後編

 女神はセレナを神殿に渡す気はなかったが、聖女が誕生したことと居場所の方角だけは知らせた。


 その神託を下したのはいつも苦言を呈していた王都の神殿だ。


 王都の神殿と精霊の森にあるセレナ達の家を結んだ延長線上に、歴代の聖女達が生まれた村がある。


 精霊の森に聖女が住んでいると思いもしない神殿は、セレナと同じ年齢で村で唯一治癒魔法を行使できるデリアという少女を聖女だと認定せざるを得なかった。


 だがデリアが治せるのは小さな傷のみ、聖女としては問題外の出来損ないと言わざるを得ない者の代わりなど誰も引き受ける訳がない。


 神殿が必要な魔道具などを揃え準備していたにも拘らず、平民の聖女を厭う貴族令嬢を聖女として仕立て上げる計画は頓挫し不可能となった。


 しかもデリアは傲慢で我儘な性格だった。


 過去の神官達は、顔色の悪さを誤魔化す為に歴代の聖女達にベールで顔を隠すよう強要していた。


 そこでデリアにもベールを被るように渡すと、これを拒否し足で踏み付けたのだ。


 そして聖女なのだから敬えと高価なドレスや宝飾品、豪華な食事を要求したりとやりたい放題。


 極めて弱い治癒魔法しか使えないのに修行することもない。


 そんな言動を許すことなどできない神殿関係者達と常に激しく罵り合っている。


 そして当然、そんな何もかもセレナとは正反対のデリアと、彼女を聖女として公表した神殿に、女神と精霊達は激怒した。


 そこで来年王立学園に入学するまでの期間限定でデリアの世話をすることになった王太子マリウス・フォン・ハドロスと、その婚約者である公爵令嬢アンジェラ・ダルティオに目を付けたのだ。


 二人はデリアと同じ年齢で人間の一般的な基準で治癒魔法に長けており、デリアよりその腕は遥かに上だった。


 デリアに最低限の礼儀作法を教え、補佐をすることを目的としていたが、それができる状況ではない。


 最初からデリアは本当に聖女なのかと疑い、そして次第に神殿の聖女に対する態度にも疑問を持つようになったのである。


 そこで女神と精霊達は、その二人に託してみることにしたのだ。


 女神の神託はそれを書き記した紙を授ける形で行われ、その紙には女神の力が込められている。


 焼却することも破ることもできず、上から塗り潰すことも、地中深く埋めることもできない。


 しかも劣化しないので、綺麗な状態のまま聖女絡みの苦言も全て残されている。


 それを外部に知られる訳にはいかない神殿は禁書扱いで厳重に保管していた。


 それらを精霊達が少しずつ持ち出し、マリウスとアンジェラに渡したのだ。


 精霊の姿を見ることができない二人に、それが精霊の仕業だと知る術はない。


 他には信用できる護衛しかいない状況の時に突然目の前に現れたそれに困惑しつつもその内容に顔色を変えた二人は、神殿には気付かれぬよう調査を始めた。


 実際には精霊達が運んできた神託以外に有力な証拠は得られなかったが、それが充分な量が集まると国王に報告した上で過去の神殿の行いを告発し、国内外に公表したのだ。


 その直後に他国の神殿へ、本物の聖女は精霊の森に匿われており、一生外に出すことはないと神託が下された。


 つまりデリアは聖女ではないと、神託により判明したのだ。


 神殿内部が腐敗していたのはこの国だけであり、同じ女神を信仰する他国の神殿には敬虔な聖職者しかいない。


 他国の神殿関係者は聖女を有する国の聖職者が女神を冒涜するとは何事かと憤激し、過去に遡って聖女に関わった全ての者を破門扱いとした。


 既に亡くなった者に対してはそれが限界であったが、存命している者達は偽物を聖女だと公表したことで更に国から罪に問われることになった。


 裁判官達は処刑して終わりなど生温いと、生涯をかけて厳しい罪を償わせることに決めた。


 その具体的な罪を決めるのはこれからだが、死んだ方がマシな状況になることだけは確定している。


 そしてデリアを聖女だと公表したことの責任は神殿にあり、デリア自身がそのことで罪に問われることはなかったが、神殿での数々の振る舞いが問題視され、国内で最も戒律の厳しい、一生出ることが叶わない修道院に送られることになった。


 この結果に概ね満足した女神と精霊王は、セレナが作ったポーションを配付することにした。


 セレナの魔力を込めた、セレナの治癒魔法と同等の効果があるポーションだ。


 これをイヴァンが売り物にしたいと願ったことにして無理のない範囲で作らせ、彼を通して王家と他国から来た新たな神殿関係者に渡すことにしたのである。


 これで聖女の治癒魔法でなければ治せない者達も救うことができる。


 これによりセレナを精霊の森に匿っても、何の問題もなくなったのだった。



◇◇◇



 この国の神殿の罪が公表される少し前、セレナは一人の少年と出会った。


 セレナと同じ十五歳で、ヨアンという孤児の少年だ。


 歴代の聖女達は純潔でなければならないと神殿に勝手に決められ、結婚し家庭を持つことはなかったが、妊娠出産をしたからといって力を失うことはない。


 女神と精霊達は聖女に子が生まれるのを楽しみにしていたし、セレナには愛する人と幸せな家庭を築いてほしいと願っている。


 そしてヨアンは、女神がセレナの伴侶となる資格があると認めた心根の綺麗な人物だ。


 勿論どうなるかは、二人の気持ち次第ではあるが。


 ヨアンはセレナに負けず劣らずの美しい少年であり、それ故に邪な目で見られることが多かった。


 だがセレナの伴侶となる可能性がある少年に危害が加えられることを、精霊達が許す筈がない。


 ヨアンは精霊達によって守られ、十五歳となりそろそろ孤児院を出なければならないタイミングで、孤児院の下衆な企みに利用される前に、綺麗な身体のまま精霊の森に連れて来られた。


 それもヨアンが眠っている間にである。


 気付けば孤児院を出る為に纏めていた荷物と共に森の中、ヨアンが驚いたのは言うまでもない。


 そうして途方に暮れている時に、ヨアンはセレナと出会ったのだ。


 二人はそれが運命であるかのように、互いに一目見て惹かれ合うことになる。


 女神と精霊達が望んだように、愛し合うようになったのだ。


 精霊の森で暮らすことにしたヨアンに、精霊王はセレナが聖女であること、その前の人生について伝えた。


 ヨアンはその想像もつかない過酷な運命に嗚咽を漏らすほど涙し、生涯セレナを守ることを誓った。


 そして彼は暮らし始めてすぐに、セレナと同じくらい精霊達に過剰なほど大切に慈しまれることに面食らうことになる。


 セレナと一緒に暮らしている精霊達は幼い子供のような見た目だが数百年も生きており、歴代の聖女達のことを知っていた。


 そして皆、微力ながら彼女達に手を差し伸べていたのだ。


 だがセレナとして生まれ変わる前は、ちゃんと助けることができなかった。


 だからその分、セレナのことを愛し、セレナの大切な人達も愛することにしたのだ。


 ただその結果、とんでもなく過剰な愛情となっているが。


 その様子を見守っていたイヴァンも、セレナの義姉となるに相応しいと女神が認めた一歳下の女性と引き合わされ、こちらも惹かれ合い穏やかな愛を育むことになる。


 その女性ナタリアもセレナのことを愛し、そして精霊達に愛された。


 やがて二組の恋人達は夫婦となり、可愛い子供達にも恵まれ幸せな家庭を築くことになる。


 当然その子供達にも、精霊達は溢れる程の愛情を注いだ。


 そんな風にセレナは、大切な人達と共に愛に溢れた幸せな生涯を送った。


 そして自らの子孫でもある聖女として生まれ変わるその日まで、愛する人達に見守られながら静かな眠りについたのだった。

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森の中の聖女 水沢樹理 @kiri-mizusawa

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