中編
賑やかなティータイムが終わり、セレナと片付け担当の精霊達が使用した食器類を手に家の中に入るのを確認した精霊王は、散歩に見せかけイヴァンと三人の精霊を連れ出した。
家から充分に離れると、その空間を他から切り離す。
そして一人掛けのソファーを二脚出現させ腰を下ろすとイヴァンにも座るよう促し、精霊達には報告を命じた。
精霊達が順番に精霊王と額を合わせる。
それだけで精霊王は彼らが持つ情報を全て、視覚及び聴覚情報ですら把握するとゆっくりと頷く。
精霊達がそれぞれイヴァンの肩や膝の上にちょこんと座るのを待つと、彼は徐に口を開いた。
「まずはイヴァン、よくぞ無事に戻った。何度も言うが、お前は人間としてはこの上なく美しい。それだけでも良からぬ者達に狙われる危険性がある。それはお前も理解しているだろう?」
「はい、恐らく俺が気付かぬうちに精霊達に守られていることも多いでしょう。彼らを俺に付けて頂いたこと、精霊王様には感謝の念に堪えません」
「よい、お前に何かあればセレナが悲しむ。あの子には今生こそ穏やかに、そして幸せに暮らしてほしいからな」
「はい……」
セレナは知らないが、森の外の世界ではこの森は精霊の森と呼ばれている。
その名の通りこの森には多くの精霊達が暮らしている。
そして人間は現在イヴァンとセレナの兄妹二人、それ以外には既に亡くなった二人の両親だけ。
この森に入ることが許される人間は精霊王が認めた者のみ、それは過去を含めこの四人だけだ。
精霊の容姿は総じて人間より遥かに美しい。
だが人間でありながらイヴァンとセレナは精霊達に匹敵する程に美しく、それは二人の両親も同様だった。
そんな桁外れに美しい者しかいない森で生まれ育ったイヴァンは、森の外に出るまで自分達の容姿が如何に優れているのかを知らずにいた。
今でこそ人間の感覚としてどの程度の容姿であれば美しいとされるのかを理解しているが、初めて森の外の人間に会った時には、失礼ながら精霊や家族に比べ随分と凡庸な容姿の者ばかりであることに驚いたものだ。
ただそれ以上に、男女関係なく自分に向けられた舐め回すような視線が気持ち悪くて仕方がなかった。
イヴァンが森の外に出向く際に行動を共にしている三人の精霊達はそんな彼の護衛だ。
人並み外れて美しいだけでなく、精霊の森での収穫物を扱う唯一の商人であるイヴァンは何かと狙われやすい立場にある。
季節を問わず一年中質の良い様々な作物が実る精霊の森に立ち入ることが許されているイヴァンを、無理矢理自分の配下にして利用しようと目論む者はそれなりに多い。
そんな彼の身を案じた精霊王が、護衛向きの魔法に長けた三人の精霊達にイヴァンを守るよう命じたのだ。
実際にイヴァンが襲われそうになったことは、彼が知らないだけで数え切れない程ある。
それでも彼が色々な意味で綺麗な身体のままでいられるのは、この三人の精霊達のお陰だった。
精霊は気に入った相手にしかその姿を見せないので、それ以外の人間には仮に目の前に居たとしても気付かれることはない。
そして現在、精霊達が姿を見せている人間はイヴァンとセレナだけだ。
イヴァンを狙う人間相手の護衛として、精霊である彼らは非常に都合が良かった。
そんな精霊達には、他にも情報収集という役割がある。
精霊の森の外にも多くの精霊達が国の至る所に存在しており、彼らから魔法を用いて情報を集め、それを精霊王へと持ち帰っているのだ。
稼がなくても精霊の森では何不自由なく暮らせるにも拘らず、イヴァンが商人として国内を渡り歩いているのも情報収集が主な目的であり、それは最愛の妹セレナの為だった。
「聖女は女神の愛し子、それなのに聖女であるセレナに対し心を砕いてくださり、どれだけ感謝してもしきれません。俺だけでは妹を守り切ることはできなかったでしょう」
「確かに本来であれば女神と精霊は不干渉の間柄。だが聖女が持つ純度の高い清らかな気は、我ら精霊が好むもの。次第に好意を寄せるようになるのは自然なことだ。だが始めから行動に移していた訳ではない。だからこそ今、こんなことになっているのだがな」
セレナがこの国の聖女として生まれ変わり続けるよう女神に創られた存在だとイヴァンが聞かされたのは、五年前、父が亡くなる三日前のことだった。
女神の愛し子である聖女は常人では成し得ない高度な治癒魔法を使い熟し、国に様々な恩恵を齎す。
治癒魔法を行使できる者は他にもいるがその効果の違いは歴然、身体の欠損を癒すことができるのは聖女だけだ。
しかも存在しているだけで国内の作物は豊作になり、自然災害に見舞われることもない。
それだけでも敬い大切にするべきだろう。
だが聖女を預かる神殿の者達は聖女のその力に嫉妬し、歴代の聖女達を大切にすることはなかった。
自分達に都合のいいように利用し、ぎりぎり死なない範囲で扱き使い虐げていたのだ。
女神はそれに心を痛め神託という形で度々苦言を呈していたが、その行いが改められることはなかった。
それどころかその神託さえ都合のいい身勝手な解釈をし、聖女の女神への信仰心が薄いことにして糾弾したのだ。
言うまでもなくそれは事実に反することであり、聖女は誰よりも女神への信仰心が篤かった。
寧ろ信仰心が薄く女神を冒涜していると言わざるを得ないのは、神殿長をはじめとする神殿関係者達の方だ。
そして聖女は更に過酷な状況に置かれることになった。
神殿はその恩恵をないことにし、聖女の命の危険すら考慮しなくなったのだ。
最初は見守るだけだった精霊達もそれを見兼ね、神殿に不審に思われぬ程度に聖女を援助するようになった。
精霊達が助けていなければ、長寿だった筈の聖女達は悉く早世していたことだろう。
それでも皆、女神が想定していた寿命より十年は早く亡くなっているが。
そうした精霊達の姿に感謝した女神は、神託を下す以外は下界に直接干渉できぬこともあり、聖女に関してのみ彼らに協力を願い、精霊王と互いに連絡を取り合うようになった。
ただ残念なことに、問題があるのは神殿だけではない。
それは聖女が平民であることに不満を抱く一部の貴族達だ。
歴代の聖女は皆、精霊の森に一番近い村で生まれた平民である。
王族をはじめ良識ある多くの貴族達は、身分など関係なく聖女に感謝し敬意を抱いていた。
だが平民を軽んじる一部の貴族達は、平民が聖女を名乗るなと見下し蔑んでいたのだ。
そして意味もなく度々面会を申し込んでは直接聖女を罵倒することを繰り返し、時折暴力も振るっていた。
それは新たな聖女が誕生する度により深刻な問題となり、この事態を重く見た王家は、聖女の護衛の強化、そして問題ある貴族からの面会申請を拒むよう、神殿に幾度となく要求した。
だがそれを面倒に思った神殿は、次からは本物の代わりに平民の聖女に否定的な貴族家の令嬢を聖女として仕立て上げるという愚かにも程がある考えに至り、その為に必要な計画を練り始めたのである。
それが先代聖女の時代のことだ。
当然そのような暴挙を女神も精霊達も許す筈がない。
それで今後は聖女を精霊の森に隠し、神殿には渡さないことにしたのである。
そしてまずは聖女の両親となるのに相応しい恋人達を探して選び、二人が結婚するのと同時にこの森で暮らすよう誘導した。
聖女が転生するのに必要な時間が経過し、漸く生まれてきたのが次の、つまり今代の聖女であるセレナだ。
それまでに聖女の兄として彼女を守るイヴァンが誕生していたことは僥倖だったと言えよう。
確実に守る為、セレナには聖女であることを告げることはないし、精霊の森から一生出すつもりもない。
もし森の外で治癒魔法を行使しようものならすぐに聖女だと見抜かれ、神殿に連れて行かれかねないからだ。
幸いセレナは森の外の世界に関心を示したことが一切ない。
セレナには前世だけでなく、それより前の聖女として過ごした全ての人生の記憶がないが、辛い記憶が魂に刻まれでもしているのか、森の外に出ることに無意識のうちに怯えているようだった。
それを敏感に感じ取っていたイヴァンは、妹を守るには自分も外の世界を知り、人間である自分の視点でも情報収集するべきではないかと考え、それを精霊王に相談し許可を得た。
それがイヴァンが商人となった切っ掛けであり、今では必要なことだったと確信している。
そして今回持ち帰った情報の一つに、彼らは心底呆れていた。
それは、神殿が無関係な少女を聖女として公表したことであった。
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