第10話 第二の人生の初の授業

重要な自己紹介の場面。


最初の印象で、今後の人間関係は大きく変わるはずだ。


デスブリングは緊張で真っ白になっている頭に、強引に酸素を送り込みながら、昨日のことを思い出していた。


「なあジェミニ。自己紹介って、どんなギャグを言えばいいと思う?」


デスブリングは目の前には、人型となったジェミニの姿があった。少しでも対人に慣れるため、自宅では人型で過ごすよう命令している。


「ギャグは止めたほうがいいですね」


「え? お前、今はお笑いがブームとか言ってなかった?」


「言いましたが、問題はマスター。あなたです」


「え? ワシ?」


「ギャグがクソゲソつまらない」


「おふっ!」


デスブリングは心臓麻痺になるほどのショックを受けた。


「よくよく考えれば、マスターは116歳。百年以上前のギャグセンスが今の若者にウケるはずがありませんでした」


「冷静に考えれば確かにそうだけど、言葉にされるとワシまじで辛い」


デスブリングはしょんぼりとなって、ジェミニが入れてくれた紅茶を飲んだ。


「なので、戦略を変えましょう」


「あるのか!?」


「人は共通の趣味を持つと仲良くなれる傾向があります」


「おおう! 確かにそうだな!」


「ちなみに、マスターの趣味はなんですか?」


「最近は人間観察だな」


ジェミニは、うわぁとドン引きした顔になった。


「なんだよ?」


「うわ~」


「口に出しやがったな! 顔で既にショック受けてたのに! 二度もワシの心を抉りやがったな!」


「データによると、もっとも友達ができない趣味が、人間観察ですよ。もう友達諦めたらどうです?」


「いやいやいや、なんで? 人間見てると楽しいよ!」


「そんなに人間見ている時点で、友達いないって主張しているようなものでしょう」


デスブリングはショックと「そうだね」という納得が入り混じった複雑な顔を返した。


「他には?」


「え? 他に…? そうだな。最近はお前の開発をしていたから、人口生命体の創造かな?」


「いや、最近って、20年以上前ですよ? それに人口生命体の創造は禁忌魔法です」


「え? 駄目なの?」


「友達諦めましょう」


ジェミニは優しい笑顔で、デスブリングの肩に手を置いた。


「というか、ワシの趣味はもういい!! 要は、ワシが今の若者の趣味に合わせればいいだけだろ!?」


ということもあり、趣味についての予習はバッチリだった。


(ふふふふ。これで、ワシに興味を持ってくれるはず)


「そして、ワシの趣味は…」


「あ、そういうのいいですから」


何故かミラが発言を止めた。


デスブリングはまじまじとミラの顔を見る。まじかコイツと思った。


「誰も君の趣味に興味はないから。それでは授業をはじめます」


「あ、あの…。わ、ワシの席は?」


まさか、「君の席はありません」と言われるんじゃないかと、デスブリングは気が気ではなかった。というか、この教師なら言いそうだった。


「席は自由です。空いているところに座ってください」


そこで初めて、デスブリングは教室を見回した。


誰もがデスブリングと目を合わせないよう、教科書に視線を向けている。


「ん? あれ?」


そこでデスブリングは気づいた。


校長の銅像の前で自分を通報した少女の姿があった。


桜色の髪で整った顔立ちの少女──メルルだった。


「あ、おま…君は、ワシを通報した生徒!?」


周囲の視線が一気に集まる。


メルルはちらりと冷たい視線を投げると、すぐに教科書に視線を落とした。


「いやぁ、ききき、奇遇だな」


メルルの隣は空いていた。


これ幸いとばかりにデスブリングはそこへ移動しようとする。


「先生」


メルルが手をあげた。幼いが凛とした声。


「私が通報した変質者が隣にいては、授業に集中できません」


「それもそうね。コデス君、そこは駄目」


「…まじ?」


デスブリングは恨めしそうにメルルを見るも、彼女は完全に無視を決め込んでいた。


他に空いている席を探す。


後ろのほう、地味な雰囲気の少女の隣が空いていた。


「あ!? おま…君は、ワシを通報した生徒!」


エルはすごく迷惑そうな表情をすると、そっぽを向いて無視を決め込んだ。


「君は何回通報されてるのかな~?」


ミラが少し剣のこもった声で聞いた。


「いや~、今年はまだ2回かな」


「普通はゼロ回なんだけど。あと、今年って何?」


「先生」


エルがちょこんと手をあげた。小さくてくぐもった声。集中しないと聞き取れない。


「私も嫌…です」


「そうね~。というか、君はどうして通報した相手の隣に座ろうとするの?」


「いや、ワシに言わせれば、空いてる席の隣が何故か通報者なんだけど?」


「先生~」


今度は別の生徒が手をあげた。


金色の髪に三つ編みを編み込んだボブカットをしている。活発で明るく、華やかな雰囲気の少女だ。


「なに? リーリエさん」


「早く授業を始めませんか? みんなが嫌がってばかりだと決まるものも決まらないですよ?」


教室の中心にいる彼女の周りは、どこも席が空いていなかった。

人気者なのだろう。


「そうね。エルさん。我慢して」


「なっ! でも…」


周囲からくすくすといった笑い声が漏れ聞こえる。


エルはぎゅっと唇を噛みしめて、何かに耐えているようだった。


『良かったですね、マスター。これで次の作戦を実行できます』


『ああ、そうだな…』


デスブリングはエル様子が気にはなったが、今は席に着くことを優先した。


次の作戦。

それは、教科書を忘れてくることだった。


「何しに学校に行くんですか? マスター」


昨日の夜、この作戦を伝えたところ、ジェミニに駄目だしされてしまった。


「いやいや、ワシが学校に行く目的は友達だから! 授業なんて百年前に首席で卒業してるから!」


「そういや、そうでしたね。でも、どうして教科書を?」


「ふっふっふ。教科書を忘れたらどうなるか想像できるか?」


「廊下に立たされますね」


「いや、お前いつの価値観だよ?」


「百歳越えのジジイに言われたくはないですね」


ジェミニはムッとして答えた。


「教科書を忘れたら、隣の席の子が見せてくれるんだよ。そこから会話のきっかけが生まれて仲良くなれる」


「確かにそうですね。ジジイの戯言かと思っていました」


「お前、なんか根に持ってる?」


そんな訳で、デスブリングは教科書を持ってきていなかった。


「コデス君。教科書の87ページを開いてください。あれ? 教科書は?」


ミラの質問に、デスブリングは頑張って演技しながら答えた。


「あ、あああ、あれ~。な、ないな~?」


『マスター。演技下手くそですね』


『うるせぇ!』


「コデス君」


ミラはいつもと変わらぬ声で尋ねた。


「もしかして、教科書。忘れちゃった感じかな?」


「そ、そんな感じですね~」


デスブリングはえへへと笑いながら答える。


「じゃあ、廊下に立ってなさい」


デスブリングは本日何度目かの、マジかコイツという表情になった。


****


オキロ校長は気が気でなかった。


一度首席で卒業したデスブリングが、真面目に授業を受けるはずがない。


「いったい、何が目的なんじゃ? 聞いとけば良かったなぁ」


すぐにぶんぶんと顔を横に振った。


「いやいや。あれがあのときの最善手じゃった。目的を勘繰れば、儂ばかりか、この国が滅びる」


本当はデスブリングの様子を見に行きたかったが、それは危険な選択肢だ。


仮にデスブリングの様子を見に行ったとする。


他の生徒に見つかる。


校長何をしてるんですか?と。


あ、いや~。


誤魔化そうとしたオキロの前にデスブリングが現れて、


「他の生徒と同じように扱うと言ったはずだが?」


「あ、いや。その…」


「不愉快だ! 死ね!」


グノーシス魔法学校、消滅。


「うう! 駄目じゃ駄目じゃ!」


オキロは震えながら、ぶんぶんと頭を振って、その考えを消し去った。


「かと言って、デスブリングを特別扱いするのも駄目じゃ」


オキロは想像した。


デスブリングと仲良くするように、教師や生徒たちに公言したらどうなるか?


「どうして彼だけを特別に?」


「いったい彼は何者なんだ?」


生徒たちの不満に、保護者や理事会も動き出すだろう。


「よし、あのコデスという少年が何者なのか調べよう!」


「ま、待て! それだけは──!」


そんなオキロの前にデスブリングが現れる。


「ワシの正体を探ったな? 不愉快だ!」


グノーシス魔法学校、消滅。


「うがあああああ!! マジで儂、泣きそうなんだけど?」


そのとき、1限目の授業終了のチャイムが鳴った。


オキロは職員室の前に移動すると、ミラ教師が帰ってくるのをそわそわしながら待った。


「あら? どうしたんですか? 校長」


ミラが無事に帰ってきたのを見て、まずはほっとした。トラブルがあれば連絡があるはずだが、やはり不安は消えなかったのだ。


「おお、ミラちゃん。その…どうじゃった? 新入生の様子は?」


「ああ…」


ミラが頬を掻いてから答えた。


「教科書を忘れたとか、ふざけた態度だったので、廊下に立たせました」


「…………へ?」


オキロは聞き間違いかと思った。

聞き間違いであってほしいと願った。


「ろ、廊下に立たせちゃったの? …マジで?」


「はい。両手に水の入ったバケツ持たせ──えっ!? 校長!?」


オキロは口からぶくぶくと泡を吐いて、そのまま気絶してしまった。

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