💬感情成仏ショートショート集 恋愛編

万華実夕

喪が明けるまで

わたしの隣をめぐって、順番待ちをしていたような男がいる。


恋の終わりって、思ったよりも静かだ。

喧嘩も泣き叫びもなく、ただ、冷めたミルクティーの表面に薄い膜が張るみたいに、

気づいたら終わっていた。


半年くらい、喪に服してもいい。

恋を思い出にするには、そのくらい時間が必要だと思った。


そんなときに、彼が言った。

「ずっと、好きだった」


長い付き合いの友達。

誰に紹介しても好かれるような、“いい奴”。

元彼から見ても害にならない、穏やかで水みたいな人。


告白されて、驚きよりも「やっぱりな」が先に来た。

わたしも、彼の目の奥にあるものには気づいてた。

だけど、見ないふりをしていた。


「……ありがとう。でも、今は何も考えられない」


そう答えると、彼は笑った。

「知ってる。だから、今は“教える期間”にしよう」


「教える期間?」


「うん。君のことを、君自身が知るための期間」


変なことを言うなと思いながらも、

それからの半年、彼は本当に“教えるように”隣にいた。


わたしが仕事で落ち込んだ日には、

「君、悩むと右の眉が少し上がるんだよ」って笑い、

スーパーでカートを押してるときには、

「君、野菜は色で選ぶよね」なんて観察日記みたいに言った。


最初は、軽く聞き流していたけれど、

ある日ふと気づいた。

――この人は、わたしを「誰かの彼女」としてではなく、

「わたし」として見てくれていたんだ、って。


ある晩、夜風があたたかくて、二人で歩いていた。

街路樹の間を抜けながら、わたしは言った。


「ねえ。あんた、わたしのどこが好きだったの?」


彼は少し考えてから答えた。

「“わからない”って言えるところ」


「わからない?」


「自分のことを完璧に説明できる人なんて、面白くないよ。

君はいつも、“今の自分”に誠実だ。

わからないことを怖がるけど、それでも立ち止まらない。

だから、好きなんだ」


その言葉を聞いた瞬間、胸の中の“喪”が少しだけ溶けた気がした。

わたしは、もう自分のことを“元彼のとなりにいた女”じゃなく、

ちゃんと自分として見てもらえた気がした。


半年が過ぎた。

彼は言った。

「喪は明けそう?」


わたしは笑って、言った。

「んー……、まだ教えてもらってる途中だから」


彼は静かにうなずいた。

「いいよ。教え続ける」


月の光が歩道に落ちていた。

それがまるで、まだ形を持たない恋の影みたいで、

わたしはそっと、自分の心の隣に置いた。


---


💬テーマ:再発見/他者のまなざし/喪の中の優しさ/“教えられる”愛

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