第17話 何してんの?

 カフェを後にしてからは義姉さんに連れられてデパコスを見たり、服を見たりとブラブラしていたが義姉さんの機嫌は少し悪めに映る。いやどちらかと言うと不貞腐れているに近いかもしれない。顰めっ面で、俺の手を痛いくらい握って引っ張っている。


「義姉さん……ほんまに付き合ってないから許してや……」

「むー……負けたのが悔しい……」

「なんも負けてないて……意固地やなほんま……」

「次行くよ!」

「はいはい……」


 心から嘆くが何一つ効かない。血は繋がってないのに、自分が思ったり感じたことはほぼ曲げないところは本当に母さんに似ている。というか義姉さんはほぼ母さんだ。ほんとうちの女性陣は……我が強い。


 我が家の女二人に思いを馳せつつその一人に引き摺られていると、デパートのベンチで男の人に言い寄られている女の子を見つけた。今日二回目である。しかもその女の子がめちゃくちゃ見知った顔だった。俺の机にいっつも乗ってる奴だ。


「あ、義姉さんステイ」

「なに"」

「あれ、言い寄られてるの俺のクラスメイトだわ」

「ん? ……ぁあ"ん? 言い寄ってんの私の知り合いじゃん」

「え?」


 義姉さんの知り合い。そう思いつつまたその男の人を見る。後ろ姿だけだが、黒みがかったワインレッドのウルヘアに圧倒的プロポーション。厚底ブーツにきらりと光るピアス。あんな後ろ姿だけでイケメンとわかる男が知り合いにいるなんてと目を疑う。


 義姉さんは男の知り合いどころか、社交辞令的な付き合いがある人もいない。何故なら俺ファーストだから。俺以外の男に興味関心を抱く時間が勿体無いらしい。


「あいつほんっと……懲らしめてやる」

「いだいいだい! 強く引っ張らないで! 肩取れる!」

「なーくんの肩取れろ! スマホ見れなくなれ!」

「んな殺生な!」


 俺の手を握り潰す勢いで、そして俺の腕がちぎれそうな強さで引っ張りそこへ向かう義姉さん。顔が怖い。


「だからさ、俺と一緒にどう?」

「ん〜おにーさんかっこいいけどなぁ……私もう好きピいるからさ?」

「そいつより楽しいよ俺。色々買ってあげる……し……」

「なぁに……してんのかな? あ・か・ね・ちゃんっ?」

「……やあ月音」

「あれ音那だ……肩どしたの?」

「ルーズショルダーになる……」


 声をかけられていたのはやはり花崎だった。メイクをしていて普段の数倍は綺麗で、服装はいつもの制服なのにまた違った破壊力を有している。

 しかし問題はそこじゃない。烈火の如く、背中に不動明王を覗かせる義姉さんと『あかね』と呼ばれた男の人。それは多分側から見ればめっちゃ修羅場だ。


あかね……手ぇ出すなって言ったでしょ? なんで私の言うことも聞けないの」

「んー……なんでだろうね」

「他人事か!? と言うかナンパごっこを私以外でやるな! 人様に迷惑をかけるな!」

「ふふっ……お母さんみたい。そう言うところも嫌いじゃないね」

「誰のせいじゃい誰の!」


 ようやく顔を見れた。あかねと呼ばれた人の顔はまさに『美』。きめ細かい肌と真紅の瞳。そしてワインレッドの髪の毛に映える白のグラデーション。まさにイケメン、まさに美男子。しかしどこか違和感がある。主に…胸の辺りに。


「義姉さん、もしかしてなんだけど」

「うん。紅は……美男子じゃなくて『美少女』の方だよ」

「ふふっ。褒めないでよ」

「褒めとらん」


 やはりだ。少しニット越しの胸が膨らんでいると思った。しかしここまでどちらで見てもイケメンと言わざるを得ない人間を初めて見た。花崎は心底興味なさげで俺の肩を小突いている。しかも引っ張られて痛い方を。


「えーなーくん。これ朝霧紅あさぎりあかね。一応大学の友達。女ね」

「どうも。君が噂のなーくんか」

「噂なんすか」

「うん。大学の人気者がゾッコンな弟くんってね」

「うっそだろおい」

「あ、お姉ちゃんだったの? 音那引っ張ってきた綺麗な人」


 花崎が驚き気味に俺と義姉さんを交互に見る。そうだと頷くと花崎は一瞬でホッとした表情になり、なぁんだと呟いた。


「てっきり私の告白ほっぽったかと思ったよ」

「いやそんなことせんて。ちゃんと応えるから……」

「は? は? は? は? は? は? は? 告白? は?」

「マッズイ……」


 みなさま、一話前に義姉さんが言っていた言葉を復唱してみましょう。


『失礼! なーくんクソ失礼それ! 私だって嫌だけどなーくん自身が選んだ人なら1万2000歩譲歩していいかなってだけ!』

『ちな相手からなら?』

『ボコボコにする』


 瞬間、紅さんに向いていた不動明王がこちら側にグルンと顔を向けた感覚がした。


「君、君君君、なーくんに告白? は?」

「はい〜。去年から好きでこくっちゃいました」

「……殴る!!!!」

「待て待て待て待て!! 義姉さんボコすな! 溢れ出る怨嗟を抑え込め!」

「ぐおおおおお! なーくんが選んだ人ですら嫌なのになーくんを選んだ人とか耐えられん! 私は生まれた瞬間から選んでるのに!!!」

「え〜? 私も出会った瞬間から選んでましたよ?」


 何で着火するようなことを言うんだと義姉さんを抑え込みつつ花崎を睨む。エンジン全開でガソリンを全身に浴びている義姉さんに火を焚べたら突然燃え盛る。デパートのベンチ前ということも忘れているのか、烈火の如くガオガオしている。そしてそれを面白そうにベンチに座りながら眺める紅さん。


「あっははっ! 弟クン絡みの月音はやっぱり面白いなぁ。ボクそういうところ好きなんだよね」

「えー? 私のこと可愛いって言ったくせに〜」

「君も可愛いよ? 月音は何というか……犬を見てる感じ?」

「あーなる〜」


 何意気投合してんだ俺を見ろお前ら。このビーストと化した義妹を体一つで止めているんだぞ。花崎お前が平穏に紅さんと話せているのは俺のおかげなんだぞ。


「はぁーあ。月音〜眉間皺。老けるよ」

「うっさいなぁ紅! 黙って!」

「可愛いのに台無しだし、弟クン取られるの嫌なのも分かるけど。もうちょっと視野広げて」

「むぅ……それもそう……かも」

「でしょ? ならボクの言いたいこと分かるね?」

「うん。ごめん」


 すごい。この状態の義姉さんを火消しできる人間が俺以外にいるなんて思ってもいなかった。ダウナーで女性にしては低い声。でもどこか落ち着く、子供をあやすような声色で頭を撫でつつ義姉さんの怒りの炎を鎮火させた。


「ごめんなーくん……離していいよ」

「ほいほい〜」

「はぁ……なーくんがモテることはいいことなのに……同担拒否が」

「俺は推しか?」

「推しだが?」

「推しじゃないかな」

「推しでしょ。私もだしそれ〜」


 三人見事に同じことを言われた。俺はその言葉に額を抑えるほか無かった。何でこういう時だけこんなにみんなして俺をいじめるんだと。DMのアオを見たかったが、今見ると確実に義姉さんに締め殺されると思って見ることはできなかった。

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