第8話 陰キャ、誘惑と挑戦を受ける ー先輩からの突然の壁ドンー

「お、おい、あれ見ろよ」

「あぁん?」


 震える指の先にいるのは――学校の女王、不知火と瀬良。そのど真ん中に俺。

 彼女たちへは憧れの眼差し、俺へは憎悪のレーザービーム。やめてほしい、物理的に痛い。


「マジかよ……あいつ誰だよ」

「新入生のくせに……」

「羨ましすぎる……というか殺意湧くわ」


「な、なんか今すぐ暴動起きそうなんですけど……も、もう離れていいですか?」


「ダメ」


「嫌よ」


 ――拝啓、過去の俺へ。

 孤独を愛したぼっちの君は、高校で“悪魔がかった可愛い二人”に好かれる未来に耐えられますか。助けて過去の俺!!


 そんなことを考えているうちに、三人で昇降口へ。

 ようやく解放された俺は、そそくさと履き替え、負の視線をかいくぐって教室へダッシュ。


「せ、セーフ!」


 ガラッと扉を開け、俺の奥義“完全ステルス”を発動。気配を消して席にスッ……。

 ――が、あの二人の近くではバグる。青春ラブコメの神、仕様書出して来い。


 教科書を出したあたりで、限界が来た。徹夜明けの眠気が脳を制圧、机に沈む。


「高一くん、高一くん!」


 浅葱の声でハッと顔を上げると、クラスは朝の号令で全員起立。座ってるの俺だけ。

 立ち上がると、あっけらかんと笑いが起きた。


「あはは、また寝てた」「高一くん、面白いね」


 クソ……最近ツイてないにもほどがある。

 教壇の四宮先生は困った笑顔で「ちゃんと寝てね?」。すみません。


 ※


 昼休み。俺は“いつもの”空き教室でぼっち飯――のつもりが、隣には当然のように浅葱。


「ねぇ高一くん、今日の朝、あの二人の先輩と一緒に登校してたよね?」


「は? なんで知ってる」


「みんな見てたし、みんな噂してたよ?」


 第三者視点で語られる地獄の通学。俺は青ざめる。


「俺、今日中に始末されるかもしれない……」


「そんな大袈裟」


 くすくす笑うな。

 それにしても――。


「てか浅葱、なんで当然のように俺の隣?」


「だって高一くんと一緒にいたいから」


「昨日のアレ、本気?」


「さあ、どうかな?」


 意味深スマイルはやめてくれ。無言で食べ続けるしかない俺。

 そこへ――


「やほ! 二人とも!」


「不知火先輩!」


 浅葱の声が一段高くなる。俺は“ウゲッ”の顔。

 不知火先輩は椅子を引いて、俺の隣に当然のようにすとん。距離、近。


「昨日、ここにいたでしょ? 来てみた」


「先輩なら人が自然に集まるのに……どうやってここを――まさか」


「……君みたいな勘のいい後輩は嫌いだよ」


 はい、つまり先輩も一人で食べる場所を探していた、と。了解。


「私の弁当、食べたらダメだよー? 高一くん」


「自分のあるんで」


「じゃあ私が高一くんの食べよっかな!」


 浅葱の視線が俺の弁当にロックオン。頼む、この昼が穏便に終わりますように。


「あ、唐揚げだ! 一個ちょうだい!」

 

「ダメ」

 

「えー、ケチ」


 その頬の膨らませ方が可愛いの、反則。

 不知火先輩は俺の目の下を見て、少し眉を寄せる。


「昨日、小説書いてて寝てないでしょ? 無理しないでね」


「ありがとうございます」


 優しさが刺さる。

 浅葱が身を乗り出す。


「小説? どんな話、書いてるの?」


「バトル物。まだ骨組みだけど」


「面白そう! 完成したら読ませてね!」


「え、あ、はい……」


 三人で取り留めもなく喋っていると、空き教室が妙に居心地よく感じる。

 ――ぼっち飯じゃない昼も、悪くない。


「やっぱ唐揚げ一個――」

 

「ダメ」

 

「えー!」


 浅葱の抗議が反響して、昼は終了。


 ※


 昼を終え、俺は文芸部の部室へ。静かな前室で深呼吸。ノック。「どうぞ」。


 白い髪が窓光で輝く。瀬良先輩はキーボードの手を止め、切れ長の瞳でこっちを向いた。


「それで? 書けたのよね」


「はい……一応」


「見せて。貴方が一晩かけた“アイデア”」


「ハードル上げないでください……」


 ノートを手渡す。ページをめくる音だけが部屋に落ちる。

 沈黙が長い。長すぎる。胃がきりきり――。


 ぱたん。視線が刺さる。


「……一言で言うなら――ダメダメ。昨日、官能小説をバカにしてたけど、私以下。却下の却下。やり直し」


「それ、一言って言わないですよね? じゃあ俺も“一言”で先輩に悪口――」


 俺のムッとした顔に、先輩はぷっと笑う。


「冗談。……でも、もっと“貴方の味”がほしい」


「味? 『たけのこ派』か『きのこ派』かって聞かれたら俺は――」


「そういう味じゃないのだけれど。ちなみに私は“きのこ派”」


 先輩はすっと俺の隣へ。距離、近。いい匂いするのやめて。


「高一くんなら、もっと“らしい物語”が書ける」


「俺らしいって……は!」


「何かひらめいた?」


「瀬良先輩と俺の官能小――」


「高一くん」


 声色が一段、低い。


「は、はい!」


「それ以上言ったら、拳、入れるわ。こう見えて空手、やってたの」


 すみませんでした。

 先輩は小さくため息をつき、すっと立ち上がる。


「分かった。やる気、出させてあげる」


「やる気、って……“殺る気”じゃないですよね? 先輩?」


 じり……じり……。無言で詰められ、俺は壁際へ。

 次の瞬間――


 ドンッ。


 顔が近い。近すぎる。心臓が爆音。


「今週中に、私を“あっ”と言わせるアイデアを持ってきたら――私が今書いてる官能小説の“シチュエーション”と同じこと、してあげる」


「――それ、マジですか」


 この瞬間だけ、俺の死んだ魚の目が蘇生した。

 先輩は悪魔じみた微笑み。


「ええ、本当。やる気、出た?」


「出ました! 超出ました! やります! やらせていただきます! 瀬良先輩――いえ、瀬良様!」


 勢いで先輩の手を取る。


「今週中に必ず驚かせます!」


「ふふ、楽しみにしてる」


「はい! 絶対に!」


 ノートを握りしめ、部室を飛び出す。

 夕焼けの廊下で、脳内でプランが爆速回転。


 “瀬良先輩をあっと言わせるアイデア”

 “官能小説のシチュ同等のなにか”――って俺、今どこへ向かってる?


 頬が熱い。心臓もうるさい。

 でも、やってやる。絶対に。


 ぼっち生活は終わった。代わりに、目標ができた。

 ――悪くない。悪くない高校生活だ。


 俺はニヤけそうになる口元をなんとか抑えつつ、夕陽の廊下を歩いた。

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