クラスで一番存在感のない女子が、実は数百年前から転生を繰り返してる古代魔女で、見てしまった俺は「じゃあ弟子ね」と放課後を全部もっていかれた話

@pepolon

第1話 旧校舎で世界が止まった

旧校舎ってさ、なんであんなに電気暗いんだろうな。


部活の資料を取りに行けって言われて、俺――浅見悠斗は、誰も使ってない理科棟のほうを歩いてた。夕方のチャイムはもう終わってる。窓の外はオレンジ色、でも廊下は灰色。足音がやけに響く。


階段を降りかけた瞬間だった。


――音が、全部止まった。


本当に“一瞬だけ”じゃない。体育館のバスケの声も、運動部の足音も、グラウンドの笛も、ぜんぶ。世界が「一時停止」ボタンを押されたみたいに、しん…と沈む。


「……は?」


思わず階段の手すりをつかんだ俺の下。踊り場の先のスペースに、ひとり立ってる女子がいた。


黒川 梨々花。


同じクラスの、名前を思い出すのに0.5秒かかるあの子。いつもは茶色かグレーのカーディガンを着て、髪もまとめず、声も出さず、「写真見返したら背景にだけいる」タイプのやつ。


でもいまそこにいた黒川は、あの“背景の子”じゃなかった。


髪は高めにまとめた黒のポニーテール。肩より少し上で結んでて、毛先がふっと揺れるたびに光を拾う。前髪はぱつっと整ってて、額がきれいに出てる。細い顎、通った鼻筋。制服もだるく着てなくて、ウエストをきゅっと絞ってるから、ラインがわかる。


「……え、だれ」


反射でそう言った。クラスにこんなきれいなやついたか?って真面目に考えた。


その黒川が、何かを空中に浮かせていた。


直径一メートルくらいの、青白い円。水面を立てて、そこに幾何学模様を走らせたみたいな光。円の縁をぐるぐる回る古い文字。見たことないのに「呪文だ」ってわかる。床にはうっすらと同じ円が重なってて、まるで空中と床とを“縫い合わせてる”みたいだった。


なによりおかしいのは、そこだけ空気のスピードが違うことだ。黒川の髪だけ、スローモーションみたいに揺れてる。世界が止まってるのに、あの子だけ動いてる。


「……はあ」


黒川が、俺を見て息を吐いた。いつもの小さくてぼそぼそしたやつじゃない。はっきりと、よく通る声。落ち着いた女の声。


「気配、落としてたのだけど。旧校舎まで来るなんて、あなた、用事以外で歩き回るタイプね」

「いや、部活のプリント取りに……っていうか、なにそれ、映画?」

「本物」


即答。


「音を止める結界。私単独で動けるようにするやつ。……見られたわね」


目が合った。黒い。けど真っ黒じゃなくて、光を飲む感じの黒。まつ毛も長い。正直、女子として完成度が高すぎる。ああ、こいつ本当はめっちゃ可愛いのに、いつも自分で“存在感を消してる”んだ、とすぐ分かった。


「いや、今のは俺悪くないだろ。鍵もかかってなかったし」

「悪いのは私。強すぎる術は、普段は使わないようにしてるの。……けど今日は急ぎだったから。だから――」

「だから?」

「あなたを弟子にするわ」

「はやっ」


俺のツッコミ、結界のせいでやけに響いた。


「見た人間を“無関係”のままにしておくのは危ないの。私を探してる連中に“見た”って意識だけでも拾われたら、辿られる」

「え、なにそのホラー仕様」

「だから関係者にしてしまうのがいちばん早い。あなたは“古代魔女リズの現代弟子”ってことにしておけば、あとは筋が通る」

「古代魔女?」

「私のことよ」


黒川――いや、本人がそう言ったからにはリズなんだろう――が、指先で空中の円をなぞる。文字がぱらぱらと崩れて、階段の壁に吸い込まれ、音が戻る。さっきまで止まってた世界が、何事もなかったみたいに動き出した。グラウンドの声、また聞こえる。すげえ。


でも、この踊り場だけはまだ“浮いて”る。俺とリズのところだけ、少し透明な膜が張ってる感じ。


「……リズって、さっき言った?」

「ええ。前は“夜女王(ナイトウィッチ)”って呼ばれてたけど。いまは黒川梨々花。おとなしい女子高生。よろしく」

「ギャップの暴力だな」

「生き残るにはこうするしかないの」


そう言って、彼女は自分のポニテを後ろで軽く直した。黒髪がさらっと落ちる。その仕草ひとつで“本当は目立つ側の人間”ってわかる。普段の地味キャラが嘘くさくなるレベル。


「で。さっき“探してる連中”って言ったけど」

「いるの。私の昔の術式や道具を、いまだに漁ってる回収屋が。私は転生で力を分けすぎたから、いまはそこまで派手に動けない。だから気配を消してた。――なのに、あなたに見られた」

「悪かったって」

「悪かったで済まないの。見た人は“私に守られている人間”という枠に入れておかないと、狙われる」


“守られている人間”。


その言い方がやたらと現実的だった。「弟子にしてあげる」じゃなくて、「守るから抱き込む」。結構ドライだ。


「……俺、魔法とか使えないよ?」

「あなたは使えない。けど、あなたの中に“私の魔力が通る穴”がある」

「え」

「覚えてるでしょ。幼い頃、黒い石を拾ってすぐなくしたこと」

「……覚えてるけど。なんで知ってんの」

「私の封印核だからよ。あなたは偶然踏んだだけ。だからあなたの中に、私だけが通れる道が残ってる。――つまり、あなたは“私専用の魔導回路”」

「機械みたいに言わないで」

「実用性が高い、って褒めてるの」


褒め方どこかおかしいだろ。


「じゃ、浅見悠斗。放課後に時間空けておきなさい。あなたの中にある“私の道”をちゃんと開けておかないと、こっちも危ないから」

「待って、スケジュール勝手に入れないで。バイトも――」

「優先順位を間違えないで。あなた、今日から“魔女の結界を見た高校生”なのよ。普通の予定はその次」

「圧がすごい」


でも、そう言ったときのリズは、さっきまでの冷たい顔じゃなかった。目立たない魔法を外してるぶん、表情がちゃんと見える。まつ毛の影、頬のライン。ほんとに、ちゃんと見た目は“表に出たら人気出るやつ”なのに、それをわざわざ隠してる。


「……なんでそこまで隠すんだよ。今のままのほうが絶対いいだろ。普通にモテるし」

「モテると、古い知り合いが来るのよ。“あなた、まだ生きてたのね”って」

「こわ」

「だから隠す。だから気配を落とす。だから“地味な黒川”でいる。――でも、あなたみたいに見えてしまう人は例外。隠しきれないから抱き込む。それだけ」


筋は通ってる。すげえ迷惑だけど。


「……わかったよ。じゃあ弟子でもなんでもいいけどさ」

「素直で助かるわ」

「その代わり、ひとつ教えて」

「なに?」

「さっきの、世界を止めるやつ。あれ、俺でもできる?」

「私が媒介すれば、20%くらいまでは。世界全停止は無理。校舎一棟くらいならたぶんいける」

「やば」

「あなたがやるなら、ちゃんと“先生の許可が出てる風”に擬装もつけるわ。バレたら困るから」


至れり尽くせりである。いや、違うな。これは俺が便利だから全力で道具にしにきてるだけだ。


「……じゃあ、先に言っとくけど」

「なにかしら」

「俺、口は堅いよ。友達にも言わない。言ったところで信じないし」

「それが一番危ないのよ。“信じないけど一応話聞いた”っていう曖昧な意識、辿られやすいから」

「うわ仕様めんどくさ……」

「だから弟子にするって言ってるの」


リズが指を鳴らすと、最後に残ってた膜がぱん、と弾けて消えた。世界が完全に普通に戻る。旧校舎の冷たい匂いと、体育館からの歓声。さっきまでの“魔女の時間”は、この踊り場にしかなかった。


リズはすっと俺の横を通り過ぎる。黒髪ポニテが肩をなでる。ふわっとハーブみたいな匂いがした。古代魔女のくせに女子力たけえな。


「じゃ、屋上。ここじゃまた誰か来るわ。初回は安全なところでやりたいの」

「初回って言ったな、今」

「弟子は1回じゃ終わらないわ。覚悟して」


振り向いた彼女は、もう“地味な黒川”に戻っていた。さっきまでの光も、美人モードも、ぜんぶ魔法で落としてる。けど俺にはわかる。落としてるだけで、下にはちゃんとあの姿がある。


――この学校でいちばん目立たないやつが、実は何百年も前の魔女で、いまだに狙われてて、で、俺はそれを見た。


それを知ってるの、今のところ俺だけ。


そりゃ、ちょっとワクワクするだろ。

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