第36話 陰キャ、俺の青春物語は続く ー多分ー

 この物語には終わりはあるのだろうか。

 

 憂鬱じゃなくなった朝を迎えて、目を覚ます。

 

 俺はそのまま学校の制服に着替えて、家を出る。

 

 もうあの地獄のようなテスト期間は終わった。だから、あの拷問はもうない。けど、どこか物寂しさがある。

 

 そんなことを考えながら学校の門を通る。門を通れば、門の近くに掲示板があった。ふと視線を向ければ、先週のテストの結果と順位が貼られていた。

 

 2年生、1位瀬良先輩、2位不知火先輩……相変わらず最強な二人だな。

 

 そんなことを考えていた時、俺のところに浅葱が現れる。

 

 いつもの元気いっぱいで純粋そうな彼女……ただ、少しだけ俺の中に動揺が生まれていた。


「おはよ! 高一くん! 昨日はありがとうね!」


「あ、ああ。……浅葱」


「なに?」


「お前、順位は何位だったんだ?」


 なんでもない会話をするために適当に言った。すると、浅葱は顎に指を当てる。


「確か、16位? だったかな? 高一くんは?」


「俺……俺、見てないんだよ」


「な、なんで!? 今までめちゃくちゃ頑張ってたのに!」


「ま、まぁそうだけどよ。なんか見る勇気がなくて」


 俺が自信なさげに言うと、校舎の方が騒がしくなっていた。ふと視線を向けると、そこには瀬良先輩と不知火先輩がいた。相変わらずの最強の布陣。


「貴方にしては弱気じゃない、高一くん」


「そーだよ! あんなに拷問――勉強したんだからさ!」


 不知火先輩が明るく言う。

 

 瀬良先輩は少し呆れたような顔をしている。


「まったく……せっかく私たちが教えたのに、見ないなんてもったいないわ」


「で、でも……」


「でも、じゃないわ。ほら、一緒に見に行くわよ」


 瀬良先輩が俺の腕を掴んだ。


「え、ちょ、待って――」


「待たない」


 そのまま俺は掲示板の前まで連行された。


 三人に囲まれて、俺は掲示板を見上げる。

 

 1年生の順位表。

 

 上から順番に目で追っていく。


「……っ」


 そして――俺の名前を見つけた。


「43位……」


「すごいじゃん! 高一くん!」


 浅葱が嬉しそうに言う。


「学年で43位って、めちゃくちゃ凄いよ!」


「そうね。確か高一くん、前回のテストは200位くらいだったわよね」


 瀬良先輩がニヤリと笑う。


「157位も上がってるじゃない」


「157位……」


 俺は呆然と掲示板を見つめた。

 

 信じられない。本当に、信じられない。


「高一くん、頑張ったね」


 不知火先輩が優しく微笑む。


「私たち、嬉しいよ」


「……あ、ありがとうございます」


 俺は素直にそう言った。

 

 胸が、熱い。


「じゃあ、約束通りね」


「約束……?」


「平均点以上取ったら、何も言うこと聞かなくていいって言ったでしょう?」


 瀬良先輩がそう言った。


「あ……そういえば」


「だから、今回は許してあげる」


 瀬良先輩は優しく微笑んだ。

 

 その笑顔が、いつもと違って見える。


「でも――」


「でも?」


「次のテストも、一緒に勉強しましょうね」


 その言葉に、俺は少し驚いた。


「え、次も……?」


「当たり前でしょう? あなた一人じゃまた順位落ちるわよ」


「そ、それは……」


「私も手伝うよ!」


 不知火先輩が元気よく言う。


「私も私も!」


 浅葱も続く。


「……ありがとうございます」


 俺は三人に頭を下げた。

 

 本当に、感謝している。


 ※ ※ ※


 昼休み。

 

 俺はいつもの空き教室にいた。

 

 今日は一人だ。

 

 弁当を開けて、食べ始める。


「……43位、か」


 まだ信じられない。

 

 俺みたいな陰キャが、学年で43位。


「頑張ったな、俺」


 自分を褒めてやりたい気分だった。


 その時、扉が開いた。


「高一くん、いる?」


 瀬良先輩の声だった。


「あ、はい……」


「一人?」


「はい」


「じゃあ、隣座ってもいい?」


「ど、どうぞ」


 瀬良先輩が隣に座った。

 

 距離が近い。


「今日は一人で食べたかったの?」


「まぁ……たまには一人もいいかなって」


「そっか」


 瀬良先輩は優しく微笑んだ。


「でも、来ちゃった」


「……構いませんよ」


「ふふ、ありがとう」


 二人で並んで弁当を食べる。

 

 静かな時間が流れる。


「ねぇ、高一くん」


「はい?」


「テスト、本当にお疲れ様」


「あ、ありがとうございます」


「正直、あなたがここまで頑張るとは思ってなかったわ」


「……そうですか」


「ええ。でも、嬉しかった」


 瀬良先輩はそう言って、俺を見た。


「あなたが頑張ってる姿を見て、私も頑張らなきゃって思えたから」


「え……?」


「私ね、いつも一人で勉強してたの」


 瀬良先輩は少し寂しそうに笑った。


「誰かと一緒に勉強するなんて、初めてだった」


「……そうなんですか」


「うん。だから、とても楽しかった」


 その言葉に、俺は胸が熱くなった。


「俺も……楽しかったです」


「本当?」


「はい。最初は地獄だと思ってましたけど……でも、悪くなかったです」


「ふふ、良かった」


 瀬良先輩は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、次のテストも頑張ろうね」


「はい」


 俺は頷いた。

 

 次も――この人たちと一緒なら、頑張れる気がする。


 ※ ※ ※


 放課後。

 

 文芸部の部室。

 

 俺は久しぶりに小説を書いていた。


「久しぶりね、執筆してる高一くん」


 瀬良先輩が微笑む。


「はい……テスト期間中は全然書けなかったので」


「そうね。じゃあ、今日は好きなだけ書きなさい」


「ありがとうございます」


 俺はキーボードを叩き始めた。

 

 物語が、頭の中に溢れてくる。


 陰キャの主人公が、三人の女の子に出会う話。

 

 孤独だった主人公が、少しずつ変わっていく話。


「……これって、俺の話じゃないか」


 ふと、そう思った。

 

 でも、悪くない。


 俺の青春ラブコメは、まだまだ続く。

 

 そして――これからも、続いていくんだろう。


「高一くん、楽しそうね」


「え?」


「今、すごくいい顔してる」


 瀬良先輩がそう言った。


「そ、そうですか?」


「ええ。その顔、好きよ」


 その言葉に、俺は固まった。


「す、好き……?」


「ええ。執筆してる時の高一くんの顔、好き」


 瀬良先輩は笑顔で言う。


「だから、もっと書きなさい。私が応援してるから」


「……はい」


 俺は顔を赤くしながら、キーボードを叩き続けた。


 この物語には終わりがあるのだろうか。

 

 まだ、分からない。

 

 でも――終わらせたくない。


 そんなことを思いながら、俺は物語を紡いでいく。


 俺の青春ラブコメは、まだ始まったばかりだ。

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