傷の女神

セミロングな冬

傷の女神

ああ…、私は悲しい。この傷のために。この打ち傷は癒しがたい。しかし、私は言った。「まことに、これこそ私が負わなければならない病だ。」

エレミヤ書10章19節より


事故現場。間宮淳一の乗っていた車に突っ込んできたトラックが横転。車内で幼い淳一を抱きしめる母。衝撃で外に飛ばされた美里。運転席の父はどうなったかわからない。


救急隊員「おい!早くしろ!子どもが車内に取り残されてるぞ」


淳一の意識が遠のく。



 【傷の女神】



水曜日


雪がぽつぽつと降っている。


〇大学


大講義が終わり、帰り支度をする淳一。


〇自宅


家に着き、コンビニで買ってきた弁当を電子レンジで温める。パソコンを開き、大学の課題をしながら温めた弁当を食べる。


レポートを終え、スマホを見ると23時を回っていた。風呂に入り、歯磨きを済ませベッドで寝そべりながらスマホを見る。そのまま寝落ちした。


スマホのアラームが鳴る。眠い目を擦りながら画面を見ると朝8時半を回っていた。


淳一「やっべ…」


慌てて身支度をし、リュックを背負い家を出る淳一。


〇バス停


急いでバス停に向かったが、乗るはずだったバスはもう出発していた。


淳一「まじかぁ…」


息を切らしながら、仕方ないと言い聞かせ、徒歩で大学に向かう。


淳一「2限には間に合うか」


スマホで時間割を確認しながら歩いていると、白いコートを着た外国人顔をした美女とすれ違う。容姿端麗とはああいう人のことを指すんだろう。


美女に見惚れる淳一。足が縺れ、派手に転ぶ。右の手首が擦り剝け、血が出ている。


淳一「いたぁ」


ラーナ「大丈夫ですか?」


達者な日本語で喋りかけてくる美女に動揺する淳一。


淳一「あ、え!は、はい。大丈夫ですよ!」


ラーナ「血が出てる。少し見せてください」


ラーナはしゃがみ込み、淳一の手首を見る。


淳一「いや、大丈夫ですよ! 服が汚れちゃいますよ!?」


ラーナ「いいから。もう大丈夫ですよ」


淳一「え?」


淳一の手首の傷は消えていた。傷跡さえ残っていない。


淳一「あれ?なんで…」


ラーナ「すみません。少しお尋ねしたいんですが、ここの近くに病院はありますか?」


淳一「え?あぁ、病院ならこの道を真っすぐ行けば着きますよ」


ラーナ「そうですか。ありがとうございます」


淳一に頭を下げ、病院のある方向に向かう美女。美女の右手首に傷があるのを見つける。


淳一「(あ、あの人もケガしてる。)やばい! 講義に遅れる」


〇大学


息を切らしながら、席に着く淳一。


淳一「ギリギリ間に合った…」


佐藤「よう間宮。ギリギリだったな」


淳一「寝坊しちまったよ」


佐藤「課題やってきたか?」


淳一「昨日夜に終わらせ…、あれ、ない?家に忘れた…だと」


教授「おはようございます。授業始めますね~」


淳一「そんなバカな…」


2限終わりのチャイムが鳴る。


淳一「あの、すみません」


教授「どうしましたか?」


淳一「今日提出の課題なんですが、家に忘れてしまって…」


教授「認めません」


淳一「来週の講義に、って早いな!最後まで言わせてくださいよ」


教授「認めません」


淳一「僕のレポートがきっかけで教授の研究が」


教授「認めません」


淳一「そこを…」


教授「認めません」


佐藤「諦めろ間宮」


〇大学・食堂


学内食堂の券売機でサバの味噌煮定食を注文する淳一。


淳一「なんだあの認めませんbot!少しは話聞いてくれたっていいじゃないか」


佐藤「諦めろ間宮。あの教授は例えお前が超絶美少女だって、提出期限は延ばしてくれないぞ。これを見ろ。あの人のXの投稿だ」


淳一「Xなんぞやってるのかあの教授は。なになに? 『提出期限を過ぎて課題を出すなんて言語道断!認めません』って今ポストしただろこいつ!」


佐藤「他にも『ハロウィンで際どい恰好をしている女子大生…。私の下腹部がトリックオアトリート…。認めませんよ』」


淳一「気持ちわる!こんなポストする奴教壇に立たせるな」


佐藤「地下アイドルが好きみたいで、『素通りパンチラインのスモモちゃんが卒業発表と同時に結婚…? 認めませんよ!』」


淳一「めちゃくちゃ女好きじゃねえか! 俺が超絶美少女だったら課題通っただろ!」


佐藤「極めつけは」


教授のXに載せられた離婚届の写真に「認めませんよ…」のポスト。


淳一「…もう食べようぜ」


佐藤「そうだな」


淳一「どうなってんだ教授のネットリテラシーは」


定食を食べ終え、帰り支度をする2人。


佐藤「間宮今日暇か? ビリヤードができるお洒落な店を見つけたんだが」


淳一「すまん。今日は見舞いの日だ」


佐藤「そうか。美里さん体調は大丈夫そうか?」


淳一「うん。食欲もあって見舞いに行くたびにお菓子かって来いって言われる」


佐藤「それはよかった。また誘うわ」


淳一「OK。またな」


スーパーでお菓子を買い、姉が入院している病院に向かう淳一。


〇病室


淳一「姉ちゃん」


美里「あ、淳一。ちょっと待って」


ソシャゲをする美里。


美里「あああああ! 何、くそ。また負けた!」


淳一「お菓子買ってきたよ」


美里「わーありがとう! 病院のご飯は相変わらず味が薄くってね

淳一「患者の栄養のこと考えてくれてるんだろ」


美里「あ、そういうのいらない」


淳一「お菓子食い過ぎるなよ。看護師さんに怒られるぞ」


美里「ストレス溜めるのも体に毒なのよ」


お菓子を頬張る美里。


淳一「体調は?」


美里「全然平気」


淳一「そっか。俺先生に挨拶してくるから」


美里「はーい」


〇医務室


看護師と姉の担当医である清田がなにやらカルテのようなものを手に取り、話し合っている。淳一に気づく清田。


清田「淳一君じゃない。美里ちゃんのお見舞い?」


淳一「ええ。ついでに先生に挨拶を」


清田「ついでかい。僕メインで会いに来たっていいんだよ」


淳一「それは遠慮しときます。これ皆さんでどうぞ」


清田「おお! お菓子かい? みんなでいただくよ」


淳一「姉の体調のことなんですけど、姉は平気って言ってましたが」


清田「うん。最近は安定しているよ。前は悪い時とのムラがあったんだけど」


淳一「そうですか」


清田「まあ安心してくれ。何かあった場合はすぐに対処できるように準備もしているから。あまり思い悩まないでね。大学もあるんだから」


淳一「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


〇病室


淳一「じゃあ、先生にも挨拶できたから帰るね」


美里「えー。もう帰っちゃうの?」


淳一「明日も朝から講義がるんだよ。土曜にまた来るよ」


美里「本当!? あの漫画の新刊もついでに買ってきて」


〇病院付近のコンビニ


病院を出て近くのコンビニで弁当を買う淳一。


外に出ると昼に会った美女が座っているのに気付いた。


淳一「あの、大丈夫ですか?」


ラーナ「え? あ、昼に会った…」


淳一「はい、昼は何て言うか…、ありがとうございます」


ラーナ「いえいえ、全然」


淳一「こんな時間にどうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」


ラーナ「いや、少し眩暈がして休憩してました」


淳一「ちょっと待っててください」


コンビニに戻る淳一。


淳一「これどうぞ」


コーンポタージュを渡す淳一。


ラーナ「え? コーンポタージュ?」


淳一「あ、いや寒いんで! お茶のほうがよかったですか?」


ラーナ「ふふ。いえ、ありがとうございます。大好きですよコーンポタージュ」


淳一「昼のお礼です。医療従事者的な方ですか?」


ラーナ「そんなところですね」


淳一「日本語上手ですね。日本は長いんですか?」


ラーナ「いえ、昨日来たばかりです」


淳一「え!昨日!」


ラーナ「はい。けがや病気の人の手助けがしたくて世界中を旅してるんです」


淳一「なんて立派な人だ」


ラーナ「私ラーナと申します。あなたは?」


淳一「間宮淳一って言います。ラーナさんはいつまで滞在するんですか?」


ラーナ「3~4日ってところですかね」


淳一「あの…もしよかったら、案内しましょうか?」


ラーナ「え?」


淳一(ナンパみたいになっちゃった…! 勢いに身を任せすぎた)


ラーナ「本当ですか!? とても助かります」


淳一「え、ええ!もちろん!」


ラーナ「お言葉に甘えちゃおっかな。明日でもいいですかね?」


淳一「もちろん!明日だったら昼過ぎに大学が終わるんでその後なら!」


ラーナ「じゃあ明日の14時ぐらいにここで待ち合わせでいいですか?」


淳一「わかりました!」


ラーナ「じゃあ、また明日ね。間宮さん」


淳一「は、はい。また明日」


手を振りながら、立ち去るラーナ。


ラーナの姿が見えなくなっても手を振り続ける淳一。


淳一(や、やったー!ハニートラップだったらどうしよう…。いや、ハニトラでも構わない!)


〇大学


木曜日


講義が終わるチャイムが鳴る。


佐藤「まーみやくん。今日は…」


淳一「すまん佐藤!俺は春を迎える準備をしなければならない!」


佐藤「え…?なに?」


〇病院付近のコンビニ


淳一「ラーナさん!」


ラーナ「間宮さん。こんにちは」


淳一「すみません。お待たせしちゃって」


ラーナ「全然ですよ。私も来たばっかりです」


淳一「そうでしたか!どこか行きたいところはありあますか?」


ラーナ「はい。この町の病院や医療施設を案内してほしいです」


淳一「あ…、病院?」


ラーナ「どうかしました?」


淳一「いえ!なんでもないです!行きましょう!」


淳一(そうだよな。ラーナさんは病気やケガで困ってる人を助けるために来てんだよ。まあ、隣を一緒に歩けるだけでもいいじゃないか)


町の病院や医療施設を見て回る2人。外は少しずつ暗くなっていった。


淳一「あらかた回れたと思います」


ラーナ「ありがとうございます。とても助かりました」


淳一「お役にてて何よりです」


ラーナ「少し休憩しましょうか。あっちの公園行きましょう」


〇公園


ベンチに座る2人。


淳一「結構時間かかっちゃいましたね」


ラーナ「一人で回ったらもっとかかってましたよ。間宮さんが案内してくれたおかげです」


淳一「いやいや、そんな大したことないっすよ。僕ちょっと飲み物買ってきますね。ラーナさん何か飲みます?」


ラーナ「じゃあ、コーンポタージュお願いします。」


淳一「わかりました。買ってきますね」


コーンポタージュと缶コーヒーを買う淳一。


佐藤「おい、間宮」


淳一「げ、佐藤」


佐藤「おい見たぞ。なんだあの美人は。どんな関係だよ」


淳一「お前には関係ないだろ」


佐藤「つれないな。何してんだよ」


淳一「美女と巡る町内病院ツアーだよ」


佐藤「なんだそのアングラなYouTube企画みたいなのは。それより紹介しろよ」


淳一「ふざけろ。誰が紹介するか」


佐藤「挨拶ぐらいさせろ。あっちのベンチか」


ラーナの座ってるベンチ向かい走る佐藤。


淳一「おい、佐藤!」


自動車が公園に突っ込んできた。吹き飛ばされる佐藤。何が起きたか理解できない淳一。


淳一「お、おい…。佐藤?」


車に轢かれ、動かない佐藤。通行人の叫び声。木にぶつかりクラクションが鳴り響く車。運転手も気絶している。我に返り、佐藤の元に駆け寄る淳一。


淳一「おい佐藤! しっかりしろ!」


佐藤「あ…ま、まみ…や」


淳一「待っとけ、すぐ救急車呼ぶから!」


スマホを取り出す淳一。慌ててスマホを落としてしまう。


間宮「あ、くそ」


スマホを拾い、淳一に手渡すラーナ。


ラーナ「間宮さん。落ち着いてください」


淳一「ラーナさん…」


佐藤の手を握るラーナ。


淳一「ラーナさん…、何を?」


ラーナの手首から黒い血管のようなものが浮き出る。苦しそうな顔をするラーナ。佐藤から手を放す。さっきまで瀕死だった佐藤の血色はよく、事故にあった前よりすっきりした顔をしていた。


淳一「佐藤…」


佐藤「間宮…、俺車に轢かれたよな?」


救急車、パトカーのサイレンの音が鳴り響く。


淳一「(周りを見渡す)…ラーナさん?」


ラーナの姿がどこにもない。


淳一「すまん佐藤。ちょっと俺行くわ」


佐藤「え? おい、間宮」


淳一(ラーナさん…。苦しそうだった。あの時見た黒い血管は何だったんだ? 佐藤が急に元気になったのと関係があるのか?)


ラーナを探す淳一。公園中を探してもラーナの姿はなかった。


淳一「どこ行ったんだ?」


〇公園・公衆トイレ


ベンチに腰を掛ける淳一。近くにある公衆トイレから苦しそうな声がする。

公衆トイレの裏側を覗くと、口から溢れる血を手で押さえ、苦しそうに座り込んだラーナがいた。


淳一「ラーナさん!」


ラーナ「間宮さん…」


淳一「ラーナさん! 大丈夫ですか!? すぐに救急車を…」


ラーナ「(淳一の袖を掴み)待って…、間宮さん。私は大丈夫だから。救急車は呼ばなくても大丈夫」


淳一「そんなこと言ってる場合ですか!? その血の量…、死んでしまうよ!」


ラーナ「私は死なない」


淳一「は?」


ラーナ「私は死なないの。間宮さん」


淳一に笑みを返すラーナ。


淳一「…佐藤がラーナさんに手を握られた後、何事もなかったように起き上がりました。ラーナさんが死なない理由となにか関係があるんですか?」


ラーナ「…私は相手に触れることで、人の痛みや苦しみを自分の体に取り込むことができるの」


淳一「(驚いた顔で)…!?」


ラーナ「大丈夫ですよ。理解してほしいわけじゃありません」


淳一「なんで、そんな平気に話せるんですか? 相手の痛みを取り込むことができるからって、ラーナさんの体はどうなってるんですか?」


ラーナ「私は再生能力が常人より高いので。痛みや苦しみを取り込んでもしばらくすれば自然に治ります」


淳一「違う!そういうことじゃなくて、そういことじゃないんだよ…。能力があるからって…、再生能力が高いからって、そんなことしなくたって…」


ラーナ「間宮さんが仰ってることはわかります。でもこれは、能力を持った私の宿命なんです。この能力のおかげで救われる人がたくさんいます。だから私は旅をしているんです」


淳一「そんな話…、そんなことを続けていたら、たとえ再生力が高くたって壊れてしまうよ」


ラーナ「その時はその時です」


淳一「誰がラーナさんを救うんだ。救われる命に自分は入っていないのかよ…」


ラーナ「間宮さん。ありがとうございます。しかし、私の能力を必要としてくれる人がいる限り、私は人を救い続けます」


淳一「…」


ラーナ「今日は案内ありがとうございました。失礼します」


ふらつながら歩いていくラーナ。それを見送ることしかできない淳一。


〇大学


金曜日


佐藤「おい間宮。昨日大変だったんだぞ。警察署で事情徴収されたり、なんか病院で検査したり、家に着いたの深夜だったわ」


淳一「ごめん」


佐藤「いや、別にお前が謝ることではないんだけど。でも確かに轢かれたと思うんだけどな…。なんともないんだよ俺の体。病院で検査したけど、むしろ体調がいいんだよ」


淳一「なんにせよ大事に至らなくてよかったな」


〇自宅


土曜日


スマホのアラームが鳴る。


淳一「(目を擦りながら)んん…、今何時だ?」


13時半を回っていた。


淳一「もうこんな時間か…。準備して病院行くか」


コンビニでお菓子と漫画を買う淳一。バスで病院に向かう。


〇病室


淳一「姉ちゃん。新刊買ってきたよ」


ベッドで蹲って、反応がない美里。


淳一「姉ちゃん?」


肩をさする。姉の顔を覗き込むと、姉の顔に生気がない。


淳一「姉ちゃん!おい」


急いでナースコールを押す淳一。


淳一「姉ちゃん!姉ちゃん!?」


看護師が駆けつける。


看護師A「間宮さん? どうしましたか?」


看護師B「先生呼んできて!」


淳一「姉ちゃん!」


看護師A「下がってください!」


看護師B「間宮さん! 大丈夫ですか?」


津田が病室に駆けつける。


津田「美里ちゃん!?すぐに手術室手配して!」


淳一「先生…。姉ちゃんは? 大丈夫ですか?」


津田「落ち着いて淳一君。大丈夫だから」


手術室に運ばれる美里。


〇手術室前


夜20時を回る。ソファに腰を掛ける淳一。手術中のランプが消える。手術室から津田が出てくる。


淳一「先生! 姉ちゃんは…?」


津田「…美里ちゃんは」


__________


訳もなく外を走る淳一。


津田「美里ちゃんの容態が急変した。今夜が峠だ…。明日の朝持つかどうか…」


町中を走り回る淳一。コンビニや公園。病院や医療機関を探し回った。

雪が降りしきる。疲れで膝をつく淳一。


淳一「はぁはぁ…。まだいてくれ。ラーナさん」


ラーナ「間宮さん」


淳一「ラーナさん…」


ラーナ「どうしました?」」


淳一「ラーナさん!お願いがあります!あなたの力で僕の姉を助けてください!」


ラーナ「え…?」


淳一「姉の容態が悪化して…、身勝手な頼み事なのはわかっています!だけど、これしか方法が思いつかなくて。たった一人の家族なんです…。助けてください…」


ラーナ「間宮さん。お姉さんのところに連れて行ってください」


ラーナは優しく微笑んだ。


〇病室


淳一「姉ちゃん。もう大丈夫だ。ラーナさんが治してくれる」


寝ている美里の胸に手を当てるラーナ。ラーナの手首から黒い血管が浮かび上がる。苦しそうに姉を治そうとするラーナの横で祈る淳一。黒い血管が薄くなっていく。


ラーナ「げほっ、げほっ」


口から血を吐くラーナ。


淳一「ラーナさん!」


ラーナ「大丈夫です…。もう大丈夫です」


美里の顔には生気が戻っていた。


淳一「ラーナさん…。ありがとう」


ラーナ「間宮さん、お願いがあります…。外に連れ行ってくれませんか?」


淳一「…わかりました」


ラーナに肩を貸し病院の外に向かう淳一。


〇病院・外


雪が積もっている。


淳一「ラーナさん。外ですよ」


ラーナ「ありがとうございます。ここまでで大丈夫です」


満身創痍のラーナ。


淳一「ラーナさん…」


ラーナ「間宮さん。私を頼ってくれてありがとうね。お姉さんとお幸せにね」


よろめきながら血を吐くラーナ。


淳一「ラーナさん!」


ラーナ「少し頑張りすぎちゃいました。こんな苦しみは久しぶりです。今日もできる限り人を救うことができました」


淳一「ラーナさんのことは誰が救ってくれるんですか?」


ラーナ「え?」


淳一「ラーナさんのことは誰が救ってくれるんですか?」


ラーナ「…どうですかね」


淳一「人を救い続けて、死ぬかもしれない」


ラーナ「本望ですね。たとえこの先に破滅が待っていても、一人でも多く助かるなら、私はこの身を捧げます」


淳一「なんでそこまで出来るんだよ…」


ラーナ「それが力を持った者の使命だと思います」


淳一「使命だなんて」


ラーナ「ありがとう間宮さん。私の身を案じてくれて。でも私は死ぬまで人を救い続けます」


淳一「…」


ラーナ「そろそろこの町を出ます。間宮さん。お元気で」


淳一「半分…」


ラーナ「え?」


淳一「ラーナさんの苦しみを半分。僕にください」


ラーナ「…何を言ってるんですか?」


淳一「ラーナさんが他の人を救うように、ラーナさんを僕が救います。あなたの苦しみが少しでも減るなら、その苦しみを半分僕にください」


ラーナ「馬鹿言わないでください!私の体質だから成立しているんです!普通の人が耐えられるはずがない!」


淳一「美里は僕のたった一人の家族です。幼いころに両親を事故で失って、美里が僕の親代わりでした。色々犠牲にして僕の面倒を見てくれました。虚弱体質の自分に鞭を打ちながら…。姉を救ってくれてありがとうございます!次は僕があなたの力になりたい」


ラーナ「耐えれるはずがない」


淳一「耐えてみせます」


ラーナ「何を根拠に…」


淳一「ラーナさんが好きです」


ラーナ「え?なんて…」


淳一「あなたのことが好きです。だからあなたの力になりたい。それじゃだめですか?」


ラーナ「理由になってません」


淳一「あなたと一緒です。あなたがたくさんの人を救ってきたように、理由なんかいらない」


ラーナ「きっと後悔する」


淳一「僕のこの気持ちも、ラーナさんが人を救う想いも差はないはずだ」


ラーナ「間宮さん…。わかりました」


淳一にそっと抱き着くラーナ。黒い血管が腕に浮かび上がる。


淳一「ラーナさん…。ぐっ!」


血を吐く淳一。


ラーナ「間宮さん!」


淳一「げほっげほっ。大丈夫…。耐えて…みせる」


悶え苦しむ淳一。返り血がつくラーナ。


ラーナ「間宮さん…」

__________


自宅で美里とご飯を食べる淳一。隣にはラーナが座っている。


美里「淳一。何ボーっとしてるの? 早く食べなさいよ」


淳一「美里…」


美里「ラーナさんもいっぱい食べてね」


ラーナ「はい。いただきます」


味噌汁を啜るラーナ。


ラーナ「おいしい…」


美里「そうでしょそうでしょ!間宮家の味噌汁は他の家庭の味噌汁と一線を画すのよ」


淳一「大袈裟な」


ラーナ「いえ、とってもおいしいですよ。とても暖かい」


__________


〇病室


眠っていた美里が起き上がる。


美里「淳一?」


涙を流す美里。


美里「あれ?なんで涙が…」


〇病院・外


動かない間宮を見つめるラーナ。


ラーナ「…ほらね」


立ち去るラーナ。降りしきる雪が淳一の体を埋めていく。

































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