第4話
昼食を終えて兄が立ち上がると、ほかの面々も一斉に立ち上がった。
コートニーも席を立って、ベネディクトの後になって通路へ出た。出口へ向かって通路を歩いていると、ふと窓辺の席に座っている青年に目がいった。
窓から差し込む日を浴びて、淡い金色の巻き毛が明るく見えた。ジョゼフが窓際で一人、食事をしていた。
ジョゼフは丁度、ピーカンタルトを口に運ぶところだった。
隣の席にいたなら、コートニーはきっと言っただろう。そのピーカンタルト、とっても美味しいわよ、と。
席が近いというだけで、隣や前の席の生徒たちと親しくなるのはよくあることだ。
コートニーも、席替えでジョゼフの後ろの席になるまでは、彼とはそれほど会話を交わす仲ではなかった。
ただ、どこか自分と似ている彼の生い立ちに、勝手に親近感を抱いていた。よくよく考えてみれば、似ているどころかどちらかといえば逆の立場である。
コートニーは後妻の子として受け入れられて、大切にされている。婚約は公爵家嫡男と結ばれており、ゆくゆくは公爵夫人となる。
対してジョゼフは、長子でありながら後継にはなれず、彼には今も婚約者がいない。
弟はすでに婚約者もおり、生徒会で活動するほど活発な学園生活を送っている。
巻き癖のある髪も、中途半端な緩い巻き毛に焦げ茶色であるコートニーと、淡く
生い立ちも姿形も異なっているのに、コートニーはどうしてか、ジョゼフに似た者同士のような親しみを抱いている。
「このところ忙しくて、すまない」
窓辺を見つめていたコートニーに、ベネディクトが言った。
「先週の茶会も、急にキャンセルしてしまっただろう?」
「あ、いえ、お気になさらないでください。ベネディクト様がお忙しいのは存じておりますから」
先週の休日は、ベネディクトとの茶会の日であった。婚約してから月に二度、婚約者の茶会がある。茶会は互いの邸を代るがわる行き来して、先回は公爵邸に招かれる予定だった。
だが前の日に、急な予定が入ったからと断られていた。
生徒会の関係で、何やら用事ができたらしい。どんな用事であるかまでは聞かされてはいなかった。
「そこはヘソを曲げてほしいかな」
「え?」
「いや、急だったからさ。ちょっとは怒ってくれても構わなかった」
「ふふ、私がベネディクト様を怒るなんて」
ベネディクトは紳士である。コートニーに限らず婦人には特に優しく、誰に対しても礼節をもって接する。高位貴族の嫡男だからと、無闇に人を見下すような素振りをしない。
そう思ったところで、ふと今朝のことを思い出した。追い越し際のジョゼフとの接触に、彼が気づかないはずはない。今だって、こんなにゆったりして見えて、彼は全方位に気を配っている。
「君だけは、私のことを怒ってくれていいんだよ。できれば、もっと我が儘を言ってほしいかな」
我が儘、と言われてコートニーは困った。コートニーは、我が儘の仕方がよくわからない。十歳という、はっきりと自我の芽生えた年齢で、後妻として迎えられた母の付随物のように引き取られた。
我が儘なんてそんなこと、使用人にも言えずにいる。
「君になら、困らせられてもいいな。その、振り回されたりして」
「振り回す?」
「君を追いかけてみたいんだ」
背の高いベネディクトが、少し腰を落としてコートニーの耳元で囁いた。吐息が頬にかかったようで、コートニーは一瞬で頬が紅くなってしまった。
きっとベネディクトは、こんなふうにコートニーを
その時、急に右手を握られた。ベネディクトが手を繋いできた。
「ベ、ベネディクト様、ここは、」
「学園だって構わないだろう。婚約者ならみんなしていることだ」
ベネディクトはこの頃、こんな接触をすることが増えていた。コートニーを婚約者として大切にしてくれている。
「小さい手だな」
「え?」
「小さくて柔らかくて」
「⋯⋯ベネディクト様の手が大きいんです」
「ええ?そうかなあ」
ベネディクトが繋いだ手に力を込めて、きゅっと握られた。コートニーは、それにはなすがままになっていた。
教室の入り口で、ベネディクトと別れた。
彼の教室はここより更に奥のほうにある。
ベネディクトの横に、今度はハリエットが並んで歩いてゆく。
ハリエットは、嫡男である兄の婚約者である。将来兄の助けになるようにと、彼女もまた「領地経営科」で学んでいる。
同じ嫡男に嫁ぐのに、「一般科」で学ぶコートニーとは心構えが大違いである。
コートニーが間違えているわけではない。
夫人としての教育は公爵夫人から習っているし、夫人は夫の執務に関わるよりも、家政を引き受け家内を取り仕切る。そもそも役割が違うのである。
格上の侯爵家から嫁いでくるのに、ハリエットは兄を尊重しているし愛情を持っている。
兄との婚約も、ハリエットから求められてのことだと聞いている。
ハリエットの金色の髪が揺れている。
コートニーが嫁いで家を出て、ハリエットが迎え入れられる時には、伯爵家は黄色一色になって焦げ茶の異物はなくなるのだろう。
誰にもなにも言われたわけではないのに、コートニーには遠慮がある。
それがきっと、我が儘を言えないことの原因の一つなのだろう。
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