第17話:ツキを盗む街
黄金都市ギルディア——。
昼は光に満ち、夜は金の灯に染まる街。
“ツキの象徴”として建てられたはずのこの都市に、
いま、静かな“異変”が忍び寄っていた。
⸻
夜のカジノ《オルビス・ハウス》。
その一角で、烏丸鴉真(からすま・あすま)はテーブルに肘をついていた。
肩の上には黒猫ロット、隣ではミラ・ヴェルティアがワイングラスを回している。
「最近、勝負で“ツキを失った”って客が増えてるらしいですね」
「ツキを失う? 負けたんじゃなくて?」
「ええ。勝負した後、運気そのものが底抜けみたいに下がるらしいです。
勝てば勝つほど、不幸になる人もいるとか」
「……つまり、“勝って負ける”わけだ」
鴉真は指の間で銀のダイスを転がす。
ころん、と乾いた音。
「ツキを盗む仕掛けがあるな。
勝敗そのものを餌に、運を吸い上げてるタイプの賭場か」
ロットが尻尾をぴんと立てた。
「そんなことできんのかよ?」
「運の流れを意図的にいじる“装置”でもあるんだろうな。
たぶん、この街の裏だ」
「裏って……地下か?」
「地下でも影でもいい。
ツキが集まる所には、必ず“奪う奴”が出てくる」
ミラが静かに立ち上がる。
白いドレスの裾を揺らしながら、瞳を鋭くした。
「確かめに行きましょう。
この街のツキを吸ってる“何か”を見つけ出すんです」
「おう。
運を盗む奴は、俺が一番嫌いな相手だ」
⸻
夜更け、ギルディアの裏通り。
表の華やかさとは正反対。
灯りは少なく、金属の匂いと酒の匂いが混じる。
通りを抜けると、黒い看板に光る一文字があった。
──《S》
その下には小さな扉。
入場制限のある“闇カジノ”だ。
「名前も出さねぇカジノか。
ツキを盗むならここだな」
鴉真が扉を押すと、
中には静寂と冷たい笑い声が満ちていた。
黒服たちが並び、中央には細身の男。
白髪をオールバックにし、片眼鏡をかけている。
「おや……お客様。お見受けするに、烏丸鴉真様ですな?」
「俺の名前を知ってるとは、早いな」
「そりゃ当然ですとも。
この街の運の流れは、すべてあなたに繋がっている。
だからこそ——あなたのツキを、ぜひ頂戴したい」
「……なるほど。“ツキ泥棒”の親玉ってわけか」
「ははは、親玉とはご挨拶だ。
私の名はゼル。
この《Sカジノ》の支配人にして、“運を食う者”」
ロットが小声で呟いた。
「出たよ……運喰いタイプ。
鴉真、こいつ前のラグの親戚とかじゃねぇだろうな?」
「関係ねぇ。
こいつはツキを“使う”側じゃなく、“奪う”側だ。
真逆だよ」
「ほう……見抜かれましたか。
さすが、“ツキの王”。」
ゼルが手を叩くと、
床に埋め込まれた金のラインが光り出した。
「ここが私のテーブルです。
ルールは一つ、《スティール・チャンス》。
あなたの“勝負運”を賭けてもらう」
「いいぜ。
俺のツキが欲しいなら、まず勝ってみせろ」
⸻
テーブルには二つの装置。
それぞれに水晶が埋め込まれ、
相手の運気を測定する仕組みになっていた。
「お互いの“ツキ値”が見える。
高い方が勝ち。ただし……」
「“吸われる”ってことか」
「ええ。
負けた側のツキは、勝者に完全移動する」
鴉真が笑う。
「上等だ。
ツキを賭ける勝負なら、俺の得意分野だ」
ロットが心配そうに肩の上で丸まる。
「おい、鴉真……本気で全部賭ける気か?」
「当たり前だろ。
ツキってのは、賭けた分だけ増えるんだ」
ミラが深呼吸して静かに頷く。
「……分かりました。
あなたを信じます」
⸻
「では、始めましょう」
ゼルがボタンを押す。
水晶が光り、ツキ値の数字が浮かび上がる。
【ゼル:87】
【烏丸鴉真:93】
「……ほう、やはり高い。
ですが、勝負はこれからですよ」
ゼルがカードを取り出す。
カードの裏には奇妙な紋様が刻まれている。
「ツキを吸うカード《スティーラー》。
あなたのツキを、ゆっくりと私の側へ移す」
光が走り、数値が変動する。
【ゼル:91】
【烏丸鴉真:89】
「っと……これは、確かに吸われてるな」
「ご理解が早い。
さて、このまま吸い尽くして——」
「いや、まだ終わっちゃいねぇ」
鴉真が指を鳴らした。
スキル発動——《ギャンブル》。
瞬間、水晶が逆流するように光り、
吸い取られたツキが鴉真の側へ一気に戻ってきた。
【ゼル:52】
【烏丸鴉真:125】
「なっ!? ツキ値が逆転した!?」
「盗まれたツキは、使われる前に奪い返す。
それが勝負の礼儀だ」
ゼルの顔がひきつる。
「バ、バカな……ツキが……吸えない……!」
「お前の“運喰い装置”は、相手の恐怖と不安を餌にしてる。
だが、俺にそんな感情はねぇ」
「くっ……!」
水晶が砕ける。
光が弾け、ゼルが後ろに吹き飛ぶ。
「勝負ありだな」
鴉真は椅子に座ったまま、軽く笑った。
「ツキは盗むもんじゃねぇ。
賭けて、掴むもんだ」
ロットが肩の上で伸びをしながら笑う。
「ったく、相変わらず容赦ねぇな。
でもこれで“ツキ泥棒”も終わりか?」
「まだだな」
「え?」
鴉真が立ち上がり、奥の通路を指差す。
「この装置、街中に繋がってる。
つまり、ツキを吸ってる“本体”がまだある」
ミラが頷く。
「つまり次は——」
「ああ。“ツキの源泉”に直接乗り込む」
「また命懸けになるんじゃ……」
「命なんて、ツキの延長線だ。
減るもんじゃねぇ、賭けるもんだ」
ロットが肩で笑う。
「またそれ言った! 出たよ名台詞!」
「名台詞ってのは、勝って初めて格好つくもんだ」
「……じゃあ、勝ち続けてくださいよ」
ミラの笑顔に、鴉真が軽く頷いた。
「もちろん。そのためにここにいる」
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