第14話:帰還ギャンブラー
深層ギャンブル区を制した翌日。
地上——
そこはまるで別世界のように、陽光に満ちていた。
だが烏丸鴉真(からすま・あすま)にとって、
地上の空気は久しぶりというより“軽すぎる”ように感じた。
「……あー、静かだな」
肩の上の黒猫ロットが尻尾をぱたぱたと揺らす。
「静かっていうか、なんか物足りねぇな。
地上って、勝負の音が少ねぇ」
「地上は生きてるだけでギャンブルみたいなもんだ。
ツキを賭けて生きる奴は少ねぇが、負ける奴は多い」
「……あんま名言っぽく言うなっての。なんか怖ぇ」
ミラ・ヴェルティアが軽く笑った。
陽光に金髪を揺らしながら、手に持ったカジノの帳簿を閉じる。
「王都のカジノが再開しました。
あなたが地下を制した噂で、お客が押し寄せています。
“ツキの神が戻った”って」
「神じゃねぇ。俺はギャンブラーだ」
「そう言うと思いました」
ミラの表情には、安堵と誇りが混じっていた。
彼女にとって、鴉真が“勝負の象徴”であることに変わりはない。
⸻
カジノ《ベガロス》は今、かつてないほどの活気に包まれていた。
ルーレットの回転音、チップが積まれる音、歓声。
地上で最も安全な賭場——それが烏丸鴉真の手によって復活した。
だが、そんな中でも鴉真は退屈そうにソファに腰を沈めていた。
「……勝負の空気がぬるいな」
「そりゃそうですよ。地上じゃ“命を賭ける”なんて誰もやりません」
「命じゃなくてもいい。心を賭けりゃ十分だ」
「あなた、ほんとにそれしか言いませんね」
「そりゃそうだ。
勝負の無い人生は、砂糖抜きのケーキみたいなもんだ」
ロットが尻尾を立てる。
「ケーキはうまそうなのに、例えがカッコつけすぎだろ」
「……ロット、お前ケーキ好きだったのか」
「うん、チョコのやつ」
「じゃあ次の勝負は“ケーキ争奪戦”だな」
「え、マジで!? やるやる!」
ミラが吹き出した。
「あなたたち、本当に子供みたいですね」
「ガキの賭けほど面白いんだよ。
何の計算も打算もない。ただ“勝ちたい”だけ。
それが一番純粋なギャンブルだ」
⸻
その時、扉がノックされた。
王の使者が姿を見せる。
「烏丸鴉真殿。陛下より、直々のご招待です」
「ほう。王様、自分で賭けに来たか?」
「いえ……陛下ではなく、“新政府”の方からです」
「新政府?」
ミラの表情が曇る。
「この数日で、王政が変わったんです。
新しい体制を率いているのは——
“ギャンブルを国の柱にする”という政治家たちです」
「へぇ、面白ぇじゃねぇか」
「面白くありません! それってつまり、
国そのものをカジノにするってことですよ!?」
「いいじゃねぇか。筋が通ってる。
どうせ世界なんざ、誰もが何かを賭けて生きてる」
「……そういう問題じゃ」
ミラが言いかけた時、ロットが割り込む。
「なぁ鴉真、その“新政府”ってやつ、
絶対お前の影響受けてるだろ」
「さぁな。
でも、“勝負で国を動かす”って発想は嫌いじゃねぇ」
「まさか行く気?」
「決まってんだろ」
鴉真は立ち上がり、
ダイスを指の上で転がす。
「勝負を仕掛けられたら、乗るのが礼儀だ」
「ほんとに……あなたって人は……」
ミラがため息をつく。
だが、その顔にはうっすら笑みがあった。
⸻
夕刻。
王都郊外の迎賓館。
そこでは、新政府の発足式が行われていた。
正装した貴族や官僚、そして商人たち。
中央の壇上には、“ギャンブルを愛する政権”の代表が立っていた。
灰色のスーツに赤いタイ、
鋭い目をした青年。
「ようこそ、烏丸鴉真殿。
私は新政府代表——ヴェルド・グラン」
「初対面だな。で、何を賭ける?」
「話が早い。
我々は、この国を《ギャンブル国家》に変えるつもりです。
税も政治も、すべて“勝負”で決める」
「なるほど。
国そのものを“賭場”にするってわけか」
「ええ。
あなたが地下で見せたあの力……
“ツキ”を操るスキル。あれを国の象徴にしたい」
ロットが小声で唸る。
「……鴉真、これヤバくね?
要するにアンタの名前を利用しようってんだろ」
「利用? 違う。
共存だ。俺は“賭ける側”であって、“使われる側”じゃねぇ」
鴉真が一歩前へ出る。
「話は分かった。だが、一つ条件がある」
「条件?」
「国の頂点を決めるのは、勝負だ。
ルールは何でもいい。勝った方が“国の支配権”を持つ」
周囲がざわめく。
ヴェルドの目が細く光った。
「つまり、私とあなたで勝負を?」
「そうだ。
国の未来を、テーブルの上で決めようぜ」
数秒の沈黙。
そして、ヴェルドは静かに笑った。
「……いいだろう。
そのルール、受けて立とう」
拍手が起きる。
王都の空気が一気に熱を帯びた。
ミラが小声で呟く。
「……本当に国まで賭けるなんて、あなたらしいですよ」
「勝負は規模がでかい方が燃えるだろ」
「でも、失敗したら国が滅びますよ」
「勝てば問題ねぇ」
「それ、理屈になってません!」
ロットが呆れ顔で笑う。
「まぁでも……この展開、嫌いじゃねぇな」
「だろ?」
鴉真はダイスを軽く握り、
空へと投げた。
銀の光が宙で弧を描く。
転がる音が響いた瞬間、会場の全員が息を呑んだ。
「——始めよう。
“国”を賭けた、ギャンブルを」
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