第3話

 前方に海が見える小高い丘に建つ建物。手入れされた庭先では、紫陽花が咲いている。

「こんにちは。少し宜しいですか?」乾が低姿勢で女性に話しかけ、共に手帳を見せると怪訝な顔をした。

「何でしょう」

「なかのざわ海の学園という児童養護施設をご存知ありませんか?」

「知っていますけど、何か」

「そこに入所していた方を調べておりまして」

 さらに女性の顔が曇る。

「刑事さんなら居場所ぐらい知っているでしょ」

 乾は苦笑する。

「施設関係者の方とお知り合いだったりしませんか?」

「生憎。やることがあるの。もういいかしら」

「お時間取らせて申し訳ありません。ありがとうございました」

 女性は逃げるように、建物の中へ姿を消す。

「資料あるのに、態々確認する必要あったんすか」

 乾は溜め息を吐く。会話が面倒な俺は、「ある」とだけ言って、助手席に乗り込んだ。時計の針は十五時をさしていた。


 署へ戻ってすぐ、俺は被疑者の通夜へ足を運んだ。開始から一時間経っていたが、式場は喪服姿の人で溢れかえっていた。

 焼香を済まし、式場を後にしようとした時、「亘さん?」と名前を呼ばれた。振り返ると、黒を基調とするスーツを着ているホスト、イッセイの姿があった。

「やっぱり、来てくれたんすね」

 昨日の聴取時よりも、頬の辺りが痩せた感じがした。

「貴君には公私共に世話になったからね」

「そうですね」イッセイは柔らかな笑みを浮かべる。

「亘さん、またお店に来てくださいね。一応、明日から営業再開する予定なので」

「明日か。早いな」

「社長命令だって、そう遺書に書かれていたので」

「……遺書」

 遺書なんて所持品の中にあったか。俺が見忘れただけか。いや、それはない。同期に電話してみるか、署に戻って確認したほうがよさそうだ。

「どうしたんですか、亘さん」

「あぁ、いや、何でもない。わかった、貢ぎに行くよ」

俺が頷くと、イッセイは嬉しそうに笑った。

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