『転生ギャンブラー 烏丸鴉真 〜スキル《ギャンブル》で異世界を賭け潰す〜』

KABU.

第1話:目覚めたらダイスが転がっていた

 ——カラララッ。


 耳元で転がる音がした。

 乾いた石のような、だがどこか艶のある響き。

 反射的に目を開けると、視界に入ったのは六面のサイコロ——赤い点が、三つ。


「……スリー、か」


 呟いた声が、やけに鮮明に響いた。

 寝転がっているのは、木製の床。古びたテーブル。壁には金色のランプ。

 まるで異国のカジノのような空間だった。


 烏丸鴉真(からすま・あすま)は上体を起こし、周囲を見渡した。

 薄暗い室内にはテーブルがいくつも並び、中央にはカードを配る少女が立っている。

 だが、客は——いない。

 彼だけだ。


「……夢か? いや、違うな」


 頬を軽く叩く。痛みは確かだ。

 匂いも温度も、現実。

 だが、どう考えてもここは“見覚えのない場所”だった。


 ——最後の記憶は、爆発音だ。

 裏カジノの天井が崩れ、仲間たちが逃げ惑う中、俺はまだポーカーの手札を離さなかった。

 「この一勝負、終わらせねぇと寝れねぇ」

 そう笑った直後、世界が白く弾けた。


「まさか、死んで……異世界、か?」


 思わず口にした冗談に、自分で苦笑した。

 だが——目の前の光景は、その冗談を現実に変える。


 テーブルの向こう。

 ディーラーの少女が、微笑んでいた。


「ようこそ、《ベットリア》へ。転生者さん」


 白い手袋。金の髪。

 まるで人形のような整った顔立ち。

 その声は、どこか芝居がかっていた。


「転生者……ね。つまり、ここは俺の“次のステージ”ってわけか?」


「ええ。あなたは《博打死者(ギャンブル・デッド)》として選ばれました」


「そんなカテゴリがあるのかよ」


「この世界では、“運”がすべてです。

 運を数値化したスキル——《ギャンブル》こそ、あなたの力です」


 少女は一枚のカードを差し出した。

 まるでポーカーの一枚のように、指先で弾かれ、空を舞う。

 カードの表には、金色の文字。



スキル:《ギャンブル》Lv1

・行動を“賭け”として宣言することで、成功率を確率的に変動させる。

・勝てば効果上昇。負ければ代償発生。



「賭けを宣言、ね。勝負ごとなら何でも……ってか」


「はい。ただし——命を賭ける覚悟がある者に限られます」


「命を賭けたら、勝率は上がるのか?」


「もちろん。リスクが大きいほど、リターンは大きくなります」


「——いいね」


 鴉真はカードを受け取り、ゆっくりと笑った。

 久しぶりに血が熱くなる感覚だった。

 この胸の高鳴り。

 勝負の前の“静寂”。

 あの爆発で死んだと思ったが、もしこれが現実なら——神様も粋な真似をしてくれる。


「一つ、試してみようか」


 鴉真はポケットを探る。

 そこには、奇妙に光る銀のダイスが入っていた。

 まるで呼応するように、テーブルの上に光の文字が浮かぶ。



初期テスト:コイントス

条件:成功すれば《幸運値+10》。失敗すれば《HP -50%》

勝率:50%



「へぇ、いきなり半分死ぬかもしれない賭け、ね。悪くないじゃねぇか」


 ディーラーの少女が、わずかに目を見開いた。

 普通の転生者なら、まず拒む。

 だが烏丸鴉真は、笑っていた。


「賭けってのは、“負ける勇気”がない奴にはできねぇんだよ」


 指先でコインを弾く。

 銀の軌跡が、空を切り裂く。

 ——チン、と高く鳴った。


 光が収まり、コインがテーブルに落ちる。

 表には、金の紋章。

 《WIN》。



結果:成功。幸運値+10。スキル熟練度上昇。



「おめでとうございます」

 ディーラーが微笑む。

 だが鴉真は、ただ肩をすくめた。


「当然だろ。俺が勝負して負けるわけねぇ」


「……あなた、面白い方ですね。普通の転生者は、もっと慎重に——」


「“普通”が勝つ勝負なんて、この世にねぇんだよ」


 口元に咥えたダイスを、軽く噛む。

 カラリと音がして、テーブルに転がる。

 六の目。

 最高の出目。


 少女は少しだけ黙り、やがて笑った。


「では、正式に登録します。《博徒(ギャンブラー)》烏丸鴉真。

 あなたのチップは——命です」


「望むところだ。勝ち目があるなら、賭ける価値がある」


 その瞬間、室内の光が変わった。

 壁が崩れ、外の世界が開く。

 街全体が光のチップのようにきらめいている。

 巨大な看板。カジノタワー。運命を賭ける人々の笑い声。


 ——ここが、“異世界ベットリア”。

 勝てば王に、負ければ消える世界。


「いい世界じゃねぇか。俺の性に合ってる」


 鴉真は黒のジャケットの裾を払う。

 かつての博徒の魂はそのままに、

 異世界のチップを手に、静かに呟いた。


「よし。最初の賭けは、この世界全体だ」


 ダイスを握り、笑う。

 その目には、誰も見たことのない確信が宿っていた。


 ——転生ギャンブラー、烏丸鴉真。

 ここに誕生。

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