名探偵蛇喰はドS校閲者

天野 純一

第1話 底辺作家・天野純一

あたりさぁん。あとちょっとだけ。あとちょっとだけでいいですからぁ」


「ダメです。締切は厳守です。だいたい今までどれだけ引き延ばしてきたと思ってるんですか」


「えぇ……冷たぁい……」


 僕の名前はあまじゅんいち。四年前にとある新人賞の奨励賞に引っ掛けてもらい、運良く作家になることに成功した。そこまではうまくいっていたのだが——。


 あいにくネタが全く浮かんでこない。一瞬にして文壇の藻屑と化し、底辺に転落した。


 今ソファで向かい合っているのは、編集者の中さん。グズグズの僕を見放さないでいてくれている唯一無二の担当さんだ。


 でも彼女はいつもそっけない。もうちょい優しい言い方してくれてもいいのになぁ。


 彼女は相変わらずの冷ややかな瞳で言う。


「何が何でも今日中に書き上げてください。今回の企画はアンソロジーです。他の先生方に迷惑がかかります」


「ぐぬぬ……」


 ぐうの音も出なかった。今回の企画は「『月が綺麗ですね』を題材とした5000字以内の掌編アンソロジー」。


 書くネタが一向に思いつかず、ずるずる引き延ばしてきたのだ。中さんがド正論なのは僕も分かっていた。そもそも彼女が正論以外を口にしたことはない。


「今日中ですよ。今日中」


 何度も釘を刺してから彼女は去っていった。


 一人取り残された僕は「うんうん……」と声に出して唸るも、いいアイデアは浮かんでこない。


 月が綺麗……月が綺麗……。うーん……。


 あーもう無理。時間もないし適当に書いちゃえ。

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