……! 私たち、何も知らなくて……!」


 自分がこれからどんな目に遭わされるか、悟ったのだろう。

 翠玉は懸命に言い訳しようとする。


「私ね、あなたたちに軽く失望をしているの」


 そんな中、再び真莉愛さんは俺の元に戻ってきて、冷たい目で実の娘たちを見下ろす。


「確かに、何も知らなかったでしょうね。それに、英斗君には学校のテストや体力測定などで、手を抜くように命令しているの。本気でやってしまったら、面倒な事態になるし、記録も大きく塗り替えてしまうからね」


 そう言いながら、ソッと俺の頬を撫でてくる真莉愛さん。

 今の殺気を全開に出した状態でされると、俺は悪魔に撫でられているような感覚になり、生きた心地がしなくなるんですが……。


「だけどね、あなたたちは一年生の時同じクラスだったんだから、彼の異質さには気付けたはずよ? コミュ力が欠如した自分たちと絶妙な距離感を保ち、こちらを不快にさせず、かといって目立つような長所があるわけでもない。そして何より、彼の仕草や足取りを見ていれば隙が一切ないんだから、武の心得があることなんて人目でわかるはずよ。どうして、調べようとしなかったのかしら?」


 どうやら、俺と翠玉たちが一年生の時に同じクラスだったのは、偶然ではなかったらしい。

 雛までも同じクラスにしてしまうと、さすがに俺が違和感を抱き気が付く可能性があるので避けた、という感じか。


「この子は天上院財閥の人間なんだから、調べればすぐどういった子なのか、わかったのにね。あえて私は、あなたたちが調べようとした時に限り、英斗君の情報規制は解くようにしていたというのに」


 話を聞く限り、翠玉たちが俺と真莉愛さんの関係に気付けるどうか、というのが一つの試験になっていたようだ。

 しかし、めんどくさがり屋の風麗はもちろんのこと、他人を見下すことしかしない翠玉は、それを怠ってしまった。


 今回のような揉め事がなければまだ猶予はあったのかもしれないが、一年目で気付けなかった以上、おそらく彼女たちは気が付かなかっただろう。


 まぁ……俺と翠玉が実は真莉愛さんという共通の繋がりがあった、ということを気付かない前提で組まれている計画があるようだから、そこまで大きな試験というほどではないのだとは思うが。

 だからこそ、軽い失望程度で済まされているんだろうし。


「一つ、言っておくわ。相手が何者かもわからない、表面しか見ていない状況で仕掛けるなど、三流がすることよ。仕掛ける際は徹底的に相手を調べ上げ、隙一つ見せない。それが、強者であり続ける絶対条件。それを怠るから、こうしてあなたたちは追い詰められている――というのが現状ね」


 真莉愛さんはそこまで言い切ると、満足――するはずもなく、耳を疑うような言葉を続けた。


「ということで、あなたたちにはお仕置きよ。今すぐ身に着けているものをすべて、脱ぎなさい」


====================

【あとがき】


読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


感想呼んでいると、気が付いていない人がちょくちょくいるみたいで、

もしかしたら前に書いてたあとがき間違って消しちゃったのかもしれないですね。


風麗に関して、是非序盤からの彼女の行動に注目して読み返してみてくださいb

敵と思われがちなあの子ですが、実はずっと英斗たちサイドなので(笑)


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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