第10話:裏カジノ・ノーチェ
王都の地下、
その最深部にある《アンダーカジノ・ノーチェ》は、
昼も夜も存在しない異空間だった。
赤い照明、紫煙、金と血の匂い。
そこに座る客たちは、王国の法律も、神も、誰も信じていない。
信じているのは――ただ“勝つ”ことだけ。
「……ここが裏カジノか」
烏丸鴉真(からすま・あすま)は周囲を見回し、
その空気をまるで“勝負の香り”でも嗅ぐように吸い込んだ。
「悪くねぇな。地上よりよっぽど清々しい」
「どこがですか。空気が煙とアルコールでできてますよ」
ミラ・ヴェルティアが眉をひそめる。
その横で、黒猫の精霊ロットが尻尾を立てていた。
「オレ、この匂い嫌いじゃないぜ。命の匂いがする」
「猫のくせに刺激的なこと言うな」
「アンタのツキの方が刺激的だろ」
軽口を交わす間にも、場内の視線はすべて鴉真に注がれていた。
王をも打ち負かした“転生ギャンブラー”。
その名はすでに、この地下世界にも届いていた。
「烏丸鴉真――“ツキ喰らい”の異名、俺の耳にも届いてるぜ」
テーブルの奥から声が響く。
黒いスーツの男がゆっくりと立ち上がった。
片目に黒い眼帯、銀の髪に整った笑み。
「ノーチェ・デ・グリード。
この《アンダーカジノ》を支配する男だ」
「支配人ってやつか。
お前が王の“影”ってわけだな」
「王? あんな奴、表の飾りだ。
真に“ツキ”を動かしてるのは、俺だよ」
観客たちがざわつく。
ノーチェは手を広げ、テーブルの上にカードを並べた。
「勝負はポーカー。
ルールは地上と同じ。だが――」
ノーチェが指を鳴らすと、カードが宙に浮かび、黒い光を放つ。
「このカードは特別製だ。
“運”そのものを賭ける《ソウル・デッキ》。
勝った者は相手のツキを吸い上げる」
「吸い上げる? お前、吸血鬼かよ」
「ツキに飢えた人間は皆、吸血鬼みたいなもんだ」
鴉真はニヤリと笑い、椅子に腰を下ろした。
その動作ひとつで、場の空気が変わる。
勝負師特有の“支配”の気配が漂った。
「で、賭け金は?」
「お前のスキル《ギャンブル》。
俺が勝てば、その力を頂く」
「面白ぇ。
じゃあ俺が勝ったら、この地下の支配権をもらう」
ノーチェが喉の奥で笑う。
「いい取引だ。成立だ」
⸻
ディーラーがカードを配る。
五枚の手札がそれぞれの前に置かれる。
「……開幕」
ミラとロットが息を呑んだ。
一巡目、ノーチェの表情は一切揺れない。
手元でカードが光り、影が流れる。
「こいつ……スキルを使ってやがる」
ミラが小声で呟く。
ノーチェのスキルが、静かに発動していた。
⸻
スキル:《ドロー・パラサイト》
・引いたカードの“運”を吸収し、数値を上書きする。
・対象のツキを一時的に奪うことが可能。
⸻
「なるほど、“ツキを喰う”スキルか」
「さすが気づいたな。
だが気づいた時には、もう遅い」
ノーチェの手札がゆらぎ、カードの数値が一瞬だけ変化する。
9、9、9、K、K——フルハウス。
「……!」
ミラの顔色が変わる。
「強い……! この勝負、圧倒的に不利です!」
「不利? そんなのいつものことだろ」
鴉真は平然と笑った。
彼の手札は、見た目ただの“ワンペア”。
しかし――そのダイスが光った。
「スキル発動——《ギャンブル》」
銀の光がテーブルを走り抜ける。
空気が一瞬で凍りつくように静まった。
ノーチェの眉が動く。
「なっ……カードが、揺らいだ!?」
鴉真の前のカードが一枚、静かに裏返る。
そこに現れたのは、9。
手札の構成が変わる。
9、9、9、A、A——フルハウス。
同じ役、しかし――Aの方が上。
「……っ!」
観客がどよめき、ノーチェの表情が一瞬だけ崩れた。
「これで、勝負は俺の勝ちだな」
「馬鹿な、俺のスキルを……上書きしたのか!?」
「ギャンブルってのは、常に上書きの連続だ」
鴉真がカードを伏せ、ゆっくりと立ち上がる。
その瞬間、ノーチェの体から黒い光が溢れた。
「ぐっ……ツキが……抜けていく……!」
「“運”は持つもんじゃねぇ、掴み続けるもんだ。
それを忘れた時点で、お前は敗者だ」
ノーチェの周囲にあった光がすべて鴉真のダイスに吸い込まれていく。
観客たちが口を押さえ、どよめきが広がる。
「ツキ喰らいだ……本物だ……!」
ミラが一歩近づき、微笑んだ。
「勝ちましたね」
「ああ。悪くねぇ手応えだった」
ロットが飛び跳ねて喜ぶ。
「やったな鴉真! これで地下の支配人だ!」
「支配人か……響きが悪くねぇな」
「アンタ、地上も地下も賭場にしようとしてるだろ」
「当然だ。賭けのない世界なんて退屈だろ」
⸻
その時、崩れ落ちたノーチェが笑った。
「……くくっ。やっぱりお前は本物だ。
王が“面白い奴がいる”って言ってた意味、分かったよ」
「王と通じてたのか?」
「通じてた? いや……“俺も賭けられた側”だ」
「……なるほど。
つまり、お前も勝負の駒ってわけか」
「そうだ。俺は負けたが……“上”はまだ動いてる」
「上?」
「この地下のさらに下。
《深層ギャンブル区》。
そこに、“ツキの源泉”を握る化け物がいる」
ノーチェが吐き捨てるように言う。
「そいつが、本当の《運喰い》だ」
「運喰い、ねぇ……上等じゃねぇか」
鴉真の目に、再び火が灯る。
「じゃあ、次の賭けの相手はそいつだな」
「アンタ……ほんと止まんねぇな」
ロットが呆れながらも笑う。
「勝負師にブレーキはねぇ。
勝つまでが遊びだ」
ミラは小さく息を吐き、
その横顔を見つめながら微笑んだ。
「あなたが賭け続ける限り、私もついていきます」
「頼もしい相棒だ」
嵐のような拍手がカジノ全体に響いた。
地下の支配人を倒し、
新たな“ツキの王”が誕生した瞬間だった。
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