第8話:運命の雨と王の策略
昨日の嵐は、未だ止む気配を見せない。
天気賭博の前哨戦を制した烏丸鴉真(からすま・あすま)は、
黒猫の精霊ロットとディーラーのミラ・ヴェルティアと共に
再び
「嵐のまんまだな」
ロットが窓の外を見上げて呟く。
雨粒が馬車のガラスを叩き、遠くで雷鳴が響いていた。
「昨日あなたが引き寄せた“嵐”です。
でも……まさか本当に天候が変わるなんて」
「スキル《ギャンブル》は“賭け”の範囲を選ばねぇ。
勝負になるなら、天気だって盤上に乗る」
鴉真は腕を組み、軽く笑った。
「けど、王が黙ってるとは思えねぇ。
次の手は、もう打ってきてるはずだ」
ミラが真剣な表情で頷く。
ロットの尻尾が緊張気味に揺れた。
「まったく……王ってのは、なんでみんな勝負が好きなんだろうね」
「勝負が好きなんじゃねぇ。
勝てると思ってるから挑むんだ」
車輪が石畳を跳ね、馬車が城門前で止まる。
衛兵が恭しく頭を下げ、
鴉真たちは再び黄金の大広間へと案内された。
⸻
玉座の前に立つ王——レグナス・ヴェル・ベガロス。
昨日よりもずっと上機嫌そうな笑みを浮かべていた。
「おお、転生ギャンブラー殿。
見事だったな。王都の空を一夜にして変えるとは」
「礼はいらねぇ。勝負の途中だろ」
「ふふ、確かに。
だが——勝負はまだ終わっていない」
レグナスは手を叩いた。
その音と共に、背後の扉が開く。
現れたのは、黒い筐体を抱えた執事風の男だった。
「紹介しよう。これは《運吸装置(ラック・ドレイン)》だ」
「……は?」
ミラが目を細め、ロットが毛を逆立てる。
「なんだそりゃ。運を吸うって、そんなのアリか?」
「この国で“運”はエネルギーとして扱われている。
賭博によって生まれる勝敗の力を、
数値化し、集め、再利用する——国家機密の技術だ」
鴉真は肩をすくめた。
「つまり、“ツキのストック”か。
おもしれぇじゃねぇか」
「これを使えば、天候さえも思いのまま。
つまり、君の嵐を晴らすことも可能というわけだ」
レグナスの声には確信があった。
「……王様、それ反則じゃねぇの?」
「勝負とは常に“手札の差”で決まる。
持っている者が強い——それがこの国のルールだ」
ミラが一歩前に出る。
「陛下、それでは勝負になりません。
ギャンブルとは、対等の条件でこそ——」
「いいや、構わねぇよ」
鴉真の声が割り込んだ。
ミラが振り向くと、彼は笑っていた。
「強いカードを持つ奴と戦うのが、一番面白ぇんだよ」
「ですが——!」
「大丈夫だ。
“運”を吸われるなら、その前に勝てばいい」
その言葉に、ミラは何も言えなくなった。
ロットがにやにやしながら呟く。
「ほんっと、賭け狂ってるなアンタ」
「褒め言葉だろ、それ」
⸻
レグナスは玉座の横に立ち、指を鳴らした。
大広間の天井が開き、外の嵐がそのまま見える。
稲妻が走り、雨が吹き込む。
「——これより、天気賭博の本戦を開始する」
雷鳴の中、王が宣言する。
観客席には貴族や市民が詰めかけ、歓声と賭け声が入り混じる。
「ルールは簡単だ。
この嵐を“晴れ”にできれば私の勝ち。
嵐のままなら貴様の勝ちだ」
「期限は?」
「日の出まで。残り六時間」
「上等」
鴉真はスーツの袖をまくり、
ポケットから銀のダイスを取り出した。
「スキル発動——《ギャンブル》」
雷鳴に重なるように、光が走る。
鴉真の目が鋭く細められ、
風の流れ、雲の渦、すべての“揺らぎ”を読み取っていく。
「……おいおい、こいつ、天気相手に勝負してやがる」
ロットが口を開けて驚いた。
「ツキってのは、風みてぇなもんだ。
読めば流れが見える」
ダイスが弾かれ、空に投げ上げられる。
その瞬間、雨脚が変わった。
ざぁぁぁぁっ——。
雨粒が細かくなり、風の向きが逆転する。
「天が反応してる……!」
ミラの声が震える。
「勝負の土俵を“俺のルール”に引きずり込む。
それが、ギャンブラーのやり方だ」
レグナスが口角を上げる。
「面白い……ならばこちらも出すとしよう。
スキル発動——《リロール》!」
再び空がうねり、雷が炸裂する。
黒雲が裂け、青空がのぞく。
「晴れが出たか。なら次は、俺の番だ」
「まさか——!」
「再ベット。成功率五十パーセント。
賭け金:俺の命」
ミラが思わず叫ぶ。
「バカですか!? そんな賭け——!」
「黙って見てろ。ツキの流れは今、俺にある」
ダイスが転がり、雷が鳴る。
嵐と晴天がせめぎ合い、空が半分に割れた。
片側は青空。
片側は雷雲。
その境界線の真下で、鴉真は笑う。
「決着は、最後の目で出す」
そして、ダイスが止まる。
出目——6。
風が一変。
晴れ間が押し戻され、再び黒雲が王城を覆う。
大粒の雨が降り注ぎ、雷鳴が地を震わせた。
「嵐、復活……!?」
「くくっ……馬鹿な……!」
レグナスが目を見開く。
「ツキは貸し借りじゃねぇ。
勝った方に流れるんだよ」
鴉真が歩み寄り、ダイスを手のひらで弾く。
「——勝負ありだな、王様」
静寂の後、歓声が爆発した。
観客たちが一斉に立ち上がり、拍手と歓呼が広間を満たす。
ロットが肩の上で跳ねる。
「やったな、鴉真! 完全勝利!」
ミラも息をつきながら笑った。
「まったく……あなたという人は、
いつも常識の外側で勝つんですね」
「常識に賭けても、リターンはねぇからな」
嵐の中、鴉真はダイスを握り、
薄く笑った。
「次の勝負は、晴れの日にでもやろうぜ」
その言葉に、王レグナスも微笑んだ。
「いいだろう。
次は“国の運命”そのものを賭ける。
だが今は、敗者としてこの嵐を讃えよう」
雷鳴が再び響く。
空は激しく荒れ、
それでも鴉真の背中だけは、晴れやかに光っていた。
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