第27話 陰キャ、テスト勉強に励む ー女王からの条件ー

 俺はいつも通り学校に登校していた。

 

 今日は瀬良先輩や不知火先輩はいなく、ただ平穏な登校の時間だった。

 

 それが少しばかり物足りなさを感じた。


 ……あれ? 俺、何考えてんだ。


 体育館で不知火先輩は告白をしようとしていたのか、それともまた別の何かを言おうとしたのか。

 

 そんなことを考えながら、下駄箱で上履きに履き替える。

 

 朝の喧騒が周りを包んでいる。


「おはよ! 高一くん」


 浅葱が元気よく声をかけてきた。

 

 俺は彼女の方に視線を向けた。いつもの明るい笑顔だ。

 

 そして、浅葱はそのまま俺の隣に立ち、一緒に教室まで歩く。


「ねぇ、高一くん。昨日LINEでも言ったと思うけど、大事な話があるから……その、今日お昼大丈夫かな?」


「あ、まぁ……大丈夫かな」


 浅葱の顔が、少しだけ赤い気がする。

 

 俺の脳裏には瀬良先輩からの『選ぶ』という言葉ばかり。

 

 俺はモブキャラとして生きていきたい――だからこれまで俺は陰キャの孤独と孤高で生きてきた。

 

 なのに、今は――。


「あ、ありがとう! じゃあ、お昼ね!」


 浅葱は嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔が、妙に眩しい。


 そんな会話をしながらも、教室にたどり着く。

 

 そして、俺たちは各々別の席に座る。

 

 なんとも言えない空気が続く中で、四宮先生が教室に現れた。


「皆さん、近々テストがあります。最初のテストなので各々力を発揮できるように勉強してくださいね」


 テスト……か。

 

 テスト!?

 

 ま、マズイ。最近小説を書きすぎてテストの存在を忘れてた。

 

 内心焦るのも当然で、俺はここ最近――いや、高校に入学してからテスト勉強を1度もやってないのだ。


「えー、範囲はここからここまでです。しっかり勉強してくださいね」


 黒板に書かれた範囲を見て、俺は絶望した。

 

 広い。広すぎる。

 

 これ、間に合うのか?


 仕方ない……こうなったら。


              *


 3限目の後の休み時間。

 

 俺は2年生のいる棟に来ていた。

 

 目的は瀬良先輩だ。文武の文の女王と言われている頭の良さを持つ瀬良先輩になら、俺のこの状況を打開できるかもしれない。

 

 そんなことを思いながら俺は瀬良先輩のいる教室に向かった。

 

 廊下を歩く俺に、2年生たちの視線が刺さる。


「あれ、1年生?」

「なんでここに?」

「可愛い子に会いに来たとか?」


 聞こえてくる声に、俺は肩をすくめた。

 

 違う。俺は勉強を教えてもらいに来ただけだ。


 瀬良先輩の教室――2年3組の前に立つ。

 

 扉越しに中を覗くと、窓際の席に座る瀬良先輩の姿が見えた。

 

 相変わらずパソコンか何かを見ている。


「……行くか」


 覚悟を決めて、扉をノックした。


「失礼します。瀬良先輩、いますか?」


 教室内がざわついた。

 

 そして、瀬良先輩が顔を上げた。


「あら、高一くん? どうしたの?」


「あの……ちょっとお願いがあって……」


 瀬良先輩は少し驚いた顔をして、立ち上がった。


「分かった。廊下で話そうか」


 瀬良先輩が教室を出ると、周りの視線がさらに増した。


「瀬良さん、知り合い?」

「1年生なのに?」

「え、可愛くない?」


 最後の声は明らかに男子からだった。

 

 俺は無視して、瀬良先輩と少し離れた場所に移動した。


「それで、お願いって?」


「あの……実は、テストがあるって今日知って……」


「……まさか」


「勉強、教えてもらえませんか!」


 俺は頭を下げた。

 

 瀬良先輩は少しの間、沈黙した。


「……高一くん」


「はい!」


「あなた、今まで何してたの?」


「小説……書いてました……」


「はぁ……」


 瀬良先輩は深いため息をついた。

 

 そして――。


「分かったわ。放課後、部室に来なさい。みっちり教えてあげる」


「本当ですか!」


「ええ。でも――」


 瀬良先輩は少し意地悪そうに笑った。


「条件があるわ」


「条件……ですか?」


「テストで平均点以下だったら……小説のネタ、私が決めるから」


「え!?」


「それと、私の言うこと何でも聞くこと」


「な、なんでも……」


「嫌なら、一人で頑張れば?」


 瀬良先輩はニヤリと笑う。

 

 ……これは罠だ。完全に罠だ。


「……わかりました」


「よろしい。じゃあ、放課後ね」


 瀬良先輩はそう言って、教室に戻っていった。


「……やっちまった」


 俺は廊下で一人、頭を抱えた。

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