第19話 正義が科すのは『罪の重さ』

「あなたの妻?を殺したのも私ですよ。

 名前は、そう、田村真衣でしたか」


「……っ!?」


 赤洛しゃらくは言葉を失った。

 田村真衣……自分が愛した女性の名前。

 忘れるはずもない。


 だが、おかしい。

 梨香からは『真衣は今、病院で治療を受けている』と聞いていた。


 治療が終われば、また親子3人で暮らせるとも。


 死んだなんて話は、聞かされていない。


「私が彼女を見つけたのは、

 実験の被検体を探しに精神病院を訪問した時です」


 登戸のぼりとの話は熱を帯びて止まらない。


「見た瞬間に分かった。

 その身から漏れ出る霊力と闘気。

 彼女は『術士適性』を有していた。


 最初は驚きましたよ。

 なぜ、こんな場所に『術士』がいるのかと。


 帝国の礎たる『術士』が、

 人間としてすら扱われない、

 最底辺の医療を受けている。


 これは由々しき事態。

 私は早急に、彼女について調べました。


 調べて、さらに驚きました。


 彼女はもともと、『非術士』だったのです!


 非術士が後天的に術士になることは滅多にない。


 彼女はとても貴重なサンプルで、尚且つ、

 私の研究を成功へと導く最後のピースだと、


 そう、確信しました。

 

 だから、私はすぐに彼女を引き取り、

 尋問と、分析、そして最後に解剖を行いました。


 そうして得られた、非常に興味深いデータの数々。


 あぁ、あれは実に素晴らしい被検体でした。

 じゅる……おっと、よだれが……失敬。


 私としては、実験の一部始終をお話ししたい。

 他ならぬ、あなたに。


 ですが、残念。

 私たちの時間は有限です。

 まだ、やるべきことがたくさん残っています。


 ですので、本題だけを簡潔に述べましょう。


 田村真衣。

 彼女はあなたと交わり半妖の娘を産んだことで、

 後天的に霊力を手に入れた。


 つまり、

 私の研究を成功に導く最後のピースは、

 田村真衣と、その娘。

 母と子、2人揃って最後のピースだったのです!


 今すぐ娘を差し出せば、

 あなただけは苦痛なく殺してさしあげましょう。

 さぁ、どうしますか?」


 登戸のぼりとは軍人であると同時に研究者でもある。


 軍人譲りの『冷酷な正義感』と、

 研究者譲りの『童のような知的好奇心』。

 彼は2つの顔を有している。


 今、恍惚と瞳を輝かせている彼は、まさに後者だ。


 赤洛しゃらくの脳内が、真っ白に染まる。


 実験体、術士適性、非術士。


 生まれて初めて聞いた言葉で、

 登戸のぼりとがいったい何の話をしているのか、

 まったく分からなかった。


――だが、


「つまり、おどれは……。

 真衣も、梨香も、殺したんじゃな?」


「はい。その通りです」


 目の前の男が、

 自分の大切な者を奪ったことだけは理解できた。


「ぶっ殺したるァッ!!」


 恐怖は、完全に怒りへと塗り潰された。


 うちに秘めていた莫大な闘気が爆発する。


 赤鬼の巨大な肉体が、

 怒りの熱でより一層どす黒い赤へと変色していく。


「交渉決裂ですか。

 ならば仕方がない」


 赤洛しゃらくは大地を砕き、登戸のぼりとへと猛然と殴りかかる。


「お前たちは私の補助に回りなさい。

 『活かさず、壊さず』。

 手はず通り、無傷のまま屈服させます」


 登戸のぼりとが号令をかける。


「「「はっ!」」」


 結界術を維持している一人を除き、

 部下たちが一斉に動く。


 赤洛しゃらくが踏み込もうとした瞬間、

 足元の地面が泥沼と化し、

 その巨体が深く沈み込んだ。


 体勢を崩した赤洛しゃらくの死角から、

 風をまとって加速した登戸が急接近する。


 泥沼による足止めも、風による加速も、

 すべて登戸のぼりとの部下によるものだ。


 戦術は徹底されていた。

 攻撃を加えるのは登戸のぼりとのみ。


 また、登戸のぼりとは腰の軍刀を抜かない。

 肉体を傷つけてしまったら、

 綺麗に皮を剥げないから。


「おおおおおッ!」


 赤洛しゃらくは泥に足を取られながらも、

 渾身の力で巨大な拳を振り回す。


 だが、風のサポートを受けた登戸は、

 まるで人間を嘲笑う蠅のように、

 紙一重でその暴威を躱していく。


 そして生まれたわずかな隙に、

 登戸のぼりとの拳が赤洛の胴体にトントンと、

 無機質に打ち込まれた。


(……軽い?)


 分厚い皮膚と筋肉には、

 まるでダメージが通っていない。


 しかし、打撃を受けた箇所から、得体の知れない『何か』がじわじわと広がっていく。


 何かされているのは分かる。

 けれど、それが何なのかは分からない。


「何なんじゃ、おどれらは……!」


 何度拳を振るっても当たらない。

 それどころか、

 打撃を受けるたびに『何か』が体にまとわりつく。


 寄生虫に侵されていくような、

 薄気味悪い違和感が全身を蝕んでいく。


「さっきからチマチマ、チマチマと……ッ!

 真衣の、梨香の恨み……絶対に晴らしたる!」


 苛立ちと焦燥感から、赤洛しゃらくはさらに大振りの攻撃を繰り返す。


 そんな鬼の姿を見て、登戸のぼりとは薄く笑った。


「もう十分でしょう。

 ひれ伏しなさい。

 『獄刑ごくけい重科業秤じゅうかのごうひょう』」


――ズンッ!!


「グゥゥゥッ……!?」


 突如、赤洛しゃらくの体にすさまじい重圧がのしかかった。

 足元の地面がひび割れる。

 巨岩を背負わされたような重さ。


「何じゃ……これは!」


「それは、罪の重さです」


 登戸のぼりとが口角を歪め、冷酷に告げる。


「私の拳を受けるたび、あなたの『罪』が重力となって肉体に重くのしかかる。

 咎人とがびとを地に縛りつける、正義の術式です」


 これこそが登戸のぼりとの固有術式。

 軽い打撃は、ダメージではなく重力をスタックするための『仕込み』だったのだ。


「ぐ、おおぉぉぉっ!」


 それでも赤洛しゃらくは、全身の筋肉を軋ませながら、気力だけで立ち上がる。

 そして執念で、登戸のぼりとへ腕を振り下ろした。


「ほう、まだ立ちますか。

 よろしい、続けましょう。

 立てなくなった時が、あなたの最後です」


 動きの鈍くなった赤洛しゃらくの攻撃は、あっさりと躱され、再び拳がめり込む。


 殴られるたびに、重力が増す。

 腕が上がらない。

 足が前に出ない。


 そしてついに。

 赤洛しゃらくは片膝をつき、そのまま地面へと突っ伏した。


「ふぅ、やっと動けなくなりましたか。

 これでゆっくり、皮を剥げますね」


 チャキッ、と。

 ここで初めて、登戸のぼりとは腰の軍刀を抜いた。

 冷たい刃の輝きが、赤洛しゃらくの首筋へ向けられる。


「ぐ、クソォ……!

 真衣……梨香……菊千代……!」


 体を1ミリも動かすことができない。

 赤洛しゃらくの目から、絶望の涙がこぼれ落ちる。


 軍刀が、無慈悲に振り下ろされた。


――死門遊観しもんゆうかん


 その瞬間、

 軍刀の刃が赤洛に触れるより早く、

 赤洛しゃらくの巨体が、音もなくかき消えた。


     ◆


「ようやく、ちゃんと話し合えますね」


 目を開けると、赤洛しゃらくはいつの間にか別の場所にいた。


 どこを見渡しても、炎が燃え盛る荒野。

 硫黄の臭いが鼻を突き、

 生命の気配を一切感じない。


 それはまるで、お伽話に聞く『地獄』そのもの。


「さぁ、赤鬼さん。

 僕と『賭け』をしましょう」


 未だ、登戸の術式によって地面に張り付けられている赤洛しゃらくの視界に、小さな足が映った。


 頭だけ動かして見上げると、そこには、

 昨日、娘を襲ったあの少年が立っていた。

 

 少年は、燃え盛る業火を背に、

 優しく、されど真剣な表情で問いかける。


「賭けの内容は、とてもカンタンです。

 僕を信じるか、信じないか。

 ――どちらに賭けますか?」

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