腕が生えたスイカとの一騎打ち【スイカ割りファンタジー】

ノア

スイカとの一騎打ち

 タケシは激怒した。


 自分を海に誘わなかった、クラスメイトのあいつらのことが許せなかった。


 こんなに激怒したのは、母親からおつかいために貰ったお小遣いをスーパーのカプセルトイで全て使い果たしてもなお目当てのものが出ず、両親からキツく叱られた時以来だ。


 みんなと海に遊びに行った時のために、屋外サウナを自作するスキルを毎日コツコツ磨き上げてきたというのに……全く奴らはセンスがない。


 タケシは額に青筋を立てながら、油性のマジックで入念に慎重に--クラスメイトのフルネームを力を込めて書き込んだ。

 デカく書き過ぎて呪いのお札みたいになってしまったが、まあ問題はない。

 今からのこのスイカを庭ごと叩き斬り、スッキリするのだから--


 タケシは祖父の家からパクってきた真剣を両の手で持ち、鮮やかな煌めきを放つ銀の刃に視線を向ける。


 --素晴らしい曲線だ。


 一点の曇りもない。

 おじいちゃんが大事に大事に保管してきた代物だけあって、保存状態は完璧という他ない。


 これがもし人間なら--清廉潔白かつ純粋無垢な、とんでもない善人であったことだろう。

 そんな刃を今から恨みを込めた呪いのスイカにぶつける--その高揚感でタケシの口角は天に届くほどに上がっていた。


「……ふぅー」


 タケシは息を吐き出し、深く集中する。


 スイカは目と鼻の先。

 距離は取らず、目隠しもせず、足元に置いたスイカに鋭い一撃を振り下ろすのみ。


 今頃クラスメイトたちは、海で楽しんでいるだろう--渾身の一振りとするために、あえて腹が煮えくり変えるような妄想映像を脳内で流し、タケシの筋肉は悲鳴を上げるほど活性化する。


 --いける!


 剣道とかは特にやったことはないが、今の自分は剣技において間違いなく日本最強の実力者!

 そんな過剰な自信に溢れた一撃は、鋭くスイカの脳天を捉えた。


 おじいちゃんの努力よって整えられた完璧な保存状態の真剣。

 タケシの雑魚筋力だろうと、相手はただのスイカ。

 真っ二つにすることなど楽勝--


 なはずだった。


「何っ!?」


 刃が止まる。

 スイカの脳天に届く前に、空中で停止する。


 何事かと目を見開けば、スイカからムキムキの腕が生えていた。


 ……信じられない光景に、呼吸が止まる。


 --なんだこのボディビルダーみてぇな筋肉は!? まるで重戦車だ!


 タケシは恐怖した。

 強靭な装甲によってもたらされる防御力と、敵を一撃で粉砕するかの如く膨れ上がったアルプス山脈--


 その二つが見事に共存している。

 これほど完成度の高い実用芸術作品は見たことがない。


「だ、だからなんだ……!」


 しかしタケシはすぐに意識を切り替えた!

 プロのスポーツ選手が使用するメンタルリセット法。

 ミスを引きずらないために有効な手段だが、タケシもこれを身につけていた。

 彼のメンタルリセット法--それは、くっそえっちなグラビアアイドルを脳内のありとあらゆる場所にポスターとして貼り付けることだ。


 右も左も、上も下も--どこを見ても、くっそえっちなお姉さんの姿しか視界に映らない。

 こうなればもう怖いものなどない。

 彼の口角は再び天界に届くほどに上昇し、恐怖心などいずこへと消えてしまった。


 だが再びスイカに視線を向けると、今度は堪えようがないほどの怒りが湧き上がってくる。


 スイカは太く強靭な指をクイッと動かし、挑発してきたのだ。

 顔はないのに余裕の笑みが伝わってくる。

 いやむしろこちらをとんでもなく見下している気さえする。

 --それがタケシには我慢ならなかった。


「スイカごときがっ!! 舐めやがってぇ!!」


 タケシは飛んだ。

 ジャンプする必要など全くないのに。

 次のコマではやられてるような雑魚敵の動きを見事再現し、斬りかかる。


 結果は--


「ぐぼぉおっ!?」


 見事な右アッパー。

 見事な突き上げパンチ。


 盛り盛りに膨れ上がったアルプス山脈から放たれる一撃は、的確にタケシの顎を捉え、彼を数十メートル吹っ飛ばした。


「あっ、がぁ……っ!」


 地面の上で悶絶するタケシ。

 しかし真剣は手放さない。


 今の衝撃でも武器を離さず、よろめきながら立ち上げる彼に、スイカは賛美の拍手を送った。


「こん……のっ……!」


 タケシは激怒した。


 膨れ上がった筋肉から繰り出された一撃……あれをまともに喰らったにも関わらず、多少顎が痛むだけで済んでいる。

 --つまり明らかに手加減されている!


 そのことがタケシは許せなかった。

 もはやクラスメイトのことなどどうでもいい!


 --勝ちたい! このスイカに勝ちたい!

 --勝って、漢としての強さを証明する!


 タケシは何度も攻撃を仕掛けた。

 ジャンプ斬り、ダッシュ斬り、背面斬り、兜割り。

 ゲームや漫画で見た攻撃手段を見様見真似で繰り出し、

 そして避けられ、殴られ、吹っ飛ばされ--


 それを何度も繰り返すうち、自然と笑みが溢れた。


 こんな青春を望んでいたと……!

 これこそが、小学生にとってふさわしい挑戦だと……!



「うぉおおおおおおお!!!」



 タケシは諦めない。

 ムキムキのスイカを打倒するその時まで。

 彼の挑戦は終わらないのだ--


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